第18話 別離

1 落日のフェアリーキャッツ

 街道の先から怪物が近づいてくる。


 荏原恋歌率いるエンプレスは、今やかつての豪龍組に迫る規模にまで膨れ上がった。

 その本隊が強大な威圧感をまき散らしながらここに向かっている。


「このまま街道を東へ進む! 絶対に散り散りになるんじゃないよ!」


 深川花子は身震いするような恐怖を抑え、残った仲間たちに発破をかけた。


 まるで虎に追われる子猫のようだ。

 彼女たちは幾度もの局地的戦闘に敗北し続けた。

 フェアリーキャッツはもう、かつての勢力と栄光を完全に失っている。


 その上、意図せぬ全面対決を挑んで敗れ、その結果がこの無様な敗走である。


 花子は個人的に古大路と同盟の密約を交わしていた。

 単独でエンプレスに勝つのはもう無理だとわかっていたからだ。

 しかしチーム内の意思統一は済んでおらず、同盟に反対する者も多かった。


 同盟前にエンプレス相手に一定の戦果を挙げておく必要があった。

 メンバー全員を納得させておかなくては分裂の危機があり得たからだ。


 ところが、挑んだ局地戦はすべて敗北。

 花子は血気に逸る仲間たちを抑えきれなくなった。

 起死回生の決戦を挑み、予想を超える大敗北を喫してしまった。


 痛恨のミス。

 荏原恋歌に統率されたエンプレスに隙はなかった。

 多くの仲間を失い、命からがら逃れることができたメンバーは五十人にも満たない。


「怪我人のフォローを忘れるな! これ以上は一人の死者も出すなよ!」

「花子さん、これ以上大声を出しては……」

「あたしはいいんだよっ! ……ぐっ」


 心配するメンバーを振り払った途端、腹部に激痛が走った。

 花子自身も荏原恋歌にやられて肋骨を折る負傷をしている。


「エンプレスの追撃は真利子と技原が命に代えても食い止めてくれる。だから、みんなで一歩でも遠くまで逃げるんだ。木戸の三叉路まで辿り着けばきっと迎えが来てくれる!」


 自分の使命は少しでも多くの仲間と共に古大路たちと合流すること。

 どれだけ痛みを我慢しようとも倒れるわけにはいかない。


 自分を信じて今までついてきてくれた、志半ばで倒れた仲間たちのためにも。

 命をかけて本隊を逃がしてくれた二人の仲間のためにも。


 死ぬんじゃないよ――

 遥か後方で戦っている二人の無事を祈りながら、花子は傷ついた体に活を入れて足を踏み出した。




   ※


 路地裏に身を隠した大森真利子は、街道を進むエンプレスの動向を見張っていた。

 荏原恋歌を中心に、その周囲を守るように一〇〇を超える追撃軍が隊列を組んでいる。


 イイ身分だな、と真利子は思った。


 かつては自ら最前線に立ち、数名ほどの親衛隊を除いては仲間を作らなかった荏原恋歌。

 それが今は豪龍組の再来と言えるだけの大勢力を率いて行軍を行っている。

 組織力もすでに全盛期のキャッツを上回っているくらいだ。


 だが、数が多くなった分だけ動きも鈍くなる。

 ゲリラ戦法によってエンプレスの足を遅らせることには成功した。

 能力者によるヒットアンドアウェイは大軍の動きを鈍らせるのに十分な成果を発揮している。


 斥候のために数名の女が隊列から離れた。

 真利子はそれを確認すると、先廻りして仕込んでおいたトラップを発動させた。


「うぎゃああっ!」


 足元から吹き上がった炎に捲かれた女が叫び声を上げる。

 真利子の≪火炎の傷跡フレイムテイル≫の第二の能力『フレイムトラップ』である。


「くそっ、撤収だ!」


 黒こげになった女を見捨て、残りの斥候は直ちに引き返していく。


「逃がすかよ――オラァッ!」

「ぎゃびっ」


 横合いの路地から男が飛び出した。

 目にも止まらぬ速さで叩きつけた拳が敵の顔面を正確に撃ち抜く。


 同時に真利子は第三の能力『フレイムスモーク』を発動させた。

 真っ黒な煙が立ち上り周囲の視界を奪う。


「畜生! なんだってんだ!?」


 その隙に別の路地に避難する。

 物影に身を隠し、煙が消えるまで息を潜める。

 すると、偶然にも先ほどの男が同じ場所に避難してきた。


「よう。元気か?」

「元気じゃない。生きてる心地がまるでしないよ」


 金髪ツンツン頭の青年。

 彼の名前を技原力彦と言う。

 支社ビル奪還作戦の後にフェアリーキャッツに加入した新参メンバーである。


 稀少なSHIP能力者であることに加えて、強い闘争心を持つ男だ。

 彼は花子のお気に入りとして、あっという間に真利子と同じ副長の座に上り詰めた。


 実力主義のフェアリーキャッツでは特別なことではない。

 だが、やはり新参のくせに生意気だいう感想を真利子はずっと持っていた。

 ましてや彼は以前、一時的にとはいえ敵対していたチームのリーダーでもあった男である。


 しかし、こうして肩を並べて共に戦ってみると、非常に頼れる男であることがわかる。

 ゲリラ戦法とはいえ、エンプレスの本隊に単独で突っ込んで行ける勇気を持つ男を他に知らない。


「花子の奴、逃げきった頃かな」

「さあね。私らがもう少し時間を稼いだ方が可能性は高くなるだろうけど」

「違いねえ」


 煙が薄れて視界が戻ってくる。


 隠れている場所がバレていないことを確認したら、即座に次の行動に移らなければならない。

 ゆっくり喋っている余裕はないが、彼との会話もこれで最後かもしれない。

 真利子はどうしても尋ねてみたいことがあった。


「あんたさ、どうしてフェアリーキャッツに入ったの?」

「なんだいきなり」

「詳しくは知らないけどさ、仲の良い友だちがいたんでしょ? どうしてそいつと一緒に水学生徒会に行かなかったのよ」


 技原には速海という名の親友がいる。

 共に豪龍に対して復讐を誓い、支社ビル奪還作戦の直前まで一緒に修行をしていたそうだ。

 豪龍の死後、その友人は水学生徒会に参加したらしい。


「俺たちの共通の目的は豪龍打倒までだ。そっから後は関係ねえよ」

「でも、わざわざ敵対する組織に行かなくてもよかったんじゃない?」

「お互いに惚れた相手が敵同士だったってだけの話さ。俺は花子のために命を賭けると決めた。それが答えじゃ不服か?」

「……マジ?」


 技原の気持ちを聞くのは初めてだったが、まっすぐなその言葉に嘘臭さは感じなかった。

 同時に、この男に好感を抱いた自分に気づく。

 グループに属する理由が真利子と同じだったからだ。


 深川花子という女に惚れこんで、彼女のために命を賭けると決めた。

 それはグループ壊滅の危機に追い込まれてもフェアリーキャッツから離れない人間たち、全員の共通の思いだろう。


「言っておくけど、私はライバルだからね」

「そいつはおっかねえや」


 真利子と技原は視線を交わして微笑み合った。

 手の中のジョイストーンをきつく握りしめる。


 我らのリーダーを無事に逃がすため、迫る敵軍の足止めに命を投げ出す覚悟を固めて。




   ※


「……そう、わかった」


 誰もいない部屋の中、窓際に立ったエイミーはボソリと呟いた。

 窓の外に張り付いていた気配が音も立てず消失する。


 エイミーは椅子に腰掛けて机の上の通信機を手に取る。

 電話のないL.N.T.における、一部の人間だけが使える特定の内線だ。


 三桁の番号を入力する。

 一拍の間をおいて呼び出し音が鳴った。

 三コール後、エイミーが最も信頼する生徒の声が聞こえてきた。


『はい、麻布美紗子です』

「フェアリーキャッツが壊滅したよ。すぐに生徒会を集合させて」

『――っ!』


 電話の相手、麻布美紗子が絶句する。

 数秒間の沈黙の後、美紗子の声は平静を装って


「わかりました」


 と返答した。


 受話器を置いたエイミーは窓の外を眺めた。

 この情報を伝えてくれた二葉沙羅の姿はもうどこにもない。

 ヘルサードが姿を消してからはエイミーの下で密偵を務めてくれる彼女にはとても感謝している。


 L.N.T.最大のグループがついに壊滅した。

 だが、それもどうでもいいことである。

 エイミーの情熱は消えかかっていた。


 大切な思い出が色あせていくように。

 悲しい気持ちに押し潰されるように。

 ヘルサードもルシールも、もうこの街にいない。


 JOY――ジュエル・オブ・ユースの名が示す通り、思春期だけに与えられた特別な時間が終わりを告げようとしている。


 いや、とっくに終わっていたのだろう。

 変化を薄々と感じながらも受け入れなかっただけの話だ。


 ヘルサードはエイミーを捨て、新しい世界を求めた。

 母を、妹を、恋人を、そして子どもたちを失い、エイミーはひとり取り残された。


 もはや未来に対する希望も残っていない。

 やらねばならないことも多くない。


 最後に残ったわがままを実行する。

 そのためなら、この命の全てをかけても惜しくはない。

 自分の命が尽きる前に、何を犠牲にしてでもあれだけは手に入れないと。

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