第16話 外から来た調停者

1 さらわれた子供たち

 ルシール=レインがL.N.T.にやって来てから三日が経った。

 一度エイミーの前に現れたきり、彼女の姿はそれきり学園のどこにも見られない。


 外の世界で平和に暮らしていたルシールが、なぜになってL.N.T.にやってきたのか。

 しかし彼女は現在のL.N.T.が荒れていることを知っていた。

 かなりの覚悟をして来たのは間違いないようだ。


 外の世界で平穏に暮らしていたにも関わらず、ルシールの瞳の鋭さはL.N.T.の能力者たちにも劣らないように見えた。


 暴君によって支配され秩序を失ったこの街。

 現状を聞くと、ルシールは世間話もせずにエイミーの元から去って行った。

 理由もわからずやってきた妹の行方も気になったが、エイミーにはやるべきことが山ほどある。


 まずは恋歌による支社ビル襲撃の後始末。

 そして新たに対豪龍組の作戦を練らなければ。


 日増しに増える暴力・暴行事件を少しでも防ぐために生徒会を各地に派遣する必要もある。

 ヘルサードのことは心配だが、表面上は学園長としてそれだけを考えているわけにもいかない。


 暴力によって傷つくのは能力を持たない生徒や一般の人たちなのだ。

 ヘルサードは別としても、苦しむ生徒たちを救いたいという気持ちもちゃんとある。

 直轄の生徒会だけでなく水瀬学園の生徒すべてがエイミーにとって子供のようなものなのである。


 傷つくのを見過ごすことはできない。

 そんな多忙な時のことだった。


 エイミーの元に、本当の意味での彼女の子どもたちが行方不明なったという情報が入ったのは。




   ※


 エイミーには五歳になったばかりの五つ子がいる。

 ヘルサードとの間に授かった、かけがえのない宝物であった。

 不安と悲しみに暮れるエイミーの下、生徒会は血眼になって五人を捜した。


 豪龍組の仕業か?

 はたまた混乱に乗じてどこかのグループがやったのか?

 疑いだせばキリがなく、下手に取り乱しては無用な混乱も生まれる原因となる。

 しかしもちろん黙って見過ごすことなどできない。


 たとえエイミーが生徒たちの安全を優先し、捜索を後回しにするよう命じたとしても、美紗子たちは最優先で捜索を行ってくれたことだろう。


 三日経ち、四日経っても、子どもたちの行方は知れない。

 もし何者かの手で攫われたのなら何らかのアクションがあるはずと思っていた。

 そのようなことは一切なく、疑いを持たれたグループからの反発ばかりが増えていくだけだった。


 やがて、豪龍組と関係のないところでもグループ間の諍いが発生し始める。


 そしてついに増え続ける悩みと心労に、エイミーは倒れてしまった。

 床に伏し、悪夢にうなされながら、愛する人の名を呟き続ける若き学園長。

 彼女の心配もむなしく豪龍の支配は続き、街の混乱はさらに深さを増していった。




   ※


 L.N.T.西部の庵原あんばら地区。

 街道沿いに位置する小さな駅舎にルシールはいた。


 その容貌はエイミーにそっくりだ。

 外見からわかる違いは精々が髪型くらいである。

 ショートヘアのエイミーに対して、ルシールは髪量の多いツーサイドアップにしている。

 目の覚める水色の髪は『姉妹』揃って同じだ。


 千田中央駅から西向きに出た列車はすぐに地下へと潜る。

 地下駅である美女学前駅を過ぎた数キロ先で再び太陽の下に出る。


 街の中心から美鈴女学院を挟み、さらに同じくらいの距離だけ離れた、文字通りL.N.T.の西の果て。

 付近の情景は田舎そのものであり、小さな商店が並ぶ他は一面の畑と疎らな民家があるだけだ。

 駅を利用する者も少なく、西部でイベントがあった時の臨時駅と考えた方が正しいだろう。


 もちろん現在電車は運休中である。

 しかし、付近の雰囲気は中央の喧噪が嘘のように穏やかだ。

 この辺りに居を構えているのは畑仕事で生計を立てている一般人ばかり。

 学生の能力者たちもわざわざ戦火を広げようとは思わないだろう。


 バスの運行も止まっているため、ここまで歩いて来るのは結構な重労働であった。

 開いているのかわかりづらい商店の店先に声をかける。

 奥から出てきたおばさんにお金を払ってジュースを買い、一気に飲み干した。


 千田中央付近と比べるとずいぶん細くなった街道をさらに西へと歩く。


 やがて、道は行き止まりになった。

 その先は舗装もされていない獣道が続くだけだ。

 植物採集かハイキング趣味でもない限り、学生たちはまず近づかないだろう。


 ルシールの目的とする場所はこの奥にある。

 小さな羽虫を手で追い払いながら道なき道を行く。

 二時間ほど歩くと、彼女の前に朽ちかけた小屋が現れた。


 恐る恐る近づいて中の様子を窺う。

 どうやら呼び鈴はないようだ。

 大きく息を吸って呼吸を整え、遠慮がちに戸を叩いた。


 コンコン、コン、コンコン。


 事前に教わった通り、二回、一回、二回の間隔でノックする。

 すると中から女の声で返事があった。


「どうぞ」


 ここまで来たら躊躇していても仕方ない。

 戸に手をかけ、意外と汚れていないな、と考えながら一気に横にスライドする。


 飛び込んできた光景にルシールは目を疑った。

 みすぼらしい小屋の外観に反して、中は非常に豪奢な造りである。

 西洋風の高級感あふれる雰囲気が漂っており、まるで豪華ホテルの一室のようだった。


「やっと来たのね。ずいぶん遅かったじゃない」


 部屋の中央に派手な服装の女性がいた。

 木造りのテーブルに向い、椅子の背にもたれながらティーカップを啜っている。

 彼女はこちらを見もせずにぞんざいな歓迎の言葉を口にした。


 街中が混乱している中、人里離れた場所で贅沢な生活を送る妙齢の女性。

 ルシールはかすかな苛立ちを覚えながら手紙に書いてあった彼女の名前を呼んだ。


如村弾妃じょそんだんひさんというのはあなたのことですか?」

「ええ」


 ルシールの問いに答え、彼女は優雅なしぐさでカップを置く。


「こんにちは。『レインシリーズ』四番体ルシール=レインさん」


 如村弾妃――

 美隷女学院の学園長を務める女性。

 彼女はウェーブがかった紫色の髪をかき上げ、艶然とした笑みを浮かべて振り向いた。

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