第15話 戦十乙女

1 治安崩壊後の街で

「さあ、行くぞぅ……!」


 能力の常時開放後、真っ先に動いたのは爆撃高校の豪龍爆太郎ごうりゅうばくたろうだった。


 豪龍は爆高動乱で学内勢力の大部分を手中に収め、水学内にも多数のシンパを持っていた。

 それにしても、その動きはまるで現在の事態を予期していたかのように迅速であった。


「者どもかかれぃ! 糞ったれなラバースの社員共をひとり残らず蹴散らすんじゃあ!」


 豪龍は部下を率いて原千田はらちだ四丁目にあるラバース支社ビルを襲撃した。

 支社ビルは千田中央ちだちゅうおう駅から少し離れた場所に聳え立つ地上三十階の高層ビルだ。


 これまで夜の住人たちの間でも決してそこだけは手を出さないことが暗黙の了解とされていた。

 もし内部に侵入でもしようものなら、翌朝になって必ず厳重な処罰が下されたからだ。


 しかし能力制限装置は破壊された。

 L.N.T.の運営たちに能力者の学生を罰する力はなくなった。


 鎖を解かれた猛獣となった豪龍組はあっという間に支社ビルを制圧。

 社長をはじめとする重役たちは命からがら逃げ出したという。


「今日からこの街は俺らの天下じゃあ!」


 街は完全に豪龍の手の内に落ちた。


 運営のいなくなったL.N.T.はまさに無法の監獄だった。

 豪龍組以外にも夜の中央で名を売っていた能力者たちはこの状況を歓迎した。

 彼らはそれぞれのグループを率い、街の何処かに拠点を構えては、今日も好き勝手に振る舞っている。


「最近『ダビス』の奴らがやたらとちょっかいかけてくるんすよね」

「今から潰しに行くか。リーダーの中崎は血祭りに上げんぞ」


 能力者たちは常に縄張りの拡大を狙っている。

 異なる勢力が街中で出合えば、昼間から殺し合いが始まることも珍しくはない。

 かつては夜間限定で行われてた中央の争いが、より激しい形となって街中に広まったのである。


 夜の争いには参加していなかった非能力者や中学以下の生徒たちも、保身のためにはいずれかのグループに所属せざるを得なくなっていく。




   ※


 日が経つにつれ、勢力争いは激化の一途を辿っていった。


 もちろん誰もがこの無法を良しとしていたわけではない。

 麻布美紗子あざぶみさこ率いる水学生徒会も、混乱を止めたいと願う勢力である。

 彼女たちはこれまで同様、千田中央駅を中心に見回り活動を続けていた。


「争いをやめなさい!」

「うるせえ! 生徒会は引っ込んでやがれ!」


 現在の彼女たちの言葉に争いを止める力はない。

 学園のバックアップは受けられず、運営という後ろ盾も失った。

 生徒会に注意されたからといって無条件で従う者などもはやいないのだ。


「言うことを聞かないなら……!」


 できる事と言えば、争いの場に介入し、武力を持って双方に矛を納めるさせるだけである。

 治安活動は以前よりもずっと命がけであり、中には脱会させてくれと申し出る役員もいた。


 駅から離れた住宅街などは比較的平和である。

 とはいえ、争いの火種は街中のどこにでもあった。


「やだよ……なんで、こんなことになっちゃったんだ……」

「自分の身は自分で守らなくてはなりません。非能力者でも武器を取って自衛するんです」


 自宅に引きこもってひっそりと身を隠す者もいる。

 水学か美女学の校舎に集まり、身を寄せ合うようにお互いを守り合って生活する集団もいる。


 もはやこの街のどこにも絶対の平穏は存在しない。

 中でも厄介なのは、やはりラバース支社ビルを占拠している豪龍組である。

 今の豪龍組はラバース運営に代わって街の最大権力者になったと言っても過言ではない。


「ハッハァ! 豪遊じゃあ! 酒池肉林じゃあ!」


 運営と違って豪龍は街に秩序をもたらさない。

 彼らがやっているのは私腹を肥やし、己の快楽を追求することだけ。

 豪龍組メンバーを特権階級とし、税金と称して弱小グループや非能力者から物資の搾取を行っている。


 彼らに連れ去られて二度と帰らなかった女子生徒や、我慢できずに逆らって敵対し命を落とした男子生徒は一人や二人ではない。


「こんなこと、いつまでも続けるわけにはいかないわ……」


 平穏を取り戻すためには、この街に新しい秩序が必要だ。

 もはや豪龍を打倒するしかない。


 美紗子は何度もそう考えて支社ビルの制圧を計画した。

 しかし現状、豪龍組と生徒会の戦力差は圧倒的である。


 豪龍をどうにかしたいけれど、彼女たちの力だけではどうすることもできない。


「誰も止められはせん! もっと暴れろ! もっと荒れろ! L.N.T.ではすべてが自由じゃあ!」


 そんな状態が長く続いた。




   ※


 無秩序のまま時は流れ、気付けば四月になっていた。

 本来なら入学式が行われ、新入生がやってくるはずの時期。

 学園創立時からL.N.T.にいる美紗子たち第一期生も最高学年になった。


 桜はまるで人々の涙のように短い時間で散っていく。

 そんな時期、水瀬学園生徒会は一大反攻作戦を計画した。


 水瀬学園第一校舎。

 三か月前にアカネの月によって占拠された校舎。

 ここは現在も変わらず、水学生徒会の活動拠点であった。


 四階中央の部屋が生徒会室だ。

 現在、この部屋には生徒会役員の三人がいる。


 生徒会長の麻布美紗子。

 二年生になった赤坂綺あかさかあや

 そして今年度から水瀬学園に入学した美紗子の妹、麻布紗枝あざぶさえである。


 紗枝は以前の誘拐事件で綺や生徒会に助けられた経験がある。

 高校に入ったら姉を手伝って生徒会に入ろうとずっと決めていたのだ。

 と言っても、現在の水学で授業は行われていないため、形式上の入学ではあるが……


 本当なら二年生まで待って選挙で選ばれるという正当な手順を踏んで生徒会入りするはずだったが、街がこんなことになってしまったため、四月になってすぐに生徒会を手伝うことになった。


「何人くらい集まると思いますか?」


 綺が窓際に佇む美紗子に問いかけた。


「できるなら全員……と言いたいところだけど、どうかしらね」


 紗枝は人数分の紅茶とお菓子の用意をしながら二人の会話に耳を傾けた。


 これからやって来るのは生徒会役員ではない。

 三人以外は副会長の中野聡美なかのさとみさえも学園に来ていない。

 生徒会主導ではあるが、今回はあくまで個人の集まりである。


 生徒会長の美紗子。

 彼女の片腕でもある綺。

 そして手伝いのために呼ばれた、最も経験の浅い紗枝のみ。

 集まった人たちに威圧感を与えないためにも生徒会から出席するメンバーは最小限だ。


 現在時刻は十二時五分。

 集合時間は午後十三時。


 これから集まるのは『戦十乙女ディスワルキリ』と呼ばれる能力者たちだ。


 誰が最初にそう呼び始めたのかはわからない。

 それはL.N.T.でトップテンに入ると言われる女性能力者たちの総称である。

 名を連ねる人物は大グループのリーダーから人々の話題に上がる有名な個人まで多岐にわたる。


 共通しているのは誰もが一騎当千の能力者であるということ。

 ちなみに、美紗子と綺もその中に含まれている。

 今回声をかけたのは残りの八人だ。


 戦十乙女と呼ばれている人物たちを招集した理由は一つ。

 彼女たちの力を借りて、豪龍組に占拠されたラバース支社ビルを奪い返すためだ。


 もはや生徒会の力だけではどうにもならない。

 それほどまでに敵は強大で、この街は歪んでしまった。

 今こそ豪龍に反抗する者の力を一つに合わせなくてはならない。


 戦十乙女による連合が成功すれば、かつてないほど街の意思は統一される。

 豪龍打倒後は、そのまま混乱したL.N.T.の治安を立て直すことも可能かもしれない。

 紗枝はそんな期待に胸を高鳴らせながら、細心の注意を払って一番いい紅茶の葉を選んでいた。


 ドアをノックする音が響いた。


「どうぞ」

「失礼します」


 美紗子が声をかけると控え目にドアが開いた。


 恭しくお辞儀をしながら、ポニーテールの女生徒が入ってくる。

 美紗子は席を立って彼女に歓迎の言葉を伝えた。

 紗枝も作業の手を止めて頭を下げる。


「ようこそ本郷さん。本日はご足労ありがとうございます」

「少し早く来すぎたみたいですね」

「いいえ。よかったら時間までゆっくりしていてくださいね」


 一見するとトップクラスの能力者とは思えない、柔らかい物腰の女生徒である。

 しかし、そう見えても彼女は水学内ではかなりの有名人である。


 紗枝も彼女のことはよく知っていた。

 弓道部の部長、名前は本郷蜜ほんごうみつ


 争いを好まない性格で、いわゆる夜の住人ではない。

 しかし能力者としての素養は非常に高い女生徒だ。


 たった一人で二つのチームを壊滅させたこともあるらしい。

 最強の十人に名を連ねるにふさわしい人物の一人と言えるだろう。


 教室中央には机が円卓状に並べてある。

 密はそのうち一つに遠慮がちに腰かけた。


「どうぞ。お紅茶です」

「ありがとうございます」


 紗枝が密の席に紅茶を差し出すと、彼女はニコリと微笑んで感謝の言葉をくれた。


 この人はいい人だ。

 紗枝は少しだけ緊張がほぐれた気がした。


 残るゲストはあと七人。

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