4 窮追
追い込まれた。
ルシールがはっきりと自覚したのは、四階の教室から見える範囲だけでも二十を超える生徒が、校舎の周囲を取り囲むよう配置されているのに気づいた後だった。
何をするでもなく、ただ校舎を囲んでいる。
ルシールを逃がさないよう見張っているのだろう。
ただし、一点突破するのはそれほど難しくなさそうだ。
これは逆にチャンスかもしれない。
この作戦を指揮している人物に興味がわいた。
これだけの大規模な作戦を遂行する人物なら、かなりの大物だろう。
人数任せに狭い場所に追い詰められたら面倒だ。
ルシールは広い場所を求めて移動を開始した。
戦いの気配が近づくにつれ、神経が研ぎ澄まされていく。
さっきまで感じていた疲労は気にならなくなっていた。
とりあえず一階に向う。
渡り廊下の先にあるのは体育館か。
あそこなら大勢が相手でも問題なく戦える。
作戦を考えながら廊下を歩いていると、窓から差し込む陽光がわずかな陰りを見せた。
その直後、窓ガラスが盛大な音を立てて割れる。
「覚悟っ!」
掛け声とともに広がる真っ赤な翼。
現れたのは長い髪の少女だ。
たしか水学生徒会の赤坂綺と言ったか。
空を飛べることは知っていたが、まさか単騎で攻めてくるとは。
勇敢な戦士か。
無謀な愚者か。
高速飛行の勢いのまま、赤坂綺は翼を折り畳む。
腕をとられた。
体が引っ張られ、足元がふわりと浮く。
投げられたと理解した直後、ルシールは空中で体勢を立て直した。
「なっ!?」
「甘いよ」
こちらはSHIP能力者だ。
人並み程度の体術など通用しない。
ルシールは問題なく床に着地すると、ポケットから二つのジョイストーンを取り出した。
まずは≪
赤坂の翼が一回り小さくなり、色も薄くなった。
続けて≪
≪
遠くに逃げられたら追撃する術はない。
消えた赤坂綺を追いかける愚は犯さなかった。
ルシールは階段の方を目指して走る。
相手は水学生徒会か。
やはり、姉も自分を許さないだろう。
ヘルサードを殺したと思われているのだから当然だ。
わかっていたことだが、一抹の寂しさがよぎる。
二段飛ばしで階段を駆け降りる。
二階と一階の間の踊り場に着地。
下から何かが飛んでくるのが見えた。
高威力のエネルギー体だ。
とっさに身を逸らして避けたが、すぐに次の一撃が迫ってくる。
ルシールは慌てずに≪
黄色い霧が視界を曇らせると、飛翔するエネルギー体のスピードも余裕でかわせるほど遅くなる。
この能力は生徒会に所属する人物のものではない。
おそらくは≪
荏原真夏の妹、『女帝』荏原恋歌。
水学生徒会との仲は悪かったと聞いているが、ここにきて手を組んだか。
流石に油断できる相手ではない。
先手を打って仕留めてしまうべきだ。
ルシールは≪
一階にたどり着いたところで、廊下の向こうに走り去っていくウェーブヘアの後姿が見えた。
迫りくるエネルギー体を≪
素早く前後に視線を走らせ、伏兵がいないか確認する。
すぐ脇にあった非常口が大きな音を立てた。
外側から何か重いものがぶつかったような衝撃だ。
何度かの轟音の後、ドアが外れてこちら側へと飛んでくる。
飛来速度が減衰できない。
JOYによる攻撃ではないためだ。
少し焦ったが、鉄の扉も≪
ドアは容易く斬り裂くことに成功。
ところが、破片の陰からものすごい勢いでボールが飛んできた。
それも一つや二つではない。
まるで機関銃のように次々と飛んでくる。
当たっても致命傷にはならないが、かなり痛そうだ。
ルシールはたまらず横に飛んで壁の影に隠れた。
外にいるのはおそらく水学生徒会長の麻布美紗子だろう。
純粋なSHIP能力者である彼女は現状で最も警戒すべき相手と言える。
ルシールが身を隠すと、ボールの弾幕も止んだ。
敵の姿を確認するために顔を出した途端、
「てぇい!」
真っ赤な翼を広げた赤坂綺が飛び込んできた。
素早く≪
しかし、赤坂は途中で進路を変えた。
どういうわけか建物の中に入って来ない
「なにを――ぐっ!?」
意味不明な行動に気を取られた直後。
腹部に鈍い痛みが走った。
飛んできたボールが腹を直撃したのだ。
たまらずその場に蹲る。
床を転がりながら壁の影に隠れる。
「はぁ、はぁ……!」
荒い呼吸を繰り返して息を整えつつ、ルシールはこれからの行動を考えた。
敵は決してこちらの間合に入らない。
赤坂綺のヒットアンドアウェイ。
そして麻布美紗子と荏原恋歌の遠距離攻撃。
これらの連携で徐々に体力と精神力を削る作戦だろう。
仲間のいないルシールにとっては非常に厄介な戦法だ。
集中力が途切れると、急激に疲れが蘇ってくる。
このままじゃまずい。
やはり一度身を隠して体力を回復させないと。
そのためには無理矢理でも包囲を突破して学校を脱出するしか――
「見つけましたよ!」
「っ!?」
壊れたドアの陰から麻布美紗子が姿を現した。
背中には山ほどボールの入った籠を背負っている。
右手に消火器を持ち、左手は先端のホースに添えられている。
麻布美紗子がレバーを引くと、瞬く間に視界が真っ白に覆われた。
能力を展開する余裕はなく、反対方向にむかって走って逃げた。
「待ちなさい!」
後ろから麻布美紗子の声が追ってくる。
消火器を使われたのは驚いたが、視界が遮られたのはあっちも同じ。
この状況じゃ迂闊に近づいても来られないだろう。
そんなルシールの考えはすぐに甘かった思い知らされた。
「ていていていていてい!」
白く覆われた視界の向こうから、またしてもボールが飛んできた。
狙いは正確ではないが、発射元が見えない攻撃は、強いプレッシャーになる。
「ぐっ……」
このまま視界が晴れるまで耐えるか?
いや、それではこちらの体力が限界に来てしまう。
逃げるべきだ。
ルシールは振り返って昇降口を目指すことにした。
幸い後ろから飛んでくるボールに当たることはなく、無事に外に出ることができた。
あとは校庭を横切って外を目指すだけ。
安堵しかけた所で、ルシールの前に立ち塞がる人物がいた。
「はじめましてね、ルシール=レイン」
「荏原恋歌……!」
最初からここで待ち伏せするつもりだったのか。
彼女の周囲にはすでに七つのエネルギー体が展開されている。
倒して切り抜けるしかないと判断し、ルシールはジョイストーンを握りしめた。
瞬間、エネルギー体のうち一つが上空に向かって打ち上がった。
ルシールに対する攻撃ではない。
何をやっているのかと訝しんでいると、
「うっ!?」
強烈な水圧がルシールの脇腹を打った。
校庭に埋まっていたスプリンクラーが作動したのだ。
当たってもさほど痛くはないが、一瞬でルシールの体はずぶ濡れになる。
周囲の地面が水分を吸って黒く染まっていく。
ルシールはまんまと相手の作戦にはまったことを理解した。
「食らいなさい」
耳に届くのは低い女の声。
飛来するエネルギー体を避ける術はない。
「がっ!?」
腹に直撃した光球が、ルシールの体を五メートル以上も吹き飛ばした。
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