5 女帝快進撃
「なっ、なんだてめーら――」
ラバース支社ビル一階、受付横の自動販売機でジュースを買っていた男。
彼は突然の襲撃者に気づいて叫び声を上げた。
しかし、その声は最後まで言葉になることはなかった。
「ぼっ」
恋歌の≪
男は自動販売機に顔を半分めり込ませ、その意識を永遠に消失させる。
「おいおい、どうした?」
「なんかあったのか」
派手な音を聞きつけてぞろぞろと豪龍組の仲間たちが集まってきた。
彼らはみな緊張感もなく、気の抜けた様子でダラダラと歩いている。
恋歌はそんな間抜けな男たちに躊躇なく破壊の光球をお見舞いする。
「ぐべっ!?」
「ぎゃっ!」
「あげれすっ」
前の男の頭に顔をぶつけ、苦悶のうめき声を上げながらのたうち回った者はまだ幸運だった。
直撃をモロに受けた先頭の男は、おそらく何が起こったのかも理解していない。
顔面をぐちゃぐちゃに破壊されて命を刈り取られた。
初弾を打ち終えると同時に、八人の仲間たちが前に出る。
彼女たちは皆すでに自身の能力を発現させていた。
それぞれ具現化させた武器で敵に襲い掛かかる。
「せいっ!」
先鋒の親衛隊が操るのは鋭い長剣。
刃が敵の喉を切り裂き、盛大な血しぶきがあがる。
Dリングの守りを展開していない相手に対しての手加減は一切なかった。
「走りなさい! 敵はすべて蹴散らすのよ!」
「おーっ!」
恋歌が号令をかけると、仲間たちは鬨の声で応じた。
そのまま彼女たちはロビーになだれ込む。
「な、なんっ――」
カードゲームに興じていた男たちの中で先手を打って光球を暴れさせる。
突然の奇襲に豪龍組のメンバーたちは大混乱に陥った。
逃げる間もなく一網打尽にしてやる。
何の力もないくせに、街の支配者を気取っていた男たち。
自分たちが襲撃を受けるとは夢にも思っていなかったのだ。
豪龍に尻尾を振っておこぼれに預かってるだけの雑魚の分際で。
「ウワーッ!」
「なんだこれっ、誰か助け……ぐぎょっ!」
男たちは反撃するそぶりすら見せずに逃げて惑う。
その中を≪
その隙間を塗って、八人の親衛隊が躍り出た。
「や、やめ……ぎゃあっ!」
血飛沫が舞う。
苦痛の叫び声が上がる。
親衛隊は凶刃を振るうことに躊躇いはしない。
借り物の権威を笠に着て好き勝手してきたゲス共に情けは無用だ。
別に、襲われた街の女たちの仇討ちというわけではない。
だが調子に乗った男たちが怯え逃げ惑う姿を見るのは、とても気分がよかった。
彼女たちはずっと我慢していたのだ。
溜まりに溜まった鬱憤を晴らすことの、なんという快感か。
半年以上にわたって牢獄に入れられていた恋歌もまた、その思いは一層強かった。
久しぶりに己の能力を存分に発揮できる楽しさ。
豪龍を倒すという目的を考えれば、無用な戦いは避けた方が良いのかもしれない。
けれど今の彼女には、目の前の男たちが自分の欲求を満たすためのオモチャに思えて仕方なかった。
ロビーにはすでに動く人間はいなくなっていた。
あたり一面はむせかえるような血の匂いに覆われている。
ことさらトドメを刺すことには拘らなかったが、力を抜くつもりもない。
一階にいた男たちの多くは以前からの豪龍組メンバーではないだろう。
勢力を拡大した後で豪龍組に参加した非能力者たちばかりなのだ。
Dリングすら持たない者どもに抵抗する力などあるわけもない。
ここまでは一方的に狩るだけ。
程良い準備運動であった。
「さて、次へ行きましょう」
酷薄な笑みを浮かべ、親衛隊に告げる。
そう、この殺戮も単なる余興に過ぎない。
憂さ晴らしのついでに遊んでやっただけだ。
彼女たちの本当の敵はもっと上にいる。
ロビーのすぐ横にあるエレベーターが音を立てた。
そこから三人の男が下りてくる。
「おお、なんだなんだ」
「おもしれーコトになってんじゃん?」
「ぐ、げ……」
その内のひとりがドサリと床に倒れた。
倒れた男はすでに意識を失っている。
二度痙攣した後、動かなくなった。
「かーっ、情けないねぇ。これだから末端のクズどもは」
「ククク……言ってやるな。所詮は能力も持たない雑魚だ。クズはクズなりに必死だろうさ」
「ま、わざわざ俺たちを出向かせた労力への代償は、このクズの命で勘弁してやるよ」
「クズの命などいくら集まったところでジュース一本買えないがな」
どうやら倒れている男は恋歌たちの襲撃を上に報告しに行ったようだ。
おそらくは能力者である二人に援護を頼んだのだろう。
望みどおりに彼らは援軍にやってきてくれた。
が、伝令の男は彼らを煩わせた罰として殺された。
下もクズなら、上もクズである。
「さて、どこのどいつだ? 天下の豪龍組にケンカを吹っ掛けてきたバびょっ」
頭の後ろで手を組みながら、余裕の表情でエレベーターから降りてきた男は、轟音とともに内側の壁に叩きつけられた。
彼は決して油断をしていたわけではない。
Dリングを展開し、いつでも戦闘に入れる状態に入っていた。
ただ、致死レベルの攻撃が急に襲来することまでは予測していなかったようだ。
「おっ、おいどうし――ぼっ」
振り返ったもう一人の男の頭に≪
二つの光球を高速回転させて一つにし、より破壊力を高めた『二連星』である。
その攻撃はDリングの防御を貫いて男の頭蓋をたやすく破砕した。
「いくわよ」
自慢のJOYを見せる機会もなく、援護のため降りてきた能力者たちは死んだ。
彼らの死骸を踏みつけ荏原恋歌はエレベーターに乗り込む。
「圧倒的すぎる! さすが恋歌さんだ」
「戻ってくるのを待っていた甲斐があった……!」
その後ろ姿に八人の親衛隊たちは尊敬と感動のまなざしを送り、彼女の後に続いた。
※
恋歌と親衛隊の快進撃は止まらない。
エレベーターで一気に十五階まで上がると、一分とかからずフロアの敵を全滅させる。
豪龍組の構成員を蹴散らしながらさらに上の階を目指す。
ラバース支社ビルは三十階建てのL.N.T.で一番高い建物である。
平時はこの街に住む多くのラバース関係者の大人がここに務めている。
しかし、一般社員が立ち入れるのはエレベーターが直通している十五階までである。
ここより先は重役以外立ち入り禁止の極秘フロアになっていた。
豪龍や側近がいるのは間違いなくもっと上の階だ。
「クソがぁ! 調子に乗ってんじゃ――ごぎゅっ」
次々と迫る敵の中には能力者やDリングで守りを固めた人間も混じるようになった。
しかし、荏原恋歌たち九人の襲撃者は彼らの抵抗などものともしない。
能力を使い、武器を振り、血の池と死体の山を築いていく。
恋歌の前に身長一九〇センチ以上はある巨漢の男が立ちふさがった。
「ククク……いい気になっているようだな、荏原恋歌。しかし貴様らが調子に乗るのもここまでよ。この豪龍組四天王の俺様が現れたからにはげぼらっ」
男の戯言を最後まで聞くつもりはなかった。
光球を四方から襲いかからせ意識を消失させる。
続く『二連星』の追撃で、その命を完全に刈り取る。
他のメンバーと比べれば多少は腕が立ったのだろう。
しかし、この程度なら恋歌の前では雑魚も同然である。
豪龍もこいつと同じ、口先だけの男だ。
あの男は夜の中央でも恋歌たち真の実力者との対決を極端に避け続けていた。
うまく立ち回っているつもりだったのだろうが、こっちは眼中になかったと言うのが本音である。
有象無象のザコどもを束ねあげ、殿様気分に浸っている小物。
それが豪龍に対する恋歌の評価であった。
今の地位も能力制御装置の消滅という非常事態を利用し、周りを出し抜いただけに過ぎない。
数の寄せ集めなど、強力な力の前には脆くも崩れるものだ。
それを身を持って思い知らせてやる。
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