2 権威の象徴

「もはや一刻の猶予もありません。荏原恋歌が第二の豪龍組となる前にエンプレスに対処します」


 フェアリーキャッツ壊滅の情報を聞いた麻布美紗子はすぐに生徒会を招集した。

 とはいえ破竹の勢いのエンプレスに対処できる具体的なプランはない。

 とりあえず役員を集めて会議を開いたが方針は決まらない。


 今となっては比肩する勢力すらないエンプレス。

 生徒会が武力を用いてを倒すのは、ほぼ不可能に近い。

 美紗子や綺という個人がいくら強くても、数百人規模の大軍に挑むのは自殺行為である。


 この場の誰もがある種の諦めに支配されてしまっている。

 会議進行役の美紗子に言葉の先を促す者はいなかった。


「荏原恋歌を暗殺するのはどうかな」


 不穏な言葉が静寂を打ち破った。

 発したのは、美紗子の斜め後ろに座っているエイミーだ。


 普段、こういった場でエイミーが発言することはめったにない。

 生徒会の自由意思に任せ、重要な場面で助言をしてくれるのが常だった。

 大人があまり生徒の決定に干渉すべきでないという彼女なりのポリシーがあるらしい。


 そんなエイミーが今回に限って積極的に意見を出した。

 それは現状が止むに止まれぬほど切迫している証明だろう。


 それにしても、発言の内容は彼女の口から出たとは思えないほど過激だった。


「暗殺……ですか」


 美紗子は呟くように聞き返す。

 エイミーの目は美紗子を超えて場の全員を見渡していた。

 彼女の真剣な表情はそれが冗談や思いつきではないことを物語っている。


「それしか、方法がないかもしれませんね」

「巨大な敵を崩すには頭から……理に適っています」


 にわかに他の役員たちが同意し始める。

 一筋の希望を得たように、沈んだ表情を一転させた。


 だが、美紗子は気乗りしなかった。

 それどころかエイミーの発言に嫌悪感さえ抱いている。


 暗殺。

 最も確実で効果的な手段であることに疑いはない。


 エンプレスは巨大だが、荏原恋歌という個人を中心に動く組織である。

 彼女を失えばそのまま瓦解することもあり得るかもしれない。

 豪龍が倒れると即座に分解消滅した豪龍組のように。


「暗殺決行は荏原恋歌が一人の時を狙って?」

「しかし、あの女がそのような隙を見せるでしょうか……」

「隙がなければ作ればいいだけの話です。美女学にも協力を仰いで――」


 すでに暗殺が決定事項のように話し合いが進んでいる。

 勝手に喋りはじめた役員たちを止めるのは美紗子の役目だ。

 それができないのは、他に良い手段を思いつかないからである。


「私は反対です」


 そんな中、澄んだ声が生徒会室に響いた。

 挙手をした赤坂綺を見つめ、自分の許可を待っているのだと気づく。

 美紗子は会議の進行役を忘れていたことに気づき、気後れしつつも彼女に発言を促した。


「ど、どうぞ、赤坂さん」

「エンプレスを放置することはできません。ですが、暗殺などという短絡的な手段を取るべきではないと私は考えます。だって私たちは治安を守るための生徒会でしょう? そんな後ろ暗いやり方を当然のように行っては、ますます市民からの求心力を失ってしまいます。最悪、乱立する勢力の一つとしか見られなくなるでしょう」


 静寂の中、綺は堂々とした態度で自分の意見を述べる。

 目的のために手段を選ばないのでは大切な何かを失ってしまう。

 綺は美紗子が何となく思いながら言葉にできなかった意見を代弁してくれた。


「じゃあ、他に何とかする方法はあるの?」


 エイミーが綺の発言に苛立ったように文句を言った。


「今の生徒会じゃエンプレスを罰することも、ルールに従わせることもできない。だったらとにかく潰すことが最優先じゃないの? 短絡的とか言うけど、やり方に拘って何にもしないんじゃ、それこそ生徒会が存在してる意味がないんじゃない?」

「それは……」


 やはり今日のエイミーは感情的になっている。

 発言をした綺を含め、役員たちはみな彼女の普段とは違う態度に気圧されていた。


 美紗子はそれも仕方ないと思った。

 学園長とはいえ、エイミーも一人の女性だ。

 最愛の人を失った上、敵は妹を死に追いやった人物。

 短絡的かつ暴力的な手段に訴えたくなる気持ちもわからなくはない。


 だが、それではいけない。

 綺のおかげで美紗子は冷静さを取り戻した。

 頭がスッキリしてくると、状況打破のための妙案も思いつく。


「私も赤坂さんと同じ意見です。生徒会はエンプレスの打倒ではなく、街の平穏を取り戻すことを第一に考えるべきだと思います」


 美紗子は自ら挙手して発言する。

 エイミーから憎しみの込もった視線が向けられた。


「その平穏ってやつを取り戻すための具体的なプランはあるの?」

「あります」


 美紗子は答えた。


「暴力や恐怖ではなく、権威を持って住人たちを導くことで、街に長期的な平和が訪れるでしょう。今の生徒たちは頼れるものが何もない状態です。だから力のある者に付き従うことで身を守ろうとしている。ならば我々が正しく導いてあげればいいんです」

「言ってることはなんとなくわかるけど、今の生徒会に街をまとめるほどの権威なんてないよ? 水学の内部だけでも相当分裂してるのに」

「あなたがいます」


 美紗子の言葉にエイミーは驚いたような表情を浮かべた。


「ミイさんが姿を消して、街の創設者たちのほとんどが亡くなりました。ラバースの社員もすでに表舞台から消えています。だから残っているのはエイミーさんだけです。あなただけが正当な権威を持って街を治められるんです」


 エイミーは戸惑ったように役員たちを見回した。

 そして怯える少女のような顔で美紗子を見た。


「で、でも。今の私にそんな資格は……」

「資格ならあります。あなたは水瀬学園の学園長、それだけでいいんです」


 エイミーは自分が一人取り残されたことを気に病んでいる。

 消えたヘルサードや死んだ仲間たちに後ろめたい気持ちがあるのだろう。


 一般に思われているように、ルシール=レインが私欲のために人質を殺したという話を美紗子は信じていない。


 なぜ人質は死なねばならなかったのか。

 なぜヘルサードにとって最も大切なはずのエイミーだけが蚊帳の外だったのか。


 いくら考えてわかるものではない。

 ただ、ひとつだけハッキリしていることがある。


 何も残さずに舞台から降りた人たちではなく、生きているエイミーだけが己の意志を貫く権利がある。


「辛いことですが、いなくなった人たちのことを考えても過去は戻りません。志半ばで倒れた友人たちの遺志を継いで残されたエイミーさんが市民たちを導いていく……何も不自然ではないと思います」

「おお……」


 役員たちから感嘆の声があがった。

 美紗子自身、数分前までは頭の片隅にもなかった考えである。


 遺志うんぬんは詭弁と取られなくもないかもしれない。

 だが、迷える市民たちを導くため、まずは強く主張すればいいだけである。


 後の問題はエイミー自身のやる気と、そして……


「そのためには正統性の証明が必要だね」


 エイミーが美紗子の言葉に応えた。

 さっきまでのように感情的にはなっていない、

 冷静に問題点を指摘できる普段の落ち着きを取り戻していた。


「単に『私は偉いから従え』って言うだけじゃ誰もついてこない。いきなり出てきてこいつ何言ってるんだって思われておしまいだよね」

「……はい、その通りです。ミイさんの遺志を継いだという証明がなくてはいけません」

「必要なのは形ある物。私がヘルサードから街を託されたっていう確固たる証拠」


 L.N.T.の住人にとって、ヘルサードの影響は計り知れないほど大きい。

 特に第一期生はある種の崇拝にも近い思いを抱えている者がほとんどだ。


 ヘルサードの遺志を継いだということにして、自分たちの言葉を街中に伝える。

 それが平穏を取り戻すための最も効果的な意思統一の方法になりうる。


 そのためには権威の象徴が必要だ。

 彼の残した最高のJOY。


 ≪白命剣アメノツルギと≪神鏡翼ダイヤモンドウイング

 この二つの所有が絶対に不可欠である。


 二つのJOYのうち≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫の所在はわからない。

 しかし≪白命剣アメノツルギ≫は一旦ルシール=レインの手に渡り、今は荏原恋歌が持っている。


 荏原恋歌はなぜか≪白命剣アメノツルギ≫を所有していることを公表していない。

 元々ヘルサードに対する不信感が強かったせいか、権威として利用しようとは思っていないようだ。


 彼女から≪白命剣アメノツルギ≫を奪うには、住人たちに所有がバレていない今しかない。


「でも、簡単には手に入らないと思うよ」

「私たちが必ず手に入れます。少なくとも片方はすぐにでも恋歌さんの手から取り戻しましょう」


 この方針でも結局は荏原恋歌と戦う必要がある。

 それでも命ではなくジョイストーンを奪うのが目的と言うだけで美紗子たちの心は軽くなった。


 エイミーは美紗子の目をまっすぐに見て呟いた。


「……任せていいかな」

「はい」


 美紗子は力強くうなずいた。

 彼女が納得してくれたことに心から安心する。

 ひょっとしたら、エイミーも迷っていたのかもしれない。

 この優しい人の心を自分が守っていかなければ。


 そんなことを考えていた美紗子は、顔を伏せたエイミーが彼女から見えないよう、口元に笑みを浮かべていることに気づかなかった。

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