3 ルシール討伐
「いたぞ、あっちだ!」
「バカ、不用意に近づくな! 相手は豪龍を殺した女だぞ!」
街道にて。
逃げるルシールを二人の男が追いかけている。
互いの距離は開いており、前を走る方はすでにルシールの背後まで迫っていた。
「この間合いなら俺の≪
追撃者の声を聞き流し、ルシールは二つのジョイストーンをそれぞれ両手に握りしめた。
まずは自分の能力を発動させると、周りの景色が黄色く歪む。
男はそれに気づいていない。
「覚悟しろルシール=レイン! お前を倒して新たなL.N.T.の覇者となるのは俺たち『ツインロード』だ!」
拳を振り上げ男が叫ぶ。
次の瞬間、その声は戸惑いに変わった。
「え――」
表情の変化を待たず、男の首から上は体から離れた。
どんな能力だったのかは知らないが、彼のJOYは≪
男の首を刈ったのはもう一つのJOY≪
首の無い死体を蹴り飛ばし、次の追っ手に自ら接近する。
「ひっ!」
相棒を殺されて判断力が鈍ったか。
そいつは立ち止まってDリングの守りを展開させた。
並の相手ならそれで正解。
しかし、この最強の剣はDリングの守りごと敵の体を両断する。
血飛沫をあげて上下に分かれた無残な屍を顧みることなく、ルシールは二つのJOYを解除した。
※
ヘルサードから託された≪
次々と襲い掛かってくる能力者たちを相手に、ルシールは戦いの日々を送っていた。
世間では完全にルシールがヘルサードを殺したことになっている。
彼女もそれを否定するような言動は一切していない。
今や街中の人間が自分を狙っていた。
四六時中こんな雑魚の相手をするのは煩わしいが、ルシールは誤解を解く気もなければ、身を隠す気もなかった。
それもすべては、彼に託された最後の約束を果たすため。
ルシールは戦いながら相手を探して――選んでいた。
彼の意思を継ぐのにふさわしい人物を。
とはいえ、眠る暇もなく戦い通しは流石に辛い。
他のJOYを弱体化させる≪
あらゆるものを斬り裂く強力無比の剣≪
この二つのJOYがあれば無敵同然とはいえ、すでにルシールは五十人近くの人間を斬り殺している。
まるで人斬りか戦国武者だと思った。
ルシールだって
こんな修羅のような生活に耐え続けられるものではなく、すでに疲労はピークに達しかけていた。
少し休息を取ろう。
丸一日ほど身を隠せる場所を探さなくちゃ。
そんなことを考えていると、また別の追っ手がやってくるのが見えた。
「ルシール=レインを発見したぞ!」
今度の相手は男女混合。
数はさっきの倍だ。
ルシールは焦らずジョイストーンを取り出した。
いくら敵の数が多かろうとザコなど物の数ではない。
ところが、今度の敵はこれまでとは少し違う行動をとった。
「奴の十メートル以内に近づくな! 十分に間合いを取って射撃体勢に入れ!」
おや、と思った時には敵のうち三人が弓を取り出し、矢を番えてルシールに狙いを定めてきた。
「撃てっ!」
掛け声とともに矢が飛んでくる。
うち二本はあさっての方に飛んでいった。
が、一本がまっすぐルシールへと向かってくる。
能力ではない。
どうやら矢で射殺すつもりらしい。
ルシールはDリングを持っていない。
あんな攻撃でも当たれば十分致命傷になる。
とはいえ、この程度の攻撃を見切れないはずはない。
顔前で矢を受け止め、折って投げ捨てる。
矢を放った女は驚きながらも、すぐに次の矢を番える。
これは面倒なことになった。
弓矢による攻撃なんてそうそう当たるものではない。
だが万が一にも能力者ではない人間なんかに討たれるわけにはいかない。
背を向けるのは癪だが、ここは一旦下がるべきだろう。
後ろを見るとすぐ傍の街道沿いに学校があるのが目に入った。
あそこなら隠れて休息を取ることもできる。
最悪でも建物に入ってしまえば飛び道具は使えない。
そう判断したルシールは敵に背を向けて一目散に走り出した。
飛んでくる矢は軽いサイドステップであっさりと躱すことができた。
※
『誘導成功。ルシール=レインを曽埼地区の第七小学校に追い詰めました、どうぞ』
親衛隊が運転する車の後部座席にて。
無線器から伝わる報告を聞いた荏原恋歌はわずかに口元を緩めた。
「周辺のグループと連絡を取って周囲の路地を封鎖させなさい」
『了解しました。道路の封鎖を開始します』
「功を焦ってルシールを逃がすような馬鹿がいたら……わかっているわね?」
『肝に銘じておきます』
遠く離れた場所にいる、名前も覚えていない人間が、自分の指示に従って動く。
部下を持つというのは長い手足を手に入れたような感覚だ。
恋歌は人知れず快感を覚えていた。
これまでは寄せ集めの大所帯など邪魔になるだけだと思っていた。
いざ多くの部下を抱えてみると、これが思いのほか便利に動いてくれる。
もちろん、慣れ合いを許さない厳しさは恋歌の新チーム『エンプレス』にはある。
昔のように自ら戦うだけではない。
部下を使って最良の状況を作り出していく。
それだけの知恵とカリスマを恋歌は持っている。
恋歌の過去の評判は人々の耳目を容易く集めた。
今やグループの規模はフェアリーキャッツに迫るほどだ。
とは言え、やはり最後の一手は自らの手で決めるつもりである。
何よりもルシールを倒すことが出来るのは自分しかいない。
『北の一より報告、どうぞ』
さっきとは違う声が無線機から聞こえてきた。
「報告しなさい」
『水瀬学園より生徒会が出動しました。ルシール=レインの討伐にあたる模様です』
やはり来たか。
支社ビル奪還作戦の後、水瀬学園生徒会はほとんど動きを見せていない。
水学の学園長がルシールの実姉であることを考えれば、腰が重くなっても同然だ。
L.N.T.の大部分がルシールを敵とみなしている以上、遅かれ早かれ行動するとは思っていた。
恋歌に言わせれば遅いくらいだが、ある意味でちょうどいいタイミングだと言える。
「北の一、生徒会と接触しなさい。ルシール=レインは曽埼第七小学校に立て篭もっていると教えてあげるのよ」
少しの間をおいて『了解』と返事が返ってきた。
「生徒会に干渉されては作戦に支障がでるのでは?」
これまで黙って運転に集中していた翔子がミラー越しに視線を送ってきた。
彼女は最初の支社ビル襲撃後に生き残った二人の親衛隊のうちの片割れである。
「ルシール=レインを倒すには協力者が――いえ、捨て石が必要よ。せっかく集めた部下を無駄に減らしたくはないでしょう?」
「しかし、よりによって水学生徒会を利用するとは……」
「麻布美紗子はルシールを殺さず生け捕るつもりでしょう。付け入る隙はいくらでもあるわ」
「なるほど」
「それに――」
ルシールとまともに戦える人間なんて赤坂綺と麻布美紗子の二人しかいない。
恋歌はそれを口にしなかったが、翔子もなんとなく悟ったのか言葉の続きは促さなかった。
あの豪龍を倒したルシール=レインは間違いなく強い。
報告でしか聞いていないが、相手のJOYを弱体化させるという恐るべき能力を持っているらしい。
どれほどの弱体効果があるのかはわからないが、恋歌の≪
麻布美紗子にはSHIP能力がある。
赤坂綺は弱体化されてもそれなりに戦えるだろう。
認めたくないが、彼女たちの力を借りなければルシールに勝つのは難しい。
以前の恋歌にはあり得ないことだが、今は目的を同じとする他者と協力し合うことも必要だと思っている。
「少し急いで頂戴。水学生徒会よりも前に到着しておきたいわ」
「わかりました」
街道を西へ向う車が加速する。
恋歌は心地よい揺れに身をまかせながら、頭の中でルシールを追い詰める作戦を練り始めた。
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