7 駆け付けた復讐者たち
「……助かったわ、ありがとう」
真利子の絶体絶命のピンチを救ってくれた男。
見覚えがない人物であるが、なかなかの美少年だ。
敵味方入り乱れる戦場で知らない人間を仲間と決めつけるのは危険だ。
しかし、危ない所を助けてもらったことは間違いない。
真利子は感謝の言葉を送った。
「真利子さん、大丈夫ですかっ!」
赤坂綺が真っ赤な翼を翻して降下してくる。
「ええ。彼のおかげでね……」
無事を伝えると赤坂はホッと胸を撫で下ろした。
それから彼女は青年に視線を向ける。
「あなたは?」
「豪龍に反感を持つ一般生徒……って答えで大丈夫かな」
青年の声はずいぶんと柔らかい印象だった。
「ずっとチャンスを窺ってたんだ。あんたたちが行動を起こした今しかないと思った。嫌だって言われても手伝わせてもらうよ」
何となくだが、彼の言葉は信用していい気がすると思った。
豪龍に恨みを持つ人間は多く、生徒会とフェアリーキャッツの共同反攻作戦を聞き、ここぞとばかりに立ち上がる人間がいてもおかしくないだろう。
「そう。じゃあよろしく――」
共に戦う人間としてねぎらいの言葉をかけようとした瞬間のことだった。
青年は槍を真利子に向けて突き出した。
槍の先端が首から数センチのところを掠める。
「な、何を!?」
「間一髪」
「ぐげっ……」
背後からカエルの潰れたような声が聞こえた。
振り向くと、青年の持つ槍の穂先が見知らぬ男の喉を貫いていた。
苦悶に顔を歪めた襲撃者の手から、ぼろりと包丁のようなナイフがこぼれ落ちる。
「……っ!」
背後からの接近に気づけなかったとは……
この男は殺気を消して近づけるほど手練れだったのだろう。
だが、それ以上に青年の動きは速かった。
「話は後にしよう。戦場では一瞬の油断が命取りになるぜ」
青年の言葉は重い。
それを実感を持って知っている者だと思えた。
攻撃を気付かせない速度と技量は、間違いなくSHIP能力者だろう。
こんな男がまだ街に残っていたなんて。
冷や汗が頬を伝うと共に、味方であることを心強く思う。
「とにかく豪龍が倒れるまで持ちこたえないと。上で戦ってくれている人たちのためにもさ」
「待って。あなた、なぜそれを?」
花子たちが支社ビルの隠し通路から乗り込んでいることは極秘事項である。
他のメンバーたちが漏らしたとも思えないが、なぜこの青年はそれを知っているのか。
「生徒会とキャッツが手を組んで、ただの消耗戦を挑むわけないだろ? オレたちも黙って豪龍の暴挙を見ていたわけじゃない。これだけのでっかい建物なら忍び込む隙の一つや二つあるはずだ。実をいうとオレの仲間も独自のルートで上を目指してるんだよ」
自分たち以外にも豪龍の打倒を願い、戦っていた者たちがいた――
その事実に強い安心感がこみあげてくる。
もう少し踏ん張れば勝機が見えてくるような気さえする。
「さあ、おしゃべりはやめにしよう。あとちょっとの辛抱だ、思い切って暴れてやろうぜ」
「そうね! 私ももっと頑張るわ!」
青年が槍を構える。
赤坂は青年に同意して上空へと戻って行った。
迫る敵を見据えながら、真利子は横眼で彼を見ながら尋ねた。
「……あなた、名前は? どこの生徒?」
どこのチームにも属さず、豪龍組を打倒するため絶好のタイミングで姿を現した謎の青年。
その真意はともかく、名前くらいは聞いておきたいと真利子は思った。
多分に個人的な興味によるものであっても。
しかし、戦場は二人に無駄なお喋りを許さない。
怒声を上げて四方から敵の能力者が襲い掛かってくる。
「速海駿也。爆撃高校の生徒だったのは去年まで、今は豪龍に恨みを持つただの一般人さ」
青年は目にもとまらぬ速さで槍を振り、瞬く間に周囲の敵を斬り伏せていった。
※
美紗子は地面を蹴り、床を転がって間一髪で爆風から逃れた。
「せいっ!」
起き上がりざまコンクリート片の一つを手に取る。
自分の頭ほどのあるその塊を豪龍めがけて投げつけた。
「ぬん!」
狙いを誤らずに飛んで行った破片は、しかし豪龍が左腕を一振りしただけであっけなく払われる。
「ナイス援護、みさっち!」
しかしその時にはすでに、花子が豪龍の死角へ移動していた。
彼女は≪
「甘いわぃ、深川の嬢ちゃん!」
いつの間にか豪龍の左腕にも青い炎の龍が浮かび上がっている。
JOYで作られた弾丸を軽く弾き、そのエネルギーはそのままに花子に向かった。
「うわっ、あぶねっ!」
花子は飛んでくる青炎龍を紙一重でかわした。
もし銃撃後に気の緩みを見せていたら直撃を受けていただろう。
Dリングの守りの上からでも必死確実な一撃だ。
「無駄無駄ァ……そんな豆鉄砲、街の王者であるこの俺には通用せんわぁ……」
なんという戦闘力だ。
美紗子は豪龍の強さに驚愕するしかなかった。
能力解放前の夜の千田中央駅で、豪龍組はフェアリーキャッツに準ずる規模を持っていた。
しかし首魁である豪龍は、立場と裏腹にハッタリだけの男と陰口を叩かれていたのを知っている。
もちろんグループを統率するだけのカリスマや実力はあるだろう。
それでも戦十乙女と呼ばれる少女たちと比べれば、取るに足らない男だ。
誰もがそう思っていた。
その理由はひとえに、豪龍という男が極端なまでに大規模な争いを避け、自らが矢面に立つことをしない男だったからである。
組織運営力だけでチーム規模を大きくした人物。
そう噂されても仕方のない姑息な手段を得意とする男だったのである。
だが、そんな噂はただの思い込みでしかなかったことを、美紗子は今になって強く痛感する。
弱いなんてとんでもない。
コンクリートの壁を木っ端みじんに破壊するほどの強大な力。
呼応するかのように高まった防御力は、一撃必倒の弾丸にも無傷で耐えてしまう。
美紗子の投擲に至ってはガートするまでもなく、注意を引きつける程度の効果も得られなかった。
豪龍という男はあの荏原恋歌にすら匹敵する。
あるいはそれ以上かもしれない。
この男は確かに街の王として君臨するだけの力を持っていた。
そして、力だけに頼らず生き抜く智略も持っている。
「これは、誤算ね……」
ここまで辿り着けば豪龍なんぞ容易く倒し、すべてが終わると考えていた。
美紗子は自らの読みの甘さを悔やみ歯を食いしばった。
「いくぞぅ」
豪龍が口の端を釣り上げ体を半回転させる。
攻撃の対象を美紗子から花子に変更したようだ。
「ほれっ」
「ちっ!」
つま先で地面に転がる破片の一つを蹴りあげる。
花子はそれを左に跳んで避けたが、着地予想地点に豪龍が走り込んだ。
「おおおっ! ≪
先ほどから連発している飛翔タイプの青炎龍とは違う。
比喩でもなんでもなく、あの攻撃を食らえば人の体など容易く消し飛ばされてしまうだろう。
美紗子は何もできなかった。
たとえ周囲の残骸を投げつけても、紙の盾にすらならない。
Dリングの守りなど関係ない、あの攻撃が直撃すれば花子の体はバラバラになる。
「花子さん、避けてっ!」
喉から声を絞るように美紗子は叫んだ。
避けて、半歩だけでいいから、攻撃が当たる前にもう一度跳んで。
祈るような気持ちは、しかし間に合わないと理解して絶望感に覆い潰される。
だが。
「うぉぅっ!?」
次の瞬間、奇跡は起こった。
花子の間後ろの壁が突如として砕け散った。
豪龍の攻撃を受けてではない。
外側からの衝撃による破壊だった。
壁の向こうから誰かが飛び出した。
「うおおおおおおおおっ!」
その人物は青炎龍を纏った拳を躱して懐に飛び込む。
カウンター気味の一撃を豪龍の無防備な腹部へとめり込ませた。
「ごおおっ!?」
豪龍の体が陽炎のようにブレた。
大きく後ろに飛び退き、腹を抑えてうめき声を上げる。
「後ろに飛んで震動を殺したかよ。相変わらず感のいいヤローだな」
「ぐっ、貴様はっ――!」
壁の向こうから現れたのは、逆立った髪と、鍛えられた筋肉を持つ男性。
それは美紗子も知っている人物であった。
危うい所で死を免れた花子の方に視線を向ける。
花子は何がなんだかわからない様子で闖入者の背中を見つめていた。
「な、なんでおまえ、いきなり壁の中から出て来たんだよ」
「久しぶりだな深川花子。悪いが今はあんたに構ってる暇はないんだ」
彼はちらりと花子に視線を向け、再び豪龍を睨みつける。
「まさか俺を忘れてねえだろうな豪龍。今こそ借りを返しに来てやったぜ」
拳を突き出し、好戦的な笑みを浮かべる青年。
その瞳には底知れない怒りの色が灯っていた。
「死んだダチの仇だ! てめえはこの技原力彦がぶっとばす!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。