7 敗走

「これ以上うちで暴れられては困るんでのぅ。面倒じゃが相手をしてやるわい」


 自ら降りてくるとは計算外だったが、それよりも……


 今の攻撃はなんだ?

 まさか豪龍の能力だというのか?


「恋歌さん、浅春が、浅春が……」


 直撃を避けた親衛隊が階段下の踊り場を見下ろして悲痛な声を上げる。

 振り返った彼女の表情は絶望と悲しみに満ちている。

 恋歌は仲間が酷い死に方をしたことを知った。


「散々うちのモンをやってくれたクセに、一人死んだくらいで大げさじゃのう」

「貴様ァ!」


 考えるより早く、恋歌は≪七星霊珠セブンジュエル≫の光球を撃ち出した。


 突然の奇襲を卑怯などと言うつもりはない。

 逃げようとした敵を背後から攻撃するのは恋歌もよくやることだ。


 大切な仲間をやったこいつは許せない。

 仇はこの場で討つ、それだけだ。


 三つの光球が空中で高速回転する。

 渦を巻いて一つにし、砲弾のごとき勢いで撃ち出す。

 Dリングの防御すら軽々と打ち砕くこの『三連星』は恋歌の必殺技だ。


 当たれば必死確実の一撃。

 しかし豪龍は迫る攻撃を避けようとしない。


 右腕を振り上げる。

 エネルギーが集中していく。

 それは青く燃える龍の形になった。


「≪豪龍拳ドラゴンパンチ≫ぃいぃぁあんんんっ!」


 青龍を纏った腕で恋歌の『三連星』を正面から受け止める。

 空中で二つのエネルギーが激突しスパークする。

 光の氾濫に恋歌は思わず目を閉じた。


「んんああああああああっ!」


 豪龍の絶叫だけが耳に届く。

 およそ十秒くらいが経っただろうか。

 光が静まった後、恋歌は両足で立つ豪龍の姿を見た。


「そんな……」


 完全に防がれた。

 恋歌は大きなショックを受けていた。


 かつて三連星を放って倒せなかった敵は一人だけいる。

 しかし、あいつが使っていたのは防御に特化したJOYだった。

 守りを固められてしまい、致命傷を与えることができなかっただけだ。


 正面から技の打ち合いで負けるなど初めての経験である。

 それをやったのは口だけ男と蔑んでいた豪龍とは。


「フフフ……流石は最強のJOY使い荏原恋歌、やりおるのぅ……まだ腕がシビレておるわ」

「……くっ」

「お前さんはどうやら、俺を侮っていたようじゃの」


 豪龍の元にさえたどり着ければ終わりだと思っていた。

 正面から挑めば他のザコ同様に簡単に始末できると。


 夜の中央で度々見かけた豪龍の姿には威圧感など欠片もなかった。

 彼の下に群がる部下は力のない腰巾着ばかり。

 外見に騙される愚か者だと思っていた。


 それは誤りであった。

 能ある鷹は爪を隠すという言葉がある。

 中央の抗争において豪龍は自らの力をひた隠しにしてきた。

 あの過剰なまでに威圧的な格好と体躯すらも、カモフラージュだったのだ。


 そして周りに己を侮らせつつ、地道に戦力を増強し続けた。


 読み違えていたのは恋歌の方だった。

 しかし、逆に考えれば絶好の機会でもある。


「侮っているのはどちらか、教えてあげるわ……!」


 ≪七星霊珠セブンジュエル≫を周囲に展開する。

 豪龍を過小評価していたのは認めよう。

 しかし、それがどうした?


 ここまで来るため仲間たちには苦労をかけた。

 だが、おかげでほぼ万全の状態で戦いに挑むことができる。

 荏原恋歌にはL.N.T.最強のJOY使いと呼ばれていた自負がある。

 たとえ相手が何者だろうと負けるつもりはない。


「ふむ、必殺技を破った程度では戦意は鈍らぬか」


 余裕の表情を浮かべていられるのも今のうちだ。

 あの青い龍には驚いたが、別にそれで負けたわけではない。


 正面からの攻撃に拘らず確実に攻撃を当てる。

 恋歌はじりじりと豪龍との距離を詰めた。


「最強のJOY使い相手に力比べというのも魅力的じゃが、ここは確実に勝てる策を用いるとしよう」


 そう言って豪龍は指をパチリと鳴らした。

 何が起こるのかと恋歌は警戒して足を止める。


 豪龍の背後の扉が開いた。

 次の瞬間、恋歌は絶句する。


「あ……」


 扉から降りてきたのは四人の男女。

 そのうち二人は豪龍組のメンバーだろう。

 薄笑いを浮かべながら立っている一組の男女だ。

 彼らはそれぞれの手に銀色のクサリを握り締めていた。


 恋歌の目を引いたのは残りの二人。

 首輪をはめられ、両手足を拘束された男女。

 特に女の方は恋歌にとって他人とは言えない人物である。


「恋歌、逃げて……」

「姉さん……!?」


 L.N.T.で再開した七つ年上の実姉、荏原真夏えばらまなつ

 そして、もう一人。


「恋歌ちゃん、逃げろ……」


 こいつはある意味で、豪龍以上に憎んでいる相手である。


 人質としての価値はない。

 しかし、その男は特殊な力を持っている。

 姿を見ただけで心を惑わされてしまうという恐ろしい力を。


 ある意味で人間生物兵器とも呼べる男。

 ミイ=ヘルサードである。


 恋歌はこいつを憎んでいる。

 なのに、心が……惑わされる。




   ※


 そこから先、恋歌の記憶は曖昧だった。

 姉とヘルサードの姿に気を取られたのは一瞬のこと。

 その隙をついて豪龍の攻撃が恋歌を襲った。

 避ける間も、防ぐ間もなかった。


 姉の叫び声が聞こえた。

 二人の親衛隊が恋歌を庇うように前に出た。

 彼女たちは豪龍の青い龍のエネルギーをまともに食らってしまった。

 二人の体がバラバラになって飛び散る姿は、恋歌の網膜にはっきりと焼き付いている。


 湧きあがる怒りに任せて恋歌は豪龍に襲い掛かった。

 しかし、ヘルサードの姿を見て力を失った体は満足に動かない。

 手痛い反撃を食らってしまい、もはや立ち上がることすら敵わなくなった。


 絶体絶命のピンチ。

 しかし彼女は意外な人物に救出された。

 フロアを覆う窓ガラスが砕け散り、赤い翼を持った人物が乱入して来た。


 彼女は戦闘を選ばなかった。

 恋歌を小脇に抱えると、一目散に外へと飛び出した。 

 青い龍のエネルギーをかわして急激に速度を上げ、一気にビルから離れていった。


 恋歌は声にならない声を上げた。

 口から出るのは残された仲間を助けてくれと懇願する言葉。

 それは赤坂綺の耳に届いていただろうが、彼女は絶対に引き返そうとしなかった。


「今はあなただけでも生き延びなきゃダメなのよ!」


 そんな言葉を耳にしたのを最後に、恋歌の意識はぷつりと途絶えた。




   ※


 恋歌は目を覚ました。

 そこは見知らぬベッドの上。

 うつろな視界に映る真っ白な天井。


 自分はなぜこんなところで寝ているのだろうと考える。


「……っ!」


 堤防が決壊するように気絶する前の記憶が甦る。


 負けたのだ。

 一〇〇倍の戦力差がある豪龍組に正面から挑んで。

 大将首まであと一歩と迫ったが、豪龍の策の前にあえなく全滅した。


 恋歌の命もまた風前の灯火だった。

 そんな彼女をギリギリのところで助けたのは――


「あ、気がついたのね」


 部屋のドアが開いた。

 麻布美紗子が室内に入ってくる。

 彼女の後ろにはかつて恋歌の邪魔をし、今回は命を助けてくれた赤坂綺の姿があった。


 恋歌は顔を伏せた。

 自信満々に飛び出した結果がこのザマだ。

 一体どんな顔をして彼女たちに向かい合えというのだ。


 しかし、恋歌には聞かなければいけないことがあった。


「私の仲間たちは、どうなった……?」


 返事はしばらく帰ってこなかった。

 やがて、綺の口から遠慮がちな言葉が紡がれる。


「水沢さんと中川さんは別の病室で眠っています。二人が私たちに知らせてくれたから、貴女を助けることができたんですよ」


 最初に戦闘不能に陥って戦線を離脱した親衛隊の名である。

 二人が水学生徒会に助けを求めてくれたおかげで恋歌は救われたのだ。


「他のみんなは……?」


 顔を上げて尋ねた。

 美紗子は視線を逸らし首を横に振る。

 恋歌は他の六人と二度と会えないことを知った。


「……最後にもう一つ聞かせてちょうだい。あなたたちは『人質』のことを知っていたの?」

「ええ。同盟が締結された後に説明するつもりでした」

「そう」


 結局、勝手な先走りが仲間たちを殺したのだ。

 自分自身の過ちが恋歌の心に深い傷を刻みつける。


「申し訳ないけれど、少し眠りたいの。一人にしてもらえるかしら」

「わかりました、どうかお大事に」


 美紗子は綺を連れて部屋を出て行く。

 本当なら礼の一つも言うべきなのだろう。

 しかし今の恋歌にそんな精神的余裕はなかった。


「ごめんなさい……私のせいで、ごめんなさい……」


 散っていった仲間たちの顔が鮮明に浮かび上がる。

 恋歌は幼いころに家を飛び出して以来、初めての涙を流した。

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