2 レインシリーズと人ではないモノ
ルシールの元にこの場所の情報を持った女が現れたのはエイミーと再会した翌日のことである。
噂以上に酷い状態になっていたL.N.T.を見て回っていた時。
見知らぬ女が突然、目の前に現れて声をかけてきた。
「初めまして。ルシール=レインさん」
しかし、暗闇の中で気配を悟らせず接近してきた技術は、普通の女生徒ではありえない。
何もしなくてもただ者ではないと思わせる物腰。
おそらくSHIP能力者であるのは間違いないだろう。
戸惑うルシールに沙羅は、
「あの方からです」
と言って、一枚の紙切れを差し出した。
ルシールがそれを受け取った次の瞬間には彼女はすでに姿を消していた。
渡された紙切れにはこの場所に来るようにとの指示と、如村弾妃という名前、そして合図となるノックの仕方だけが記されていた。
ヘルサードはラバース支社ビルで豪龍という男に捕らわれていると聞いている。
これが本物だとはにわかには信じられず、数日は様子見しつつ街の散策を続けた。
どうにかしてこっそり支社ビルに乗り込もうと考えていたが、やはり一人では厳しいとの結論に達し、結局は藁にもすがる思いでここまでやって来たのだ。
「沙羅は彼のお気に入りの隠密よ。諜報能力ならこの街に肩を並べる者はいないでしょうね」
弾妃は立ったままのルシールに椅子を勧めもしない。
紅茶を啜りながら独り言のように呟いた。
「しかし、本当にエイミーのやつにそっくりなのね。他のレインもそんな感じなのかしら?」
嘲笑うような弾妃の言葉を無視して無視してルシールは尋ねた。
「知っているんですか? 私の……いえ、私たちのことを」
「この街で私が知らないことなんか何もないわ。たとえば、外界から隔離された場所に捕らわれている人の情報もね」
「なら教えてください。私やお姉ちゃんは、本当にミイさんからの手紙に書いてあった通り――」
「それはヘルサード自身の口から聞きなさい」
どうやら答えてくれる気はないらしい。
ルシールとしてもこんなよくわからない女から真実を聞くのは気分がよくない。
弾妃の発言を信じるなら、彼女がヘルサードと連絡を取っているのは間違いないようだ。
しかし、なぜ恋人
考えて導き出せる答えは一つしかない。
「ミイさんと連絡を取り合っているんですか」
「言ったでしょ、この街で私の知らないことなんかないって」
弾妃は曖昧に答え、わずかに口の端を釣り上げる。
彼女がポケットから出さない左手で何かをいじっているのは気づいている。
この人は恐らく、遠距離通信のようなJOYを持っているのだ。
それを使ってラバース支社ビルに捕らわれているはずのヘルサードと連絡を取り合っている。
「お姉ちゃんはそのことを知って……」
「私、キライなのよ。あのエイミーって女」
ルシールの質問を遮って弾妃は急にそんなことを言った。
声色には明らかに怒気が混じっていたが、すぐに元の調子に戻る。
「あら、ごめんなさい。あなたにとっては姉みたいなものだし、悪く言われたら気分も良くないわよね」
「みたい、ではなく実の姉です」
「くくっ……そういうことにしておいてあげる」
「あなたは何が目的なの?」
不愉快な茶化しは無視し、ルシールは質問を続ける。
ルシールには弾妃という女性がわからない。
こんな辺鄙な場所に引きこもり、何をするでもなく過ごしている。
彼女がなんの意図をもって自分を呼び出したのかも、まったく想像できなかった。
「人ではないモノ」
「え?」
意味不明な言葉が彼女の口から洩れた。
「まったく不覚だったわ。私も彼に近づき過ぎた。私だけじゃない、運営の女性はほとんどが気づかないうちに彼に支配されてしまっている。彼と言うよりは彼の能力にだけどね。最初は誰も気にしていなかった。ラバースも、彼自身もね。ようやく自分の呪いの強さに気づいた彼は、仮面を被って人前に姿を現すことをやめた。けれどもう手遅れなのよ。一度きちんとリセットしなきゃ」
彼というのがヘルサードのことを指しているのはなんとなくわかる。
だが、呪いとはなんのことだ?
「だからね、私は期待することにしたの。彼らの作る新しい世界に」
「新しい世界?」
次から次へと意味不明な言葉を並べる弾妃。
彼女が何を言いたいのかルシールにはわからない。
しかし、ルシールの頭の中にはある仮定が浮かんでいた。
ひょっとしてヘルサードは捕らえられているフリをしているだけなんじゃないか?
いや、むしろ何らかの目的があって豪龍を隠れ蓑に使っているのでは?
考えればその方が自然に思えてくる。
そもそもヘルサードが力で他人に後れを取るはずがない。
彼は今、人目につかない場所でなにか大きな使命を果たそうとしている。
「私をここに呼んだ目的はなんなんですか」
弾妃がエイミーのことを嫌いな理由がわかった。
この人は到底、姉と仲良くできるタイプだとは思えない。
気の強い姉はこういった女には正面から逆らっていく性格である。
何故、この街に来たばかりで面識もない自分を呼び寄せたのか。
弾妃は今度こそルシールの問いに答えた。
「そりゃもう、豪龍って言う男が輪をかけて大っキライだからよ」
またしても話が飛んだ。
「エイミーもキライだけど、あいつはそれ以上に無理。生理的に受け付けないっていうか、生きてるだけで万死に値する罪悪だわ。これまで好き勝手に振る舞っても見過ごしてきたけど、いい加減に我慢も限界。いい加減に誰かがぶっ潰してやって欲しいのよ」
弾妃は喉に張り付いた悪意を飲み込むように紅茶を一気に流し込んだ。
殻になったカップをテーブルに置いて、挑発的な目をルシールに向ける。
「彼に会いたくない?」
「私にラバース支社に乗り込んで豪龍って人を倒してこいってことですか」
「そんな乱暴なことは言わないわ。恋歌の二の舞いにならないようにお膳立てはしてあげるから」
「何を期待しているのかわかりませんけど、街の外から来た私に街の能力者と争うような力なんて――」
「できるはずでしょう、あなたが手に入れた能力ならね」
ルシールはゾッとした。
まだジョイストーンを手にして一度しかJOYを使っていない。
それもものの試しにと、誰もいないはずの自宅でこっそりと使用してみただけだ。
外の世界で平穏に暮らしていたルシールの下に、ヘルサード名義で恐るべき真実の書かれた手紙と未使用のジョイストーンが送られてきたことは、まだエイミーにさえ話していない。
「まさか、あれを送ってきたのはミイさんではなく、貴女なんですか?」
「さあ、どうかしら? どちらでも変わりないと思うけど」
弾妃は唇に人差し指を当てて不敵にほほ笑んだ。
「私の言う通りに豪龍を倒して彼に会いに行くのもよし。このまますべてを忘れて元の生活に戻るのも自由。もっとも、貴女の中ですでに答えは決まっているでしょうけど?」
彼女の言う通りだ。
ルシールの答えは一つしかない。
この街に来たのは、ヘルサードに会うためなのだ。
自分という存在を知るために。
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