第19話 女帝の倒れる日

1 逆襲の魔天使

 息を殺して、ただジッと待つ。


 六畳ほどの部屋に詰めているのは七人の元生徒会役員たち。

 彼女たちは猛獣から身を隠す小動物のように体を寄せ合って震えていた。


 窓から差し込む日差しはオレンジ色が濃くなり始めている。

 今日もこのまま隠れ通すことができるだろうか?

 紗枝はかすかな安堵を感じながら、かつての副会長の中野聡美の方を見た。


 聡美は膝を抱えて顔を伏せていた。

 美紗子が亡き今、本来なら彼女が生徒会長を名乗るべきである。

 しかし聡美は頑なにそう呼ばれることを拒否していた。


 水瀬学園生徒会長、麻布美紗子の死。

 それが街に与えた衝撃は計り知れないほど大きかった。


 特に生徒会は壊滅的な打撃を受けたと言っていい。

 あの後すぐ田岡尚子らクーデターに加担した者たちの手で校舎を追われてしまった。


 あらぬ嫌疑をかけられ、一般生徒から追われる立場となり、命からがら逃げのびた元生徒会役員たち。

 残った七人はこうして菜井地区の住宅街の一室に身を隠しながら、なんとか命を永らえている。


 最大の障害が消えたエンプレスはさらに勢力を伸ばしていった。

 今やかつての豪龍組をはるかに超える版図を持ち、圧倒的な力でL.N.T.の大半を支配している。


 見つかれば最後。

 生徒会の生き残りは皆殺しにされる。

 この街はもはや完全なる無法の地となったのだ。


「もうすぐ食料がなくなります」


 忍び足で階段を上がってきた役員の一人が絶望を告げる声を部屋に響かせた。


 元より十分な貯えがあったわけではない。

 一週間も補充せずにいれば食料が切れることはわかっていた。


 エンプレスはすでに菜井地区周辺の住宅街にも手を伸ばし始めているとうわさに聞く。

 隠れ家が見つかるか、食糧を調達に行って捉えられるか……

 どちらにせよ彼女たちに未来はない。


「やはり、死ぬ気で闘うしかない……」


 沈黙を破るようにひとりの役員が言った。

 勇ましい言葉とは裏腹に声はまるで覇気がない。


「それより食糧の調達が最優先です。夜の内に近くの自警グループに分けてもらいましょう」

「この際ここを放棄して別の隠れ家を探した方がいいんじゃないですか?」

「怪我人を連れて遠くに逃げられるものですか。食料もあてにできません。どこのグループが荏原恋歌に逆らってまで私たちを支援してくれると言うのです」

「黙って死を待つくらいなら潔く武器を取って一泡吹かせてやりましょうよ……」


 もう何度目かになる無意味な議論が始まった。

 聡美は俯いたまま止めようともしない。

 かつての頼れる副会長の姿はどこにもなかった。


 紗枝は窓の外に視線を向けた。

 この場にいないもう一人の先輩のことを考える。


 赤坂綺。


 彼女は美紗子の死と同時に姿を消してしまった。

 綺さえいれば、少しは状況も変わったかもしれない。

 ……そんなふうに考え、紗枝は無理やり思考を打ち払った。


 綺と美紗子の関係は紗枝もなんとなく理解していた。

 たぶん、美紗子がいなくなって一番辛いのは綺なのだ。

 何もかも嫌になって逃げだしたくなっても仕方ないと思う。


 せめて、どこかで無事に生きていて欲しい。

 紗枝は首を振って後ろ向きな思考を振り払った。


 人に頼ってばっかりじゃダメだ。

 自分が何かをしないと。


 私は麻布美紗子の妹。

 状況を打破するべく動こう。


 何かしらの意見を言うべく先輩たちの会話に混ざろうとした時だった。

 部屋のドアが勢いよく開いた。


「大変だ! こっちの部屋から外を見てくれ!」


 全身に包帯を巻いた男性が飛び込んできた。

 水学生徒会唯一の男性メンバー、速海駿也だ。


 彼は美紗子の死後、無謀にもたった一人で荏原恋歌に戦いを挑んだ。

 命こそ助かったものの、起き上がることさえ不可能なほどの重傷を負ってしまった。

 SHIP能力者の回復力が常人よりも遥かに高いとはいえ、今もまだ絶対安静が必要な状態である。


 そんな彼が無理して起き上がって何かを伝えようとしている。

 この場の全員に覚悟の時がやってきたことを意味していた。




   ※


 聡美を除いた六人が隣の部屋に移動する。

 窓からは三十人を超える人間が近づいて来ているのが見えた。


 風にたなびくエンプレスの旗。

 恐らく生徒会討伐部隊だろう。

 役員たちはパニックに陥った。


「逃げましょう。この家の場所までは気付かれていないはずです!」

「無理に決まってるわ。荏原恋歌のことだもの、きっと逃走経路は調べてあるはずよ!」

「今なら裏からバラバラに逃げればなんとかなるのでは……」

「あの大群なのよ。逃げたとしても必ず何人かは掴まってしまうわ」

「玉砕よ! こうなったら一人でも多くの敵を道連れにしてやりましょう!」


 重なり合う怒声。

 その中には涙交じりの声もあった。

 命の終わりが近づいているのに平静でいる方が難しいだろう。


 だが、その中で紗枝はたった一人、窓の外をジッと眺めていた。


「……なにあれ」


 紗枝の視線の先は迫り来るエンプレスのさらに向こう、遥か南の空に向けられている。


 何かが飛んでくる。

 翼を広げ、雲の彼方から大空を切り裂く赤い影。

 それはみるみるうちに大きくなり、やがて人であることがわかった。


 数秒後にはエンプレスの討伐部隊を通り越す。

 赤い影は隠れ家の前の道路に降り立った。

 居ても立ってもいられず窓を開く。


「ちょっと紗枝さん、何を……!」


 背後で激論を交わしていた役員が咎める。

 紗枝は構わずに表にいる人物の名前を読んだ。


「赤坂さん!」


 舞降りた赤き天使。

 彼女は紗枝いる部屋を見上げてニコリと微笑んだ。

 赤坂綺は姉の残した≪断罪の双剣カンビクター≫を両手に、エンプレスの集団めがけて飛んでい行く。


「あ、あれが赤坂さん?」


 紗枝の肩越しに役員たちが窓の外に目を向ける。

 今までどこに行っていたのか……などの疑問を口にする者はいなかった。


 紗枝以外の誰もが、その赤き天使が赤坂綺であると、即座に理解することができなかったからだ。


 赤坂綺の長く美しかった日本人的黒髪は翼と同様に血のような赤に染められていた。

 そして、その戦い方は、かつての彼女とは余りにかけ離れていた。


 赤が駆ける。

 赤が舞う。

 赤が飛び散る。


 翼を広げて敵の真っ只中に飛び込むと、綺は両手に持った断罪の剣で次々とエンプレスのメンバーたちを斬り裂いていった。


 舞うように、容赦なく、無慈悲な斬撃を繰り返す。


 数分後……

 死屍累々と倒れるエンプレスのメンバーたち。

 その中に返り血で体中を真っ赤に染めた赤坂綺ひとりだけが立っていた。


 その姿は天使どころか鬼か悪魔のよう。

 あまりに凄惨な光景に誰もが息をのんでいた。


 けど、紗枝にはハッキリとわかった。

 あれは間違いなくお姉ちゃんが愛した赤坂綺だ。


 大切な人を奪われた怒り。

 地獄と化したこの街を救う使命を胸に。

 己を血の色に染め、殺戮の修羅となった断罪の魔天使。


 美しき赤の戦士が生徒会に帰ってきた。

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