9 巨星墜つ
正面玄関前での戦いは続いていた。
すでに二〇〇以上の豪龍組構成員が倒れている。
しかし、未だにそれと同数以上の数が残って戦っていた。
倒しても倒しても現れる人の群れ。
支社ビルからだけでなく、外に出ていた構成員も戻って来始めた。
前と後、両側で戦端を開いたことで、もはや戦術レベルにおける優位性は崩された。
フェアリーキャッツと生徒会の連合軍も人数を三分の二ほどに数を減らしている。
一人変わらぬ活躍を続ける赤坂綺や、援軍に駆け付けてくれた速海駿也など、一部の能力者による抵抗は続いているが、大局的に見れば焼け石に水と言ってよかった。
やはり兵数が違いすぎる。
真利子もすでに満身創痍であった。
次々と迫りくる敵相手に無傷で戦い続けられるわけがない。
倒した敵の数だけ傷も負うし、能力を使うごとに消耗していく体力は、気合だけではどうにもならない。
油断から攻撃を受ける回数も増えていく。
雑魚だと侮ってい豪龍組の雑兵たちが、今では死神の群れに見えた。
「覚悟しろや、キャッツの副長ォ!」
「ちっ!」
懲りずに攻め込てくる敵の攻撃を避け、カウンター気味に手を伸ばして首筋を掴む。
「ぐえっ」
悶える暇を与えずに炎を送り込もうとしたその時。
「死ねやオラァ!」
後ろから別の男が横から接近。
金属バッドを振りかぶった。
腕でガードしようとして、真利子はDリングの守りが消失していることに気づく。
長く続く戦いの中でいつの間にか集中力が切れていたのだ。
自らの命が風前の灯火であることを真利子は理解する。
いまさら攻撃の手を緩めても遅い。
攻撃は避けられない。
速海駿也や赤坂綺は離れた場所で戦っており、さっきのような援護は期待できない。
「ここまでか……!」
真利子の心を諦めの感情が支配した、その時だった。
横から飛んでき小さな物体が男の握ったバットを吹き飛ばした。
「あっ……?」
何が起こったのかを考える愚は犯さない。
「≪
「ぎゃああああああっ!」
「ぎえええええええっ!」
真利子は首筋を掴んでいた男共々、反対側の手で間抜け顔を晒す敵を焼き尽くした。
連続でのJOY行使は一気に疲労を倍加させたが、助かったという安堵の方が上回った。
一息ついた真利子は視線を巡らせ、自分を救ったものの正体を探る。
いた。
小さな球体から伸びた紐が別の敵に巻き付き、遠目にもわかるほど強烈に振動する。
意識を失った男から離れると、それは自らの主の元へと戻っていった。
その攻撃には見覚えがあった。
有線式振動球のJOY≪
その持ち主の姿を認めた真利子は、使い手である女生徒の名を呟いた。
「神田和代……」
「お待たせしましたわね! 美隷女学院生徒会と有志の生徒一同、ただいまより豪龍組討伐軍に加勢いたしますわ!」
後ろには美隷女学院のブレザーを纏った少女たちがおよそ数十人。
さらに和代の隣では竹刀のような刃の丸い長剣を振り、近くの敵を三人まとめて弾き飛ばす『穏やかな剣士』四谷千尋の姿もあった。
≪
真利子は千尋とわずかに視線を交わし、フッと微笑んだ。
いける。
数の上ではまだ劣るが、このタイミングでの援軍の登場はこちらに大きく優位に傾く。
真利子は戦場の空気が一変したことを肌で感じていた。
しかも援軍にやって来たのは和代たちだけではなかった。
真利子の周囲で次々と豪龍組の構成員たちが吹き飛んでいく。
「な、なんだっ!?」
「ぐわっ!」
「これはまさか……いてぇ!」
短く叫び声を上げながら倒れていく雑兵たち。
彼らを襲っているのは拳大の光る球体だ。
最強のJOY≪
「間に合ってよかったわ。
「はい、恋歌さん!」
荏原恋歌と親衛隊だった。
八人いた親衛隊は今では二人しか残っていない。
しかし、どちらもわずか数名で豪龍組の喉元まで食い付いた精鋭中の精鋭である。
夜の住人たちにとって畏怖の対象であった荏原恋歌とその仲間。
その再参戦は、たった三人でも一〇〇の援軍に匹敵する。
豪龍組の雑兵たちは明らかに浮足立っていた。
「いけるわね……!」
真利子は声に出して呟いた。
まだ炎を灯せる右拳を握りしめながら、迫りくる敵を迎え撃つ。
※
何が起こったのかわからなかった。
≪
負けるつもりは微塵もなく、ただ相手を断罪することの傲慢と恐怖を受け止めながら、ジリジリと間合い詰めていった。
しかし。
あと数歩で攻撃に移ろうとした時、突如として豪龍の顔を見失った。
豪龍の首があらぬ方向へと吹っ飛んでしまったのだ。
物のたとえではない。
文字通り首が飛んだ。
にやけた笑みを浮かべたままの頭が胴体から離れ、床をころころと転がっていく。
王者としての余裕を持ち続けた男のあまりにもあっけない最期だった。
おそらく豪龍は自分が死んだ事さえ意識できなかっただろう。
頭部を失った巨体が前のめりに崩れる。
ドン、と鈍い音を立てて倒れた。
その陰影から白い剣を手にしたルシールが姿を現す。
「ルシールさん……!?」
気づけば周囲は≪
豪龍の鉄壁の防御も彼女の能力の前では力を失ってしまったのだろう。
それにしても、あの剣の威力は何だ?
己の手を確かめる。
握りしめた≪
ルシールの≪
「今までいったいどこに……」
聞きたいことはいくつもあるが、頭の整理が追い付かない。
美紗子は半ば無意識に質問をルシールに投げかけていた。
三か月にわたって街に暴力と恐怖を振りまいた悪鬼をいとも簡単に葬り去った少女。
彼女は視線を美紗子の方を向いているが、表情にはまるで生気が感じられない。
「ぜんぶ終わらせてきたよ」
「え?」
唇の動きすらほとんど見られなかった。
その言葉は美紗子の質問への答えではない。
「そして、始まるんだ」
ルシールは白い剣をクルリと回転させ、ジョイストーンに戻す。
頭部を失い倒れた豪龍の襟首を掴み、重そうに引きずりながら壁の穴まで移動した。
「次の混乱が――」
「なにを……!」
静止する間もなかった。
ルシールは豪龍の死体を窓から外に投げ捨てた。
恐らく下ではまだ豪龍組と連合軍が戦っているはずである。
そこに豪龍の首なし死体が落ちてきたら――
結果は想像するまでもない。
「あなたは、一体……」
「知りたいことはすべて、自分の目で確かめて」
「あっ、待ちなさい!」
ルシールは下の階へと続く階段へ向かった。
美紗子は彼女を呼び止めたが、後を追おうとは思わなかった。
今は状況確認が先だ。
ルシールは上の階から降りてきた。
美紗子たちを出し抜き、一足先に上に向かっていたのだろう。
彼女はそこで何かを見たのだ。
人質が捕らえられている階で。
なぜ彼女はあんなことをしたのか。
なぜ人質は一緒ではないのか。
考えてもわかる道理はない。
美紗子はルシール言われた通り、自分の目で確かめるために上の階へと向かった。
「待って、あたしも――つっ!」
苦痛に呻く花子の声が聞こえたが、振り返るだけの心の余裕はなかった。
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