4 気持ちを切り替えて
恋歌が出ていった後、会議はもはや形を成さなかった。
「何あいつ、むっかつくー!」
花子は不愉快さを隠そうともせずに大声で叫ぶ。
他のゲストたちの間にも白けた空気が流れた。
アリスが席を立つ。
「帰る」
彼女の場合、最初から会議に参加している気すらなかったようだ。
ただし机の上に置かれた山ほどのお菓子は奇麗になくなっている。
「え、ええ。今日はどうもありがとうございました」
美紗子は紗枝に言って大量のお菓子が入った袋をお土産に包ませた。
アリスは無表情にそれを受け取って帰っていく。
彼女を呼んだのは恋歌に対する抑止力のつもりもあった。
残念ながら、その役目は果たされることなかったが……
ともあれアリスは敵にさえ回らなければいい。
お菓子一つで機嫌をとれるなら安いものだ。
「それでは私も失礼します。貴重な意見を聞けて、とても有意義な時間でした」
弓道部部長の本郷蜜も丁寧な礼をして帰っていく。
口にこそ出さないが、期待外れだったと顔に描いてある。
水学生である彼女から協力の確約を得られなかったのは残念だった。
「あーもう、どっちらけ!」
お菓子の残りをポケットに詰め、深川花子も帰り支度を始めた。
「みさっち、豪龍をぶっ飛ばすのにあたしは賛成だよ。けど恋歌やそこのお嬢とは協力できないわ」
そこのお嬢とはもちろん神田和代のことである。
本人にも聞こえたはずだが、和代は特に反応しなかった。
無視されたのが癇に障ったのか、花子は乱暴に椅子を蹴り飛ばして、
「キャッツの力が借りたくなったら個人的に言ってきてよ。相手が豪龍でも恋歌でも、みさっちがやる気になったら手伝ってあげるからさ」
と、言い捨てて出て行った。
次々とゲストたちが帰っていく。
結局、なんの成果も得られない会議だった。
この結果には美紗子もさすがに落胆の色を隠せない。
そういえば、いつの間にか芝碧の姿も見えない。
来たとき時も唐突なら帰る時も煙のよう。
まるで忍者のような少女である。
※
生徒会室に残ったのは生徒会役員の美紗子、綺、紗枝。
そして和代と千尋を加えた五人だけである。
「はぁ」
美紗子は椅子に深く腰掛け溜息を吐いた。
「お疲れさまですわ」
「お疲れですよ」
和代が労いの言葉をかけてくれるが、美紗子は目を伏せたままつっけんどんに応えた。
有力者たちによる同盟はみごとに失敗した。
時間をかけて準備をした会議の結果がこれでは、愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
成果と言えば、戦十乙女と呼ばれる能力者たちの協調性のなさを再確認できたことくらいである。
「まったく、どいつもこいつも自分勝手なんですから。美紗子さんの心中お察ししますわ」
「そういう和代さんも花子ちゃんとケンカしてたよね。あれをきっかけに場の空気が悪くなんたんだと思うんだけど?」
「それはそれ、これはこれですわ!」
「その自分勝手な態度はなんなの?」
和代と千尋の掛け合いを聞いて、美紗子は不思議と口元が綻ぶのを自覚した。
ライバル同士だった二人も今じゃこんなに仲が良い。
素晴らしい前例があるじゃないか。
あきらめないで頑張っていこう。
「よし!」
美紗子は頬を叩いて気合を入れた。
もちろん、和代を責めるつもりなんて微塵もない。
形だけの同盟を組んでもすぐバラバラになるという彼女の指摘はもっともだ。
恋歌は言うまでもなく、花子にしても主導権を譲るつもりはないようだ。
現状で同盟を組もうとすることにそもそも無理があった。
どうやら少し急ぎすぎていたみたいだ。
「気持を切り替えていきましょう」
いつまでも悔やんでいても仕方ない。
失敗したなら次のステップに移るだけだ。
街に平和が戻るまでへたれてなんていられない。
「さすが美紗子さん。それでこそ私の認めた女性ですわ!」
「だからどうしてそんなに偉そうなの?」
和代と千尋。
「まだ方法はいくらでもありますよ」
「がんばろう、お姉ちゃん!」
綺に紗枝。
自分を支えてくれる人は、まだこんなにいるのだから。
※
豪龍組が本拠地とする原千田四丁目のラバース支社ビル。
水学生徒会役員たちは現在、その近くの裏路地に集まっていた。
「やっぱり無理でしたか……」
「少しは期待してたんですけどね」
会議の決裂を告げると、会議に参加していなかった役員たちは露骨に肩を落とした。
これ以上、彼女たちの士気を下げるわけにはいかない。
ただでさえ役員の数も減っているのだ。
「簡単にいくとは思ってないわ。今回は彼女たちの意見を聞けただけで十分。労力に見合っただけの収穫はあったと思います」
今回は徒労に終わったとは言え、諦めるにはまだ早い。
美紗子の前向きな姿勢に他の役員たちもやる気を出し始める。
「そ、そうですよね。まだまだこれからですよね」
「よく考えたら、最強クラスの能力者が九人も集まっただけですごいことですよ」
空元気とは言えリーダーがしっかりしていれば組織はそう簡単に瓦解しないものだ。
「それより問題は荏原恋歌ですね」
「あの人だけはどう動くか読めませんからね」
わざわざ敵地の傍で集合したのは理由がある。
それは荏原恋歌の監視のためである。
恋歌は生徒会室から出ていく時、自分たちの手で豪龍を打倒すると宣言した。
流石に親衛隊を含めたわずか九名で敵の本拠地に乗り込むとは思わない。
しかし、彼女がどのような行動を取るかは把握しておく必要がある。
夜のルールに照らし合わせればトップさえ倒れればグループは瓦解する。
だから、彼女たちの目的はおそらく豪龍の暗殺のはずだ。
そのための事前調査を行う可能性は高い。
「しかし、考えようによってはチャンスかもしれませんよ」
「上手くいけば荏原恋歌が豪龍組の戦力を大きく削ってくれるかもしれませんしね」
豪龍組は今や千人規模の大グループである。
その一〇〇分の一以下の人数で挑んで勝てる道理はない。
いくら恋歌が最強クラスの能力者とはいえ、戦力差はそんなに甘いものではない。
美紗子は恋歌を捨て石に使うつもりはない。
できれば無事に戻って、単独で戦うという考えを改めて欲しい。
言い方は悪いが、少し痛い目を見てくれたらちょうどいいと思っている。
「荏原恋歌はどのタイミングでやってくるでしょうか?」
「豪龍が外に出る時を狙うでしょう。あの男が単独行動をすることはまずあり得ませんが、いつまでも建物の中に引きこもっているわけもないですから」
「まずはある程度の時間をかけて行動を把握すると――」
「甘いですわ!」
突然の部外者の声に役員全員が振り返った。
「まったく、考えが甘いですわ!」
「和代さんはどうして普通に話しかけられないの……」
美女学生徒会長の神田和代。
水学の穏やかな剣士、四谷千尋。
おなじみの仲良しペアの登場である。
「甘いとは一体どういうことですか?」
何をしに来たのかと無駄な質問はしない。
美紗子は和代に今の言葉の意味を尋ねた。
「水学生徒会の皆さんは恋歌さんのことをまったくわかっていません。彼女の性格を考えれば豪龍が出てくるのを待ったりなんかせず、堂々と正面から攻め込むはずです。それも思い立ったらすぐにですわ」
「いくらなんでもそれは――」
ないだろう、と言おうとした時だった。
大通りの方から複数の声が聞こえてきた。
その中に「敵襲だ!」と言う言葉があった。
「どうやら始まったようですわね」
信じられない話だが、荏原恋歌は本当に正面から支社ビルに攻め込んだのだ。
荏原恋歌一派九名VS豪龍組約千人の戦いが始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。