8 罠
身を裂くような痛みを覚え、美紗子は瞳を見開いた。
目の前には崩れ去った壁面。
そこから学校の裏手の住宅地が見える。
ジョイストーンは影も形もなく、美紗子は自分が罠にはめられたことを知った。
「うう……」
自分の下で紗枝がうめき声を上げる。
爆発が起きた瞬間、とっさに庇った妹に怪我はないようだ。
痛みをこらえて彼女を起こそうとして、美紗子は体の異変に気がついた。
左腕の、手首から先がなかった。
呆然とする頭で、どこに置き忘れてきたのだっけと考えた。
理解が頭に沁み込むと同時に痛みは耐えきれないほどに強くなっていく。
美紗子は叫び声を上げた。
「うわああっ、ああああああああっ!」
「お姉ちゃん!? お姉ちゃん!」
枯れ枝のように途中から消失した左腕を抱えて床の上にうずくまる。
腕だけじゃない、左半身が尋常じゃなく痛い。
美紗子は爆風をまともに食らって大火傷を負っていた。
「おい見ろよ、マヌケがひっかかったみたいだぜ」
「ヒェー、こりゃ酷えや。生徒会長サマの美しいお顔が台無しだ」
教室の中にゾロゾロと男たちが入ってくる。
美紗子は痛みを堪えながら頭をフル回転させた。
このままでは紗枝が危ない。
これだけの大怪我では紗枝を守りながら戦うのは不可能だ。
姿を消す以外には特別な能力のない紗枝に、複数の男たちから自分の身を守る術はないのだ。
美紗子は歯を食いしばって立ち上がった。
左足に力が入らずに体がよろける。
「あっはっは、無理すんなよ!」
「……っ」
男たちの嘲笑に負けてなるものかと全身の力を振り絞る。
「……紗枝、姿を消して窓から逃げなさい」
「な、なに言ってるの。こんな状態のお姉ちゃんを残して行けな――」
美紗子は力の入らない右腕で抗議する紗枝の頬を叩いた。
「あなたがいても邪魔なだけなの。何の役にも立たないわ。だから、早く綺を呼んで来て」
叩かれた頬を抑えながら、紗枝がハッとした顔をする。
「一緒に逃げるのは無理なの。けど、私一人なら少しくらいは戦える。この状況を切り抜けるためには、枝が綺を連れて来る必要があるのよ」
「……うんっ」
潤んだ頬に涙を浮かべながら紗枝は力強くうなずいた。
彼女がポケットに手を入れると、その姿が煙のようにかき消える。
そのまま紗枝が壊れた窓から外に出ていく気配がした。
「頼んだわよ……」
美紗子は紗枝が下りて行ったと思われる方向を眺めながら呟いた。
「おい、一人消えちまったぞ」
「放っておけよ。生徒会長さまの首……いや、体さえありゃあ十分だろう」
そして再び室内に視線を戻す。
男たちは全部で十二、三人くらいか。
どいつも醜い顔で薄ら笑いを浮かべている。
これだから男は嫌いなんだ。
獲物を追い詰めたハンターのつもりなのか。
手負いの獣がどれだけ怖いか知らない愚か者のくせに。
美紗子はポケットからジョイストーンを取り出した。
瞬間、全身に熱湯をかけられたような熱を持った痛みが走る。
「……ぁ!」
叫び声を上げそうになるのを必死で耐える。
大丈夫、痛いのは慣れてるんだから。
これくらいゼンゼン耐えられる。
美紗子は自嘲気味に心の中で呟き、≪
片方は右手に収まったが、もう片方は受け止める手がないため地面に落ちてしまう。
残った右手にしても、どうにも力が入らない。
よく見たら親指がなくなっていた。
仕方なしに中指と薬指で挟みこむよう内側に刃を向けて持つ。
地面に膝をつき、落したもう片方の剣を口でくわえた。
男たちの笑い声が響く。
「なんだそりゃ、マンガじゃねえんだぞ」
「見苦しいぜ会長さん。最後くらい潔く降参したらどうだ?」
「そんなモン咥えくらいなら俺のを咥えてくれよ。なんなら下を使ってもいいぞ」
またしても下品な笑い声が美紗子の耳を打った。
何とでも言え。
どんなに醜かろうが最後まで生きることを諦めない。
生徒会長としての責務、取り戻すと誓った街の平和、そして綺との約束。
まだ何一つ果たしてはいないんだから。
来るなら来い。
美紗子は叫び出したいほどの痛みを堪え、目の前の男に飛びかかった。
首が一つ宙を舞い、鮮血が吹き上がった。
※
恋歌は焦っていた。
赤坂綺と戦い始めてすでに二十分近くが経過している。
しかし、未だにお互い致命的なダメージを与えることができていない。
恋歌は赤坂綺を投げの間合いに入らせない。
赤坂綺は恋歌の攻撃をかわし、あるいは防ぎ続ける。
それだけならいい。
自分が倒すべきライバルと認めた相手だ。
いくら新しいJOYを得たとしても、多少の苦戦は覚悟していた。
だが、これほど長時間戦い続けていても、まったく動きを捉えられるビジョンが浮かばない。
L.N.T.最速を自称する深川花子と戦ったときでさえこんなことはなかったのに。
赤坂にはまだ余裕がある。
というより本気を出していない感じだ。
≪
一秒も止まらず動き続けているのに、まったく動きに無駄がない。
こちらが繰り出すあらゆる攻撃をしっかりとその眼で見極めて対処している。
さらに恐るべきことに、彼女の動きには戦いの始めから全く変化が見られない。
平たく言えば疲れを感じている様子が全くないのだ。
呼吸は少しも乱れていない。
ほとんど立ち位置から動かない恋歌でさえ、能力の制御だけでかなりの疲労を感じ始めているのに……
そろそろ決めなければ不味い。
と、上空に留まった赤坂綺が話しかけてきた。
「荏原恋歌さん、お願いだからもう引いてください!」
「何ですって?」
奴は今なんと言った。
この私に引けと言ったのか?
「これ以上戦いを続けたら、お互いに取り返しがつかない怪我をしてしまうかもしれないんですよ!」
何を言っているんだこいつは。
力を持つ者同士が戦えば傷つくのは当たり前だろう。
「だったら自分が傷つく前にその力で私を倒せばいいでしょう、私は貴女の敵なのよ」
「私は恋歌さんも傷つけたくないんです!」
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