7 お迎え
水瀬学園第一校舎にて。
エイミーは学園長室の窓から外の様子を眺めていた。
鈍器や刃物で武装した生徒たちが校舎の周りをぐるりと取り囲んでいる。
水学の制服も見えるが、大半は見たことのないユニフォームだ。
青い生地の胸元には大きく『FG』の二文字があった。
その中には先ほどまで生徒会室にいた生徒会のメンバーも混じっていた。
「してやられたね。まさか第二副会長がスパイだったなんて」
エイミーは平静だった。
生徒会役員内部からのまさかの裏切り。
学内クーデター、そして謎のグループの襲撃。
絶体絶命の状況とは思えないほどの落ち着きである。
「生徒会ほど中枢に食い込んだ組織に気付かれないようスパイを送り込むのは難しい。ならば寝返らせてしまえばいいんですよ。こちらには十分なエサの用意がありますからね」
エイミーに声をかけたのは街の大地主である古大路氏の孫、古大路偉樹。
本当なら今ごろエンプレスの襲撃を受けているはずの人間だ。
「荏原恋歌が動くっていう情報もガセだったってわけね。あなた達は最初からエンプレスと組んでいて、私たちは見事にハメられたってことかな?」」
「荏原恋歌とは利害の一致から一時的に協力し合っているだけですよ。我々にとって最も邪魔なのは今や唯一の体制側グループである水学生徒会ですからね」
偉樹は弓を片手に持ち、ドアを背に油断なくエイミーを監視している。
「で? 生徒会を潰すのが目的なら、こんなことしてもしょうがないんじゃない? いまさら私をどうにかしても意味ないよ?」
「大アリですよ。あなたが消えれば生徒会の信用は地に落ちる。運営を権威とした秩序あるL.N.T.が戻るなんて、くだらない幻想を見ている住人たちの希望も完全に費えることでしょう」
エイミーは偉樹の物言いを鼻で笑った。
「あなたも街を支配したいだけなんだね。豪龍や恋歌といっしょだ」
「それは勘違いですよ、僕には崇高な目的がある。もっとも……」
偉樹はどこからともなく矢を取り出して弓に番え、ゆっくりと弦を引き絞った。
「この場で議論を交わすつもりはありませんがね。大勢の友人が待っているあなたに冥土の土産は必要ないでしょう。というわけで、新しい時代のために死んでください」
「嫌」
「この期に及んでまだ諦められませんか? もう家族も友達もこの世にいないのに」
エイミーの眉がぴくりと跳ねあがる。
「誰だって死ぬのは嫌なものでしょ。大昔のサムライじゃないんだし」
「正論ですね。ではその命、無理やり頂くとします」
偉樹は言葉に何の感傷も込めず矢を放った。
弓の音と矢が刺さる音がほぼ同時に響く。
「ほう」
偉樹は感嘆の声を上げ、矢の刺さった学園長室の机と、一歩だけ横にずれたエイミーを交互に見る。
「腐ってもSHIP能力者ですか。今のを避けられるとは思いませんでしたよ」
「そんなトロい攻撃じゃ百回撃っても当たらないよ」
「ならば試してみましょうか」
偉樹の眉がぴくりと動く。
どうやら挑発が癇に障ったようだ。
余裕ぶって偉そうにしていても、エイミーに言わせればまだまだ彼も子供である。
弓が偉樹の前方で弧を描く。
矢を持った右手を前後に往復させる。
「これは避けられますか!?」
まるで散弾銃のように複数の矢が同時に射出された。
次の瞬間、エイミーの両手の指の間には無数の矢が挟まれていた。
「ね? 言ったでしょ」
「馬鹿な……」
今度こそ偉樹の表情に驚愕の色が浮かぶ。
クーデターを起こして第一校舎を取り囲んだ時点で作戦は完了したつもりだったのだろう。
まさかエイミーを倒すことに苦労するなんて考えてもいなかったみたいだ。
偉樹のJOYは一見普通の弓矢のように見える。
が、実のところ右手に持った矢も弓を引き絞る動作も単なるフェイクである。
弓は能力にまったく関係なく、実体化させた矢を呼び動作なく拳銃のように空中から放つ能力だ。
相手の油断を狙った奇襲、あるいは不意打ちを得意とするタイプである。
初見であっさり見切られては焦るのも当然だろう。
「くっ……!」
偉樹が左腕を二度上げ下げする。
なんの遊びかと思ったら、エイミーの後ろの窓が突然割れた。
外の生徒に対する合図だったらしい。
足もとに投げ込まれた金属バットが転がった。
「見くびっていましたよ。流石は創設者の一人、L.N.T.の真の女王だ」
「女王様は弾妃と荏原恋歌ちゃんだけで十分だよ」
エイミーはゆらりと前に出た。
偉樹が緊張した面持ちで身構える。
だが、こちらは何をするつもりもない。
エイミーは『制約』によって偉樹に手を出すことは絶対にできない。
外の生徒がなだれ込んできたら負けるし、身体能力だけで切り抜けるのは不可能だろう。
殺されることはないとしても、エイミーの秘密を知れば、彼らは自分をどこかに閉じ込めようとする。
と、窓から誰かが侵入してきた。
直後に偉樹の背後のドアからも人が雪崩れ込んでくる。
偉樹の仲間がやってきたかと思ったが、侵入者たちは思いもよらない行動をとった。
ドアから入ってきたのは二人の女子生徒。
彼女たちは偉樹の腕を左右から掴んで首筋にナイフを突きつけた。
「動かないでください。ジッとしていてくれれば危害は加えません」
「な、何者だ……?」
偉樹の仲間じゃないのか。
疑問に思って振り返ると、窓から入ってきたもう一人がエイミーの前で膝をついた。
「エイミー様、ご無事で」
「なんだ、誰かと思えば沙羅ちゃんか」
ヘルサードの密偵であり、隠密としてはこの街で最高レベルの能力者。
本来の主人を失ってからは度々エイミーのために動いてくれていた少女である。
「遅くなって申し訳ありません。あの方からの伝言をお伝えする刻限になったので、改めて参上したしました」
「え……?」
彼女はエイミーにとって青天の霹靂とも呼べることを言った。
「沙羅ちゃんはヘルサードが何をしようとしていたのか知ってたの?」
「はい。訳あってエイミー様には伏せていたのですが、あの方はいつも心苦しそうにしておられました。しかしようやくあなたをお迎えに上がる準備が整ったのです」
見捨てられたわけではなかった。
彼がまだ自分を必要としてくれている。
「お伝えすべきことはたくさんあります。ただし、二度とここに帰ってくることはできません。エイミー様さえよければ是非ともご同行を願いたく思います」
自分さえよければ?
何を言っているんだろう。
そんなこと聞くまでもないじゃない。
だって、自分は彼のために生きているんだから。
彼の存在こそがエイミーのすべてなんだから。
彼は生きているの?
とはエイミーは聞かなかった。
答えのわかり切った質問を口にしてもしかたない。
そんな暇があったら、一刻も早く会いに行きたい。
「連れて行って。彼のところに」
「はっ」
沙羅は立ち上がってエイミーの手を握りしめた。
小さい手だ、身長もエイミーより少し低い。
こんな子が彼の命令で忍者みたいなことをやっているなんて……
ヘルサードの役に立てて羨ましい。
そんな嫉妬をわずかに感じたが、エイミーはすぐにその感情をかき消した。
あの人にまた会えるのなら、他の何もどうでもいいじゃない。
混乱を極めるこの街も。
自分のために命懸けで働いてくれてる生徒会も。
ぜーんぶ、どうでもいい。
「悪いな古大路偉樹。エイミー様は連れていくぞ」
「く……!」
偉樹は鋭い眼で沙羅を睨み返していたが、首筋に当てられたナイフのせいで身動きがとれない。
「心配せずともエイミー様は二度と戻ることはない。お前が命を奪ったと吹聴したければ好きにしろ」
「お前たちは何が目的なんだ」
沙羅はエイミーの手を引いて偉樹の横を素通りする。
部屋を出る直前、彼女は小声で彼の質問に答えた。
「すべてはあの方のために」
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