3 三つ巴
エンプレスの本拠地は美隷女学院からやや北にある。
御山地区北東部、緑に囲まれた住宅街の元は中学校だった建物だ。
周辺の団地もすべてエンプレスのメンバーが占領している。
他にもいくつか拠点はあるが、この建物は特に恋歌のお気に入りだった。
その三階の一室で、奇妙な戦いが繰り広げられていた。
「ぐ、がっ……!」
力が暴走する。
腕力で抑え込もうとしても反動は抗いがたい。
精神力で受け入れようにも己の限界容量をはるかに超えている。
このままでは体が崩壊してしまう――
恐怖に負けた荏原恋歌は、手にした≪
豆腐にナイフを落とすように、抵抗なく白刃が教室の壁を切り裂いた。
直後、その白い剣はただのジョイストーンに戻ってしまう。
恐怖の波が引いていく。
代わって恋歌の心を支配したのは憤りだった。
このジョイストーンとの戦いに荏原恋歌は何度目かの敗北を喫した。
ルシール=レインを倒した荏原恋歌は、彼女が持っていた≪
元はヘルサードが所有していた『神器』と呼ばれる最強のJOYである。
しかし、恋歌はこのJOYを使いこなすことができなかった
チームの勢力は着実に伸びている。
先日ついにフェアリーキャッツを壊滅させた。
あらゆることが順調なのに、恋歌の心は晴れないままだった。
都合よく解釈すれば、その欝憤がチームの勢いにも繋がったとも言えるが。
≪
ルシール=レインも≪
≪
その中にあってなお、名刀の切れ味を保っていたこのJOY。
力を抑えることなく使用したならば、この世に斬れない物はないだろう。
しかし。
この荏原恋歌は最強のJOY使いとまで言われた人物だ。
それが、他人の能力一つ発現できないでいる。
この事実は非常に不愉快ある。
「恋歌様、よろしいでしょうか」
外から誰かがドアをノックした。
「いいわよ」
恋歌は憤りを抑え、ジョイストーンを拾ってポケットに隠した。
遠慮がちに入ってきたのはエンプレスメンバーの少女だ。
名前は覚えていない。
仲間の重要性を知ったとはいえ不必要に慣れ合うつもりはない。
自分以外のメンバーに役職は与えておらず、彼女も別に恋歌の側近というわけではない。
気がつくと恋歌の傍にいることが多い程度の女だ。
「失礼します。古大路家の使者と名乗る者が正面玄関に見えていますが、如何いたしましょう」
「古大路の?」
この辺り一帯の大地主だった古大路一志氏は昨年すでに亡くなっている。
亡霊の使者という冗談ではなく、確か水学に孫がいたと聞いたことがある。
「いいわ。応接室に通しなさい」
大地主の孫が何の用か知らないが、今更エンプレスに刃向うつもりもないだろう。
おそらくは和睦の申し出だろうと考えた恋歌は部下にそう指示を出した。
もはや権力は持たぬとはいえ、古大路の名は何かの役に立つかもしれない。
遣いの態度次第では良い待遇を与えてやっても構わない。
万が一、敵対するなら潰せばいいだけだ。
※
荏原恋歌が遠征を行うという情報が入った。
美紗子はすぐに生徒会を招集し事実の確認に急いだ。
「間違いないようね」
「はい。複数の密偵にエンプレス構成員と接触させて内部情報を探らせましたが、今週末に山間病院を攻めることに間違いはないようです」
あの古大路氏の孫がグループを作ってエンプレスを狙っている。
最初に聞いた時はまさかと思ったが、荏原恋歌が動いたからには事実なのだろう。
「非常に巧妙に隠していましたが、古大路偉樹の率いるグループの勢力は、もはや中堅上位クラスと言って良いくらいです。さらに未確認ではありますが、フェアリーキャッツ壊滅後に深川花子が身を寄せたとの情報も入っています。戦術次第ではエンプレスと争うのも不可能ではなかったかと」
今の情勢でエンプレスに挑もうと考える新興勢力があったことは驚きだ。
しかし、この報告が上がった時点でもう将来は見えている。
エンプレスは比類なき大グループだ。
正面からの戦いを挑まれたら、まず勝ち目はないだろう。
彼らが不運だったのは、エンプレスの本拠地に近い位置に身を潜めていたことだ。
しかし、生徒会にとってはまたとないチャンスでもある。
この期を逃せば荏原恋歌が長期に渡って本拠地を空けるような状況は望めない。
中堅規模グループの本拠地攻略戦ともなれば、ある程度の時間はかかるだろう。
荏原恋歌が留守にしている隙にエンプレスの本拠地に侵入し≪
「ただちに出動しましょう! 事前の取り決め通り、三つの班に分かれて行動開始。以後は班長の指示に従って!」
生徒会全員でゾロゾロとエンプレスの本拠地に向かっても仕方ない。
実際に敵地に向かうのはいつものように戦闘に長けた美紗子と綺の二人だ。
それに加え、今回は美紗子の妹の紗枝も同行する。
若い世代に経験を積ませたいという理由もあるが、今回は彼女の能力が役に立つはずだ。
他の役員は二つに分けた。
本隊を動かした荏原恋歌を監視する班。
そして、水学に残って他のグループを牽制する班だ。
それぞれ美紗子が信頼を置く同期の役員に指揮をとってもらう。
「聡美、尚子、頼んだわよ」
「おっけ、任せてよ」
「は、はい」
美紗子の古くからの友人で、同期からの信頼も厚い中野聡美。
彼女は監視班の班長を快く引き受けてくれた。
本格的な作戦行動の指揮は初めてのはずだが、気負った様子は見られない。
対して新規メンバー統率のため任命した第二副会長の世田尚子は緊張でガチガチだった。
あまり強く主張する性格ではないが、確かな実務能力で生徒会を支え続けてくれた人物である。
作戦行動の指揮という初めての経験に固くなる気持ちはわからないでもない。
だが、今後のためにも彼女にはしっかりやり遂げてもらわなくては。
「自信を持って、尚子。誰よりも仲間のことを理解しているあなたなら、きっとみんなも安心して指示に従えるわ」
尚子はようやく聞き取れるくらいの小声で「はい」と答えて顔を上げた。
「大丈夫です。この命に代えても私の班からは一人の脱落者も出しません」
そして二言目はハッキリと、強い意思を秘めた瞳で告げた。
緊張はしても、いざ本番となれば確実にやってくれる。
そう信頼できるだけの経験と実績が彼女にはある。
主力のいない本陣防衛。
いざと言う時の判断力が求められる任務だ。
だからこそ、無茶をしない性格の尚子が頼りになると思っている。
「背後の憂いは私たちに任せて、美紗子は安心して行ってきな」
「ありがとう」
そして聡美は細かいところまでフォローできる姉御肌の女性だ。
それぞれタイプは違うが、この二人になら背中を預けられる。
「でも尚子、命に変えてなんて言っちゃダメよ」
「聡美の言う通りね。あなたを含めて一人たりとも欠けることなく争いを終わらせるの。いい?」
「は、はい」
三人は顔を見合わせて無言で頷き合う。
美紗子は力強い笑みを浮かべた。
「さあ、出陣よ!」
願わくば、これが最後の戦いになるように。
全員の気持ちを代弁するように美紗子は心の中で呟いた。
※
古大路偉樹は笑っていた。
廃病院の窓から見える木々が激しく揺れてる。
ざわめく風はまるで彼の気持ちを映しているかのようだ。
何もかも作戦通りに進んでいる。
今日、一つの勢力がこの街から姿を消すだろう。
荏原恋歌の覇道の下、L.N.T.を作り上げた星の最後のひとつが堕ちる。
偉樹は振り返って背後に立っていた女に告げた。
「出撃だ。エイミー=レインの首を取る」
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