2 戦十乙女 -dix valkyrie-

 それから十分ほど経った頃、次のゲストがやってきた。


「失礼しますわ!」


 突然、勢いよくドアが開く。

 紗枝は持っていたグラスを落としそうになった。


「和代さん、声大きいよ……」

「お久しぶりですわね、美紗子さん!」


 相方の突っ込みを無視してズカズカと部屋の中に入ってくる、ツインテールヘアの女性。

 美隷女学院の生徒会長、神田和代かんだかずよである。

 釣り目がちな瞳が気の強さを表しているが、とても美しい女性であった。

 美紗子とは生徒会長同士協力し合うことも多いが、紗枝が彼女の姿を目にするのは例の誘拐事件以来である。


「あら?」


 目があった。

 紗枝はカップを握り締めてビクビクする。

 和代は面白いおもちゃを発見した子どものような顔で近づいて来る。


「見かけない娘ですわね。新入生?」

「あ、あの」

「妹の紗枝です」


 和代はじろじろと沙枝の顔や体を眺める。

 なんだろう、品定めをされてるような気分だ。


 頬に手を当てられた。

 紗枝は思わずビクッとする。


「美隷女学院の神田和代ですわ」

「あ、よろしくお願いします……」


 緊張しつつもなんとか挨拶する。

 和代は人の良さそうな微笑みを浮かべた。

 少しびっくりしたけど、この人も悪い人じゃなさそうだ。


 あの、でも……

 この人は、いつまで私の頬を触っているんだろう?


「……もし気が向いたら、一度私のところにいらっしゃい。人生が変わるような素敵な経験をさせてさしあげますわ」


 彼女の手がゆっくりと下り、首筋をなでられた。

 背筋にゾクゾクした嫌な感覚が走る。

 この人は何を言っているの?


「和代さん、すぐ女の子に手を出さないの!」

「あら。心配しなくても私の本命はちーちゃんだけですわ」

「そういうことじゃなくて、怯えてるでしょう。ごめんなさい紗枝ちゃん。この人少しおかしいだけだから、気にしないであげて」

「は、はぁ」

「その言い方はちょっとひどいと思いますわ……」

「いいから、早くこっちに来るの」


 和代の手を強引に引っ張っていくボーイッシュなショートヘアの相方さん。

 彼女の名前は四谷千尋よつやちひろ

『穏やかな剣士』の異名を持つ水学剣道部の部長である。


 千尋は水瀬学園の第一期生で、美紗子とは五年来の友人だ。

 家にも何度か遊びに来たことがあるので紗枝も彼女のことはよく知っている。


 和代と千尋はその昔、因縁のライバルだった。

 今ではあの通り気心の知れた友人関係を築いている。


 もちろん、二人とも相当な実力を持つ最初期からの能力者だ。

 あの二人が戦十乙女ディスワルキリに名を連ねるのは当然と言える。


 その後、しばらく誰もやってこなかった。


 和代と美紗子は街の状況に関して先に話し合っていた。

 千尋と蜜は面識があるらしく、なにやら世間話をしている。

 沙枝はお茶請けのお菓子を戸棚から取り出して席に並べていた。


 十三時まであと五分に迫った時、四人目のゲストがやってきた。


「やっほー。みんなそろって……もないね」


 元気のよい声と共に入ってきた、水瀬学園の制服を着た少女。

 軽快な挨拶に反して室内の雰囲気はやや緊張に包まれる。


 かつて夜の中央で最大勢力を誇ったグループ、フェアリーキャッツ。

 そのリーダーの深川花子ふかがわはなこである。


 街の覇権こそ豪龍組に譲ったとはいえ、まだまだ一大勢力の長であることに変わりはない。

 護衛もつけずに彼女が一人で歩いていること自体ちょっとした異常事態と言える。

 彼女は場の空気など全く気にしない様子で空いている席に腰掛けた。


「来てくれてありがとう、花子さん」

「ま、しゃーないっしょ。あたしもいい加減に豪龍はウザイと思ってたからね」


 生徒会長と最大グループのリーダー。

 本来は敵対関係であるが、美紗子と花子は元々が友人同士である。

 もちろん、今も互いに憎み合っているわけではない。

 立場上仲良く接する機会も少ないのだが。


 ともかく、花子も今回は協力的なようだ。

 紗枝はホッとしてお菓子の準備に取り掛かる。

 そのタイミングで和代が不穏当な言葉を発した。


「挨拶もなしに席に着くのはいささか礼儀に欠けるのではなくて?」


 室内の空気が張り詰める。

 花子の目がギラリと鋭く光った。

 彼女は敵意のこもった視線を和代に向ける。


「はぁ? あんた耳がおかしいの? 挨拶ならしたじゃん。それともケンカ売って――」


 あわや一触即発の空気が漂う。

 しかし、花子は口にしかけた言葉を止めた。

 彼女のの視線は和代ではなく別の方向に注がれている。


「あ、そういうこと。そっちに言ったのか」


 誤解と気いた花子は納得したように腰を下ろす。

 紗枝は驚きを隠せなかった。


 ショートの黒髪。

 色調を抑えた地味な私服。

 花子の視線の先には、さっきまでいなかったはずの人間がいた。


「来てくれてありがとう、芝さん」


 美紗子は彼女の存在に気づいていたのか、全く動じていなかった。


「……」


 ねぎらいに対する彼女の返事はなく、ただ沙枝の手の中にあるお菓子を見つめている。

 それに気づいた紗枝は慌てて二人分のお菓子と紅茶を用意した。


 芝碧しばみどり

 彼女もまた戦十乙女ディスワルキリの一人である。

 私服なのは彼女があの爆撃高校の女子生徒だからだろう。


 蜜と同じく、碧も夜の住人として名を上げているわけではない。

 彼女はある一つの有名エピソードをもって戦十乙女ディスワルキリに数えられている。


 そのエピソードとは、去年の夏に行われた能力者同士の対校試合である。


 芝碧は対抗試合にゲスト枠として出場した。

 そして当時すでに『三帝』と呼ばれていた赤坂綺と戦い、引き分けに持ち込んだのである。


 それ以外の芝碧に関する話を紗枝は全く知らない。

 爆撃高校動乱でも名は聞かず、外での争いに参加した形跡もない。

 ある意味では戦十乙女ディスワルキリの中でも最も謎に包まれた人物である。


 特に自己紹介もない。

 そのまま無言の時間が続いた。

 花子と碧がお菓子を食べる音だけが生徒会室に響く。


 時計の針が十三時を示すと同時に次のゲストがやってきた。


 瞬間、今度は明確に室内の全員に緊張が走った。

 花子がやってきた時とは明らかに違う。

 不安と恐怖が入り交じった空気。


「よ、よく来てくださいましたね、アリスさん」


 感謝の言葉を伝える美紗子の声もぎこちなかった。


 アリス。

 本名は不詳。

 通称は爆撃高校旧校舎の『悪帝』。


 爆高動乱が起こる以前は、爆校内のほとんどの女子生徒を実質的な配下にしていた少女である。

 仲間たちが離れていった現在も、彼女は依然として爆校旧校舎に住みついている。

 今も不用意に住処に近づく者をことごとく排除しているという。


 何者にも縛られない自由な生き方が許されるのは並はずれた戦闘能力があるからだ。

 故に十戦乙女ディスワルキリの中でもアリス、赤坂綺、そして「もうひとり」は特別に『三帝』の称号で呼ばれている。

 それぞれ爆撃高校、水瀬学園、美隷女学院で最強と目されているからこそ与えられる称号だ。


 アリスは美紗子にちらりと視線を向けると、黙って空いている席に座った。

 紗枝はハッとし、慌てて彼女の分の紅茶とお菓子を用意する。


「ど、どうぞ」

「ありがと」


 沙枝が目の前にクッキーを置く。

 アリスは礼を言って黙々とそれを食べ始めた。

 感謝の言葉をもらえたのが意外すぎて沙枝は逆に恐縮してしまう。


「たしか集合時間は一時だったよね。いつになったら始めるのかな?」


 花子が苛立たしげに声を上げた。

 確かに約束の時間はすでに過ぎている。


 不機嫌を装っているが、花子は先ほどからチラチラとアリスの方を気にしている。

 めったに姿を現さない悪帝を前に彼女も多少の緊張をしているようだ。


 美紗子はわざとらしく時計を見上げた。


「わかりました。それでは、会議を始めましょう」


 時刻は十三時二分。

 招待したゲストは八人。

 残念ながらまだ六人しか来ていない。


 だが、せっかく来てくれた人たちをこれ以上待たせるわけにもいかない。

 声をかけた全員が集まらなかったのは残念だが、これで満足すべきだろう。


 美紗子が立ち上がり、会議を始める前に改めて挨拶をしようとした。


 その時である。


「お待たせしたわね」


 ハスキーな女性の声が生徒会室に響いた。

 アリスと碧を除く全員の視線が部屋の入り口に向く。

 長いウェーブの髪をかき上げる、大人びた雰囲気の女性が立っていた。


 三分遅れでやってきた七人目のゲスト。

 学園最強の称号である『三帝』の最後の一人。

 数ヶ月の謹慎生活を負え、つい数日前にL.N.T.に戻ってきた、最強のJOY使い。


 美女学の『女帝』荏原恋歌えばられんかが、生徒会室へと足を踏み入れた。

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