6 親衛隊の想い

 だが、恋歌はほどなくして数の恐ろしさを知ることになる。


 敵の大多数を占めるのは力を持たない非能力者だった。

 それらを蹴散らすことなどアリを踏み潰す程度に簡単なことである。

 しかし、走り回りながら際限なく湧き出る敵と戦い続けるのは、思いのほか体力を消耗した。


 二十階に上がった辺りで恋歌の呼吸が乱れ始める。


 ≪七星霊珠セブンジュエル≫は複雑なコントロールを必要とするJOYだ。

 このレベルの能力になると、ただ使用するだけでとてつもない集中力を使う。

 体力を消費している実感こそないものの、恋歌の精神は少しずつ確実に摩耗していった。


 前衛として戦っている親衛隊はさらに消耗が激しかった。

 連携しながら上手く立ち回っているが、彼女たちの戦闘力は恋歌ほど圧倒的というわけでもない。

 たびたび敵の反撃も食らう。


 親衛隊は恋歌の投獄中にも己を高めることに余念はなかった。

 戦十乙女と呼ばれる能力者たちにも負けるつもりはない。

 そんな彼女たちにも次第に疲労が溜まり始めていく。


「恋歌さん」


 二十一階のフロアの敵を全滅させた後、親衛隊の一人が先行しようとする恋歌を呼び止めた。


「この先は我々に任せて、しばらく下がっていてください」

「あら、私の力を見くびっているのかしら?」


 彼女は首を横に振る。


「恋歌さんの強さは誰よりも知っています。しかし、我々が打倒すべき敵はあの豪龍です。奴がいる所にたどり着くまで、恋歌さんには可能な限り体力を温存しておいて欲しいのです」

「ふ、何を言うかと思えば――」


 豪龍ごときに温存もなにもない。

 そう言い返そうと思ったが、


「私からもお願いします」

「お願いします、恋歌さん」


 自分を見つめる親衛隊たちの真剣な眼差し。

 そこに込められた力強い意志に言葉を詰まらせる。


 恋歌は今回の襲撃を害虫退治くらいにしか考えていなかった。

 しかし、彼女たちにとっては違っていたのだ。


 三か月に渡って街の王者として君臨してきた豪龍。

 あのふざけた男を玉座から引きずり下ろすための一大作戦。

 その危険さ、そして意味を彼女たちは恋歌よりも強く理解していた。


 恋歌による打倒豪龍の号令は彼女たちが待ちわびたものであった。

 だからこそ己の命を賭けることに躊躇いはない。

 しかし、失敗は決して許されない。


 たとえ万が一にせよ、恋歌が豪龍に敗北するなどあってはならないのである。


「……わかったわ。あなた達に任せましょう」


 恋歌がそう答えると、親衛隊たちの表情は綻んだ。

 彼女たちは心から自分を尊敬し頼りにしてくれている。

 そう思えば悪い気はしない。


「その代わり、後ろからバンバン攻撃するわよ。誤って当たらないよう気をつけなさい」

「はい!」


 女帝を崇拝する親衛隊八人の声が重なる。

 恋歌をしんがりに置いた襲撃者たちは再び上を目指す。




   ※


 だが、やはり数の脅威は彼女たちの予想を上回って大きかった。

 最上階に近づくにつれ能力者の占める割合が多くなってくる。


 豪龍の下に甘んじている程度の能力者など、恋歌にとってはザコと変わらないが、親衛隊たちにとってはDリングで防御を固めている相手はそれなりの強敵であった。


 恋歌は後方から≪七星霊珠セブンジュエル≫で援護する。

 しかし、今の恋歌は体力温存のため二つしか光球を展開していない。

 そのため全員を平等にサポートすることは難しくなっていた。


 そしてついに、親衛隊の一人が敵の凶刃に倒れた。


「むつみ!」


 恋歌は彼女の名を呼んだ。

 さっき恋歌に体力を温存するよう進言した少女だった。


「貴様、よくも!」

「ぐげっ」


 怒りに任せて恋歌は彼女を刺した男の頭を撃ち砕いた。

 それと同時に、別の親衛隊が他の敵に倒されてしまう。


「へっ、ひとり……やったぜ……!」

「く、不覚……」


 やった相手は即座に別の親衛隊が倒したが、二十二階を攻略した時点ですでに二人の仲間が戦闘不能になってしまった。


「むつみ、アキ……」


 恋歌は倒れた親衛隊の名を呼んで抱き起こした。

 顔を覗き込んだ瞬間、むつみは口から血を吐いた。

 アキの方も別の仲間によって抱きかかえられている。

 二人とも息が絶え絶えであった。


「恋歌さん、私たちに構わず先に進んでください……」

「バカ言わないで。こんな状態のあなた達を放っておけるはずがないでしょう」


 ここまで多くの敵を打ち倒してきた。

 しかし、中にはまだ動ける人間もいるだろう。


 倒した敵が追って来れば動けない状態の二人はどうなる。

 慰み者にされた挙句、残虐な方法で殺害されるに違いない。


「チャンスは今しかないんです。ここで退けばビルの守りは固められ、二度と攻め込む機会はなくなるでしょう。豪龍のことを侮ってはいけません……」

「でも」

「恋歌さんは私たちの希望なんです。この街を支配するのは小賢しい豪龍なんかじゃない。最強の能力者である、恋歌さんしかいないんです……!」


 恋歌の親衛隊はみな恋歌に惚れ込んでいる。

 まだ街が平穏だった頃から、頂点に立つのはこの人しかいないと思っていた。

 豪龍などという小賢しいだけの男に好き放題にこの街を荒らされるのは心底から我慢がならなかった。


 彼女たちは真の最強の能力者である恋歌の帰還を心から待ち望んでいたのだ。

 たとえ無謀であっても、恋歌の言葉は彼女たちに強い希望を与えていた。


 そして今、その希望が実現しようとしている。

 ならば恋歌が彼女たちにしてやれることはひとつだけ。

 予定通りに豪龍を打ち倒し、L.N.T.の覇権をこの手にすることだ。


 戦う。

 仲間たちのために。

 自分たちの栄光のために。

 恋歌の思いは支社ビルに乗り込んだ時とは少し変わっていた。


「わかったわ。ただし決して死んではダメよ。すぐに迎えに来るから、どこかに隠れていなさい」


 より明確な意思を持って、恋歌は再び前に進む。




   ※


 さらに上の階へと進むにつれ、親衛隊は数を減らしていった。

 誰もが恋歌のために戦い、恋歌を温存させるため命を投げ出し、傷ついて倒れていく。


 二十五階の敵を全滅させた時、恋歌に付き従う親衛隊はたった三人にまで減っていた。


 ここまで一〇〇人以上の敵を倒しただろうか?

 たった九人で乗り込んだことを考えれば、とてつもない戦果である。


 しかし、豪龍を倒さなくては意味がない。

 ある程度の成果を出してよくやったと満足しても仕方ない。

 下の階に置いてきた仲間を救うためにも、豪龍を倒して敵の戦意を奪うしかないのだ。


「ここまでよくやってくれたわ。ここからは私が前に出る」


 恋歌は満身創痍の仲間の肩に手を置いた。


 最上階にいるはずの豪龍と万全の状態で戦うためには、もう少しだけ彼女たちに頑張ってもらった方がいいのかもしれない。


 だが、これ以上仲間が傷つくのは見たくない。

 その気持ちは恋歌の中で堪え難いほど大きくなっていた。


「い、いえ。まだまだやれます」

「もう充分よ。後は私ひとりで問題ないから、下に置いてきた仲間の様子を見に行ってあげて」

「しかし……」

「逃げろと言っているわけじゃないわ。皆で協力して上ってくる敵を食い止めて欲しいの。そうしたら、私も前だけに集中して戦えるでしょう?」


 恋歌が言うと、彼女は歯がみした。

 その理屈もある意味で正しいとはわかっているだろう。

 しかし、やはり満足にサポートをできなかった自分の弱さが悔しいのだ。


「……わかりました、どうかご無事で」

「任せなさい。豪龍ごとき雑魚、さっさと部隊から引きずり降ろしてやるわ」


 親衛隊たちは後を恋歌に任せて来た道を戻っていく。


 ここからは一人で戦わなくてはならない。

 だが、彼女たちのおかげで、体力はかなり回復できた。


 あと五階くらいなら大丈夫だろう。

 親衛隊たちは自分のことを信頼していると言った。

 だが、実を言うと恋歌の方こそ彼女たちに支えられていたのだ。


 口にこそ出さないが、幼いころからたった一人で生き抜いてきた恋歌にとって、仲間がいるということはそれだけで嬉しいことだった。


 そんなことを考えながら、恋歌は階段に向かう仲間たちの後姿を眺める。


 その時である。

 恋歌のすぐ真横を何かが通り過ぎた。


 それは青白い光を放つエネルギーの塊だった。

 階段を降りようとしていた親衛隊に襲いかかり、着弾すると同時に爆発する。


「ぎゃああああーっ!?」


 炎に包まれ、階段から落ちていく親衛隊たち。

 その姿を恋歌はスローモーションのように眺めていた。


「くっくっく……お主の言うとおり、雑魚はさっさと舞台から降りるべきよなぁ……」

「貴様……!」


 嫌らしい声が耳朶を打つ。

 恋歌は振り返ってその男を睨みつけた。


 時代錯誤のボロボロの学ラン。

 歪んだ笑みを浮かべる厳つい顔。

 威圧感だけはある筋骨隆々の巨体。


 豪龍組のリーダー、豪龍爆太郎がそこにいた。

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