4 待ち受けていた者
中野聡美は役員たちを引き連れて三山道と呼ばれる小道を北上していた。
街道から斜めに入った小道は曽埼台団地を横切り、御山裃の山間部まで続いている。
古大路偉樹の立ち上げた新グループの本拠地はこの道の先にあるはずだ。
先行させた斥候に油断なく周囲の状況を確認させながらゆっくり進軍する。
誤って進行途中のエンプレス本隊と遭遇してしまったら全滅必死である。
今の所、それらしき集団は影も形も見えていない。
聡美は仲間を鼓舞しながら自ら先陣を切って堂々と歩いていた。
監視班の班長を任された以上、ビクビクして仲間を不安がらせるわけにはいかない。
進軍途中、様子がおかしいことに気づく。
そろそろエンプレス本隊を発見してもおかしくない頃だ。
すでに曽崎台団地を抜け、まもなく御山地区の山々が見えてくるというのに……
斥候が戻ってくる気配は一向にない。
「まさか、敵に捕まったんじゃ……」
「おーい!」
不安になりかけたちょうどその時、斥候に出していた速海駿也が戻ってきた。
生徒会の白一点、忍者のように素早い動きを得意とする槍使い。
その実力は綺や美紗子に次ぐほどだ。
女ばかりの生徒会において他メンバーの信頼も厚い。
SHIP能力者ゆえの身のこなしと脚力、そして機転の利く頭。
少なくとも数キロは走ってきたはずなのに息ひとつ切らさない体力もある。
まさしく斥候にぴったりの人物と言えるだろう。
「お帰りなさい。随分遅かったわね」
「聡美さん、どうも様子が変だ」
だが、帰ってきた速海の表情は不安に翳っていた。
「エンプレスの本隊がどこにも見当たらないんだ。それどころか古大路のグループの本拠地らしい廃病院まで行ったけど、人っ子一人いやしない」
「どういうこと?」
エンプレスに出会わなかったのは運もあるだろう。
古大路のグループが本拠にいないのはどう考えてもおかしい。
襲撃が誤情報だったにしても、誰もいないなんてことがあり得るのか?
「ひょっとしたら、討って出たのかもしれませんね」
役員の一人が言った。
座してエンプレスの襲撃を待てば全滅は必死。
カウンターのため起死回生の奇襲を仕掛けたという可能性はある。
「もしくはエンプレスの襲撃を恐れて別の場所に本拠地を移したとか」
別の役員が違う意見を述べる。
どちらもあり得そうなことである。
だが、ここで彼女たちが考えてもわかることではない。
確かなのは内輪で議論を交わしていても意味がないことだ。
「ともかくオレはエンプレスの本拠地の偵察に行ってくるよ。古大路がどこに行ったにせよ、エンプレスが動いてないなら美紗子さんたちが危ない」
「それは……いえ、わかったわ。こっちからも美紗子に連絡を入れてみる」
聡美は少し迷ったが、それが一番いいと判断して速海に偵察を任せた。
速海はニヤリと笑って見せ、あっという間に走り去って行く。
その表情も今は不安を隠すための作り笑いに見えた。
※
美紗子と綺、そして紗枝の三人は、エンプレスの本拠地である御山第四中学校跡に来ていた。
最大規模のグループの本拠地としては不気味なほどに静まり返っている。
やはり主力部隊は出ている最中のようだ。
「作戦通りに行くわよ。発見されないことを第一に、戦闘になったら大声を出される前に素早く仕留めること。いいわね?」
美紗子の指示に綺と紗枝は無言で頷いた。
主力が留守とはいえ、この規模のグループの本拠地が無人なはずはない。
おそらくは数十人規模の見張りが残っているだろう。
たった三人が正面から挑んで勝てる道理はない。
なので、今回は紗枝の能力に活躍してもらうことになる。
彼女の力があれば敵との接触を最小限に抑えることができるのだ。
潜入に気づかれた場合は、綺がその機動力を生かして敵の目を引きつける手はずになっている。
危険な役割だが彼女になら任せられるだろう。
できる限りそんな状況にはなって欲しくないが。
「これ以上は誰も血を流させない。力を持たない生徒や街の人たちはもちろん、互いに憎しみを争い合っている能力者たちもよ。誰だってこんな無法は終わらせたいと思っているはずだから」
エイミーが≪
だが流れる血を少しでも減らせる可能性がある以上、美紗子たちはやるしかない。
信じたことのために命を賭ける。
それが学園の生徒たちを導く生徒会の使命だ。
「美紗子さん」
突入の直前、綺が話しかけてきた。
「血を流してほしくないのは美紗子さんも一緒です。どうか無理をしないで……」
彼女の瞳には有無を言わせない強い想いが込められている。
生徒会が守るべきものが生徒たちの命ならば、自分たちもその一つ。
それを忘れてはいけないと諭してくれた彼女の優しさに美紗子は胸を打たれた。
「もちろんよ。終わったらたくさん愛し合いましょうね」
美紗子は綺の長い黒髪に手を伸ばし梳くように優しく撫でた。
「あの、お姉ちゃん……」
ちらりと横を見ると、紗枝が顔を赤くして視線を逸らしていた。
「そういうのは私のいないところでやって欲しい……」
「あう……」
妹の前ということを忘れていた。
穴があったら入りたい。
それでも言葉を撤回するつもりはなかった。
愛する彼女とこれからも生きる。
その決心が美紗子に力を与えてくれる。
「さあ、行くわよ――っ!?」
校舎へ向けて足を踏み出した瞬間、背中にゾッとした感覚が走った。
綺はすでにそちらを振り向いていた。
続いて美紗子が、数秒遅れて紗枝が二人に倣う形でそちらを見る。
ジジッ……
懐に入れた無線機から音が鳴った。
『美紗子、聞こえる!? 大変よ! 襲撃情報は偽りの可能性があるわ! もしかしたらエンプレスの罠かも……』
ノイズに交じって聡美の声が届く。
しかし、返信をする余裕はない。
「ようこそ私たちの家へ」
校舎を囲むブロック塀の上。
美女学のブレザーに身を包んだ女がいる。
ウェーブの髪を靡かせ、彼女は悪の女王のように口元を歪める。
エンプレスのリーダー。
L.N.T.の女帝、荏原恋歌が。
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