8 豪龍の全力、美紗子の覚悟

 敵を次々と槍で斬り倒していく。

 速海は一時も止まることなく戦場を暴れまわっていた。

 その戦いぶりは鬼神の如く、しかし最初の一人を除いて致命傷は負わせていない。


 SHIP能力を最大限に活かすには武器を使った戦闘が最も適している。

 一騎当千の能力者のようには戦えないが、雑魚散らしならこれでも十分だ。


 ここでさっきの炎使いや空にいる赤い翼の少女をサポートすることが自分に与えられた役割だ。

 豪龍を倒すため、新しい力を求めるよりも、速海は元から持つ速さを極めることを選んだ。


 もちろん強敵に背を向けるようなことはしない。

 速海の眼前にザコを押しのけて巨体が躍り出る。


「てめえ! どこの誰だか知らないが、調子に乗り過ぎ……だ?」


 速海はフッと笑みを漏らした。

 その男のことを知っていたからだ。

 かつては肩を並べて戦ったこともある。


「お前、技原のダチの……!」


 男がうろたえた一瞬の隙を見逃さない。

 速海は槍の柄を握り、左手で狙いをつけた。


 Dリングの守りを持つ相手に手加減はいらない。

 鉄砲のような刺突が男の右胸を貫く。


「ぐぎゃっ!」


 大きくよろけて男が地面に倒れる。

 その前に速海はさらに三発の追い打ちをかけた。

 能力による攻撃でなくても、これだけやれば無傷ではいられない。


 圧倒的な戦闘力の差を見せつけ、速海はかつて技原のチームメイトだった男を倒す。

 豪龍組の軍門に下ったような奴にかける情けなど持ち合わせてはいない。

 彼らの悲願が実現する時はもう目の前にまで迫っているのだ。


 爆撃高校動乱で敗れて以来、速海たちは豪龍への復讐だけを胸に修練の日々を送ってきた。

 豪龍の恐ろしさは策略以上に隠し持っている本人の強さにある。

 彼らの修行に妥協の二文字はなかった。


 そして修練を終えたタイミングで、あのテロ事件が起こった。

 L.N.T.全体がかつての爆撃高校のような暴力の支配する街となった。

 豪龍は街の王者として君臨し、簡単には手を出せない存在になってしまった。


 技原と速海は豪龍をどのようにして倒すかを考えた。

 個別調査の結果、支社ビルの構造的欠陥からくる抜け道を発見する。


 その矢先に生徒会とフェアリーキャッツによる反撃が始まった。

 自分一人で陽動を行うつもりだった速海からすれば僥倖以外の何物でもない。

 集結した戦力から想像するに、彼女たちも正面から挑む部隊と陽動部隊を分けているのだろう。


 豪龍を倒すため支社ビルに潜入した技原。

 彼は水学の突入部隊と協力して本懐を果たすに違いない。

 自分はただ、彼女たちと共にここで雑魚を蹴散らしていればいい。




   ※


「うららららぁ!」


 技原が果敢に豪龍を攻める。

 その気迫は危機迫るものがあった。


「ぐ、ぬぅ……!」


 青い炎の龍を作り出す間すら与えない。

 以前に美紗子に挑んできた時とはまるで別人のようだ。


 もちろん美紗子も黙って見ているだけではない。

 技原に前衛を任せ、背後から豪龍めがけて様々なものを投擲する。

 たいしたダメージは与えられなくても、後ろからの攻撃は十分な牽制になるだろう。


「おらぁ!」

「ぐっ!?」


 豪龍の右頬を技原の右拳が打った。

 学ランを纏った巨体がぐらりと大きく揺らぐ。

 遠くから様子を伺っていた花子はその隙を見逃さなかった。


「せいっ!」


 花子が跳んだ。

 技原を挟んだ反対側に。

 豪龍の背後の死角で身を潜める。


「クソがァ! 調子に乗っとるんじゃ――ぐごっ!?」


 豪龍が叫びながら反撃を試みた瞬間。

 花子の≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫の銃口が火を噴いた。

 至近距離から銃弾の直撃を受けた豪龍は体を大きく仰け反らせる。


「ウラァッ!」


 さらに、同じ部分を技原が容赦なく殴りつけた。


「が……」


 ついに豪龍はダウンした。

 大きな音を立て、うつ伏せに倒れる。


「へへっ、やりぃ!」


 花子は技原に向かってピースサインを作って見せる。

 見事な連携だったが、技原は花子の方を見て不満そうに文句を言った。


「おい、邪魔するんじゃねえよ!」

「はぁ?」


 思いもよらないキツイ言葉に花子は顔を赤くして反論する。


「邪魔ってなんだよ! 援護してやったんだからありがたく思えよ!」

「うるせえ、誰も頼んでねえだろうが!」

「なっ、なっ……!」

「こいつは俺がブッ倒すんだよ、お前はそこで黙って見てろ!」


 付き合いの長い美紗子は花子が今にも爆発しそうな気配を感じた。

 あと少しで豪龍を倒せるチャンスなのに、仲間割れなんて冗談じゃない。

 技原にどんな因縁があるのかは知らないが、ここは協力して豪龍を倒すべきだ。


「二人とも、ケンカは――」

「ぐふ、ぐふふふふふ……」


 不気味な笑い声がフロアに響いた。

 声の出所は倒れたままの豪龍だ。


「なんだ、頭がイカれたか?」


 技原の挑発するような言葉にも反応しない。

 笑い続ける豪龍に美紗子はぞっとしたものを感じた。


「さすがにトップクラスの能力者が三人も相手では分が悪いかぁ」


 悪寒は次第に明確な恐怖となる。

 美紗子は技原に向かって叫んだ。


「いけない! 早く豪龍にとどめを指して!」

「もう遅い」


 豪龍がゆっくりと起き上がる。

 その体から青い煙が立ち上っていた。

 それはやがて、巨大な青い龍へと姿を変えた。


 ゆらり。


 花子も技原も美紗子ですら、その異常なプレッシャーに気圧されてしまう。

 この場から逃げ出したいと思うのに体を動かすことすらできない。


「ふんおあぁぁぁぁあああっ!?」


 豪龍の体を這い廻っていた青い龍が分裂する。

 いくつかのパーツに分かれ、鎧のように体に装着されていく。

 全身に青き龍の部品を纏った豪龍はさながら古代の鎧武者のようであった。


「≪真!豪龍拳ドラゴンアーマー≫……こうなっては手加減できん……ぞっ!」


 豪龍が無造作に拳を振り上げた。

 それを目の前の技原めがけて撃ち下す。

 技原とっさに横に跳んで直撃を避けた……が、


「くそっ! マジかよ!」


 彼の立っていた場所の床が粉々に砕ける。

 いくつもの破片をまき散らして粉塵を巻き上げる。

 まるで爆撃のような一撃だが、豪龍の纏っている龍は消えない。


 あれだけのエネルギーでありながら一発撃って終わりの技ではない。

 豪龍の纏う青龍の鎧は純粋な超パワーアップの能力なのだ。


「このっ!」


 花子は無防備に突っ立っている豪龍に照準を合わせて引き金を引いた。

 撃ちだされた弾丸は見事に豪龍の頭部に当たる。

 しかし、豪龍は微動だにしない。


「そんな……!」


 驚愕する花子に視線を向け、豪龍は哄笑をあげた。


「無駄無駄ァっ! こうなってしまっては神ですら俺を止められんわぁ!」

「こ……のっ!」


 技原が立ち上がる。

 歯を食いしばり、豪龍に向かって駆ける。


「甘いわぁっ!」

「ぐがっ!?」


 強烈な回し蹴り。

 直撃を食らった技原の体が浮いた。


「せいぉっ!」


 続く左拳の追撃で壁際にまで吹き飛ばされる。


「うぁ……がはっ」


 倒れた技原は盛大に吐血した。

 内臓やられたのか、とにかく無事ではなさそうだ。


「今の俺に敵う奴など、この世には居らん」


 豪龍は倒れたままの技原を見て口の端を歪めた。


「過去の亡霊が彷徨い出た時は肝を冷やしたが、所詮は俺の敵ではなかったなぁ……今度こそ冥府へと送り返してやるわ、技原ァ!」


 右腕を振り上げる。

 技原はなんとか立ち上がろうとしていた。

 しかし、もはや体を動かすこともままならないようだ。


「ち、ちくしょう……」

「この一撃を受けて、醜い屍をさらしゃあらぁららあああっあららっらっああぁっ!」


 壁ごと撃ち抜く勢いで豪龍が右腕を突き出した。

 青い炎の龍が拳から飛びだし、動けない技原に襲い掛かる。


「させるかよっ!」


 その直後、花子が地面を蹴った。

 彼女は技原を突き飛ばすように体ごとぶつかっていく。

 二人はもつれ合って一緒に床を転がり、すぐ横を青い龍が突き抜けていった。


 建物そのものを揺るがすような大破壊。

 フロアの壁に風穴が空き、外の景色が目に飛び込んできた。

 地上二十七階の高さからは遠くに連なる山々の稜線がはっきりと見える。


「花子さん……っ!」

「ぬん!」

「くっ……」


 美紗子は倒れた二人に駆け寄ろうとしたが、間にいる豪龍の気迫に押されて足を止める。


「ば、バカ野郎! なんで俺を庇った!?」

「うるさい、殺されそうになってる人を助けるのに理由がいるかっ……」

「だからって……くそっ。これじゃ何のために割って入ったのかわかりゃしねえ!」


 花子の服の背中はざっくりと破けていた。

 どうやら攻撃がかすったらしく、多量の血を流している。

 とっさの行動にDリングの守りが切れていることに気づかなかったようだ。


 傷ついた友人の姿を見た時、美紗子の中で何かが切れた。


 豪龍に対しての怒りではない。

 仲間がこんなになるまで力を使うことを躊躇った、自分に対する怒りだ。


「ククク……どちらにせよ同じこと。死ぬのが少し伸びただけよ」


 放出技を放っても豪龍が纏う青い龍の鎧のオーラは些かも弱まっていない。

 花子の肩を抱きながら技原は苦々しげに豪龍を睨み上げた。


「嬢ちゃんの執念に免じて二人まとめて殺してやろう。あの世へ連れ添う伴侶にしては奇妙な組み合わせだが、すぐに他の仲間たちも後を――」

「あの世へ行くのはあなた一人です」


 美紗子は冷たく言い放つ。

 豪龍は足を止めて振り返った。


 手の中のジョイストーンが光り輝く。

 それは一対の禍々しい柄飾り持つ剣に姿を変えた。


 美紗子のJOY≪断罪の双剣カンビクター

 人間相手に使えば必ず致命傷を与えてしまうため、使うことを躊躇っていた最強の能力。


 もう迷わない。

 何もしないで仲間を失うくらいなら。

 この手で再び人を殺めることだって、恐れない。


 たとえそれが、かつての幼馴染であっても。


「ほぉ……」


 豪龍が感心したように嘆息する。

 切り札を隠していたのが自分だけではないことに驚いたか。

 余裕の表情を崩さないのは、自分が負けるとはこれっぽっちも思っていないからだろう。

 それもあと数分のことだ。


「以前に言ったはずよ、爆太郎」


 もはや迷いはない。

 美紗子は水学生徒会長としての使命を果たす。


「街の平和を乱し、多くの生徒たちを苦しめるというのなら、その時は私が――」


 その気になった以上は、これで終わらせる。

 我が咎を持って許されざる悪は必ず断罪する。


「豪龍爆太郎――あなたを殺します」


 傾き始めた西日が壁の穴から差し込み、美紗子の手の中の双剣が光を反射した。

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