3 会議決裂
結局、最後の一人は時間を過ぎても来なかった。
対豪龍組対策会議はここに集まったの九人で始めることになった。
進行役は美紗子で、紗枝は話には参加せず円卓から外れた場所でノートを取っている。
しかし、改めて眺めてみれば、錚々たるメンバーが集まったものだ。
水学からは五人。
生徒会長にして剛力のSHIP能力者、
一年にして幾つもの伝説を作った『新帝』
穏やかな剣士の異名を持つ
フェアリーキャッツの
在野の達人で弓道部部長、
美女学からは二人。
生徒会長、
最強のJOY使い、
爆校からも二人。
未だ謎多き元四組、
旧校舎勢力が離散してなお爆校のアンタッチャブル、アリス。
まさにこの街を代表する実力者たちが一堂に会した形である。
一般人である沙枝はこの場にいるだけで気圧されそうであった。
会議という形にしたのは、これが生徒会主導の計画ではないと伝えるためだ。
今回集まった者たちの中には高いプライドを持っている者も多い。
生徒会が中心になるという形ではしこりも残るだろう。
あくまでこれは対豪龍組のための一時的な同盟なのである。
とはいえ、会議を円滑に進めるための司会役くらいは務めさせてもらう。
「……以上が、この街の現状です」
まずは現状を確認し、相互理解を確実にする。
美紗子はホワイトボードを使って現在のL.N.T.の状況について説明した。
聞いているのか疑わしい態度の者もいたが、ゲストたちはおおむね黙って耳を傾けてくれていた。
「豪龍組の支配を終わらせないことには、街に秩序が戻ることはありません。私たちのL.N.T.を守るため皆さんの力をお借りしたいのです。たしかに今の豪龍組は確かに強大ですが、ここにいる方々が手を組めば、対抗することは十分に可能だと思っています」
「少しは実感あったけど、ずいぶんひどいことになってんだね」
一通りの説明が終わった後、花子がボソリとつぶやいた。
大グループのリーダーといえども街の情報全てを把握しているわけではない。
彼女は特に、話の中に出てきた犠牲者の数に驚いている様子だった。
学生能力者の被害者数、一五三名
一般人の被害者、およそ二〇〇名。
これだけの数の住民が、この三か月の間に何らかの形で命を落としている。
今までの夜の住人たちによる抗争とはケタが違う数字だった。
豪龍組がやっていることは、もはや若者の暴走などではない。
暴力による支配と独裁である。
L.N.T.の人口はおよそ十五万人。
そのうち女性が占める割合は七割を超える。
しかも、能力者の比率は女性の方が圧倒的に多い。
その状況に苦虫を噛み潰していた男は大勢いたことだろう。
力を持たない男たちは次々と豪龍組に加入した。
今やその構成員は一〇〇〇名にも上る。
彼らはこれまでの欝憤を晴らすように、街中で狙いを定めた女性に手をかけては、豪龍組の威光を盾に欲望の限りを尽くしているると聞いている。
「時代遅れの王様気どり野郎なんて、ちゃちゃっとぶっ潰してやらなきゃね」
嬉しいことに花子は非常に協力的だった
彼女の率いるフェアリーキャッツは非常に心強い味方になる。
しかし、当然ながら賛成意見ばかりではなかった。
「よろしいでしょうか」
「はい。本郷さん、どうぞ」
律儀に挙手をして発言する、弓道部部長の本郷蜜。
「力を合わせて武力で対抗するという話でしたら私は反対です。巨大な組織同士がぶつかり合えば、犠牲者の数はますます多くなるばかりでしょう。暴力に対して暴力で対抗するのは、彼らのやり方と変わりがないと――」
「けど、誰かがやらなきゃしゃーないじゃん!」
蜜が言い終わるのを待たずに花子は大声で反論した。
「犠牲者が増えるって言うけどさ、このまま豪龍組を放っておいたら、よけいに傷つく人が増えるだけじゃないの? それは無視?」
「放置すべきとは言っていません。より平和的な解決方法を模索すべきと言っているのです」
「私も彼女の意見に同意ですわ」
胸の前で腕を組みながら和代が言う。
彼女は美紗子に強い視線を向けながら発言した。
「全面対決のために同盟というのなら私も参加をお断りします。私は愛する美女学の生徒たちに死んで来てくださいとは言えませんわ」
「待ってください和代さん。団結したいとは言いましたが、全面戦争を仕掛けるつもりはありません。あくまで対等の力を持った人たちの集まりを作って彼らへの抑止力とするのが……」
「いやいや、なに弱気なこと言ってんのさみさっち。しっかり叩き潰さなきゃ豪龍組の横暴は止まらないって。もう抑止とかって段階はとっくに過ぎてんだから。ぶっ潰すのが一番の早道だよ」
「ごらんなさい美紗子さん。あなたがどうお考えになろうと、このような短絡的な思考の人物は必ず出てくるのです。統制のとれない同盟なんて抑えが効かなくなって暴発するのは目に見えていますわ」
「神田さん……」
美紗子はショックを受けた。
もちろん、反対意見が出るのは予想していた。
だが同じ生徒会長という立場の和代だけは確実に賛成してくれると思っていたのに。
「かーっ、もういいよ! みさっち、フェアリーキャッツは生徒会に協力するからさ、それで十分だよ。反対する奴らはほっといてあたしらで豪龍を潰しちゃお!」
「そして、今度は貴女が豪龍の代わりに街を支配するつもりですか?」
「……あ?」
花子と和代がにらみ合う。
これはヤバい、と美紗子は思った。
実は、この同盟にはもう一つの目的がある。
豪龍組を打倒した後は即座に運営が力を取り戻せるわけではない。
仮に誰かが単独で豪龍を倒したとして、今度はその者が豪龍の後釜に座り、次の支配者として同じことを繰り返さない保証はどこにもない。
それを阻止するためには、実力者達の対等な同盟が欠かせない。
誰かが頂点に立つのではなく皆で協力して秩序を保つ。
もちろん完全な調和を作るのは不可能だろうが……
「では、神田さんには何かいい作戦があるのですか?」
多少の苛立ちを込めて、美紗子は和代に質問を返した。
「私はこの会議を通して解決策を模索するつもりです」
「なんだよ、何の意見もないのにとりあえず反対しただけかよ! 荒らすつもりなら帰れよ!」
「なんですって?」
和代の発言に花子が怒りを露わにする。
強く非難された和代も声を荒げて反論する。
「荒らしているつもりはありません。軽率で短絡的な行動は慎むべきだと言っているのです!」
「じゃあ何でもいいから代わりの案を出してみろよ!」
「この会議を通して模索すると先ほど申し上げましたが……耳が悪いのですか? 残念ですが、こんな幼稚な人とはいくら議論を交わしても有益な案が出てくるとは思えませんわ」
「なんだって? コラ、あんた――」
「二人とも、落ち着いてください!」
いまにも掴み合いを始めそうな二人に綺が割って入った。
ケンカになっては元も子もない。
この場でないがみ合っても仕方ないことは花子もわかっているだろう。
彼女は憤りを抑えて浮かしかけた腰を下ろした。
行儀悪く体を斜めに向けて顎肘をつく。
「他の人の意見も聞いてみましょうか……芝さんはどうお考えですか?」
張り詰めた空気を和らげるため美紗子は別のゲストに話を向けた。
相手は孤高の爆高女子生徒、芝碧。
彼女は美紗子の質問に答えない。
視線をこちらに向けようともしない。
聞こえていないかのように沈黙している。
司会を無視するという彼女の態度に、さらに場の空気が重くなった。
完全に話しかける相手を間違えた形になってしまった。
美紗子は思わず頭を抱えた。
正直言って、碧のことは美紗子もほとんど何も知らないに等しい。
わかっているのは、彼女が中等部時代は水瀬学園の生徒であったこと。
和代と同じく途中で水瀬学園を離反したということ。
以前はあの『四組』の生徒だったことだけである。
爆撃高校に移籍後も、他の女子生徒のようにアリスの庇護を受けてはいなかったらしい。
経歴を考えれば水瀬学園に恨みを持っていてもおかしくない立場である。
「アリスさんはどうですか? なにかいい考えがあればお聞かせください」
仕方なく、美紗子は同じ爆高女子生徒のアリスに尋ねた。
爆撃高校動乱の当事者、アリス。
彼女の場合はここに姿を現したということが奇跡に近いのだが……
「興味ない」
彼女はそう言って黙々と目の前のお菓子を食べ続ける。
やはりアリスはこの会議になんの興味も持っていないのだ。
それもそのはずである。
彼女の元へは美紗子が直接出向いて、会議への参加を呼びかけた。
一か月分のお菓子をプレゼントするという条件で出席してもらうよう頼み込んだのである。
同盟さえ成立すれば、なし崩し的に彼女も参加してくれる……
そんな美紗子の淡い期待はあっけなく打ち砕かれた。
しかし、数名の反対者が出ようとも、残った者でなんとか同盟を成立させなければいけない。
一番良くないのは、このまま豪龍組の暴挙を見過ごし続けることだ。
その思いはこの場の誰にとっても同じはずである。
ククク……と不敵な笑い声が響いた。
「茶番ね」
荏原恋歌だった。
これまで一言も発することなかった彼女が突然に席を立つ。
「仕方なく付き合ってあげたけど、これ以上は時間の無駄よ」
「恋歌さん、どちらへ?」
恋歌は生徒会室から出て行こうとする。
慌てて呼びとめる美紗子に彼女は振り返って言った。
「決まっているでしょう。
揺ぎ無い視線。
同様の力を持つ言葉。
「獄中にいた時の情報を得られただけで十分。慣れ合いはあなたたちだけで勝手にすればいいわ」
「待ってください、まだ会議は終わって――」
美紗子が呼び止めようとした時、外側からドアが開かれた。
いつの間にか廊下に複数の人物が待機していたようだ。
「お迎えに上がりました」
「ええ」
恋歌が彼女たちに声をかける。
かつて荏原恋歌一派と呼ばれた八人の美女学生徒たちち。
彼女たちはその場で片膝をつくと、まるで王に仕える騎士のように恭しく頭を下げた。
「我ら親衛隊、いつでも恋歌さんの手となり足となり、死地へ赴く覚悟はできています!」
「大げさね。単なる害虫退治よ」
恋歌を慕い、彼女が傍に置くことを許した直属の親衛隊。
数こそ少ないが、個々の実力は街のグループのリーダークラスの能力者たちある。
かつての中央では恋歌を含めてたった九人の小規模グループを構成していた。
にも拘わらず、フェアリーキャッツや豪龍組などの大規模グループと肩を並べていたのだ。
「待ってください、勝手なマネは許しませんよ!」
「煩いわね。文句があるなら先にあなた達の相手をしてあげてもよろしくてよ」
振り返った恋歌と、その後ろの八人の視線が一斉に美紗子を射抜く。
彼女の本気は疑いようもなかった。
本当にこの場の全員と事を構える覚悟と自信がある。
恋歌にとって、同盟構想など最初から眼中になかったのだ。
こちらからは仕掛けられない。
美紗子は黙って彼女の視線を受け止めた。
恋歌はふっと嘲笑を浮かべ、美紗子に背を向けた。
「では、失礼するわね……ああ、そうそう」
部屋から出て行く直前、恋歌は振り返って瞳を見開いた。
その視線の先にいるのは美紗子ではなかった。
肩越しに、別の人物を見ている。
「貴女とはいずれ決着をつけるつもりだから、覚悟をしておきなさい」
後ろを振り向かなくてもわかる。
恋歌の言葉は、かつて彼女を倒した赤坂綺に向けられていた。
恋歌は親衛隊を引き連れて生徒会室を出て行く。
それを止める言葉を、今の美紗子は持っていなかった。
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