9 学園長の能力
「みんな、無事っ!?」
エイミーは四階奥の教室に飛び込んだ。
そこで両手両足を拘束され、壁際の手すりに繋がれた人質たちを発見する。
「エイミーさんっ!?」
最初に反応したのは清子だった。
彼女は学園創立時の特別顧問でもある。
L.N.T.に来る以前、学生時代からの知り合いだ。
「遅くなってごめんなさい!」
エイミーは清子の背後にしゃがみ込んで、腕を縛っている紐を解きはじめた。
「その格好、もしかして……」
「大丈夫。みんなが受けた苦しみに比べれば、なんてことないよ」
甲原へのハニートラップから直接ここに向かったため、エイミーは裸のままである。
人質の中にはむしろ彼女を気遣わしげに眺める者もいた。
「下で美紗子ちゃんたちがテロリストを引き付けてくれてる。今のうちに逃げるよ」
清子を縛っている紐は意外と硬かった。
エイミーは解くのに苦戦する。
「逃げるって、どこから……」
「そこの救助袋を使うの」
第一校舎の二階より上はほぼ一本道になっている。
万が一のときに備え、各階の下り階段とは逆端の部屋に滑り台式の避難器具が備え付けてある。
幸運なことにそれがこの部屋なのだ。
景観を損なわないよう特殊な装飾を施してあり、傍目にはわかりにくい。
ある意味では致命的な欠陥であるが、今回はそれがテロリストたちの目を誤魔化したわけだ。
「おっけー!」
エイミーは清子を縛った紐を解くことに成功する。
「それじゃ、清子ちゃんは他の人の縄を解いて上げて。私は避難器具を用意しておくから」
「は、はい」
他の人質の解放は彼女に任せてエイミーは救助袋の入った木箱を開ける。
「きゃあっ!」
と、人質の誰かが急に叫び声を上げた。
「どうしたの!?」
「エイミーさん、血っ! 背中! 大丈夫ですかっ!?」
彼女の視線はエイミーの背中に注がれていた。
後ろ手でその辺りに触れてみると、まだ乾いていない血がべったりと付着している。
「ああ、大丈夫。なんともないよ」
エイミーはにっこりと微笑んでみせた。
確かに血は付いているが別に傷があるわけではない。
もっと正確に言えば、すでに塞がっているのだ。
「絶対無事で逃がしてあげるから、もう少し待っててね」
エイミーは彼女を安心させるように言って、救助袋を取り出す作業に戻った。
箱には鍵がかかっているようだ。
鍵はないので壊さなくてはならない。
「動くな!」
テロリストの一人が部屋に入ってきた。
甲原に立崎と呼ばれていたメンバーである。
必要とあれば即座に銃の引き金を引く、かなりの危険人物だ。
立崎は拳銃を構えつつ、室内を見回した。
その眼がエイミーに辿り着く。
眉根が僅かにつり上がる。
「死体がなかったのでもしやと思ったが、やはり生きていたのか」
「おあいにく様。そう簡単に殺されてあげないよ」
「たいした精神力だが、撃たれて傷ついた体で動き回っては死期を早めるだけだぞ。もっとも貴様はここで死ぬのだがな」
「ぷっ」
エイミーは思わず吹き出した。
この子は勘違いをしている。
「何がおかしい」
「誰が傷ついてるって?」
エイミーは立ち上がって両手を開いた。
一糸まとわぬ体を立崎に見せつける。
胸のあたりには確かに血が付着している。
しかし、傷口はどこにも見当たらない。
「バカな! 確かに銃弾が体を貫いたはずだ!」
「見間違えたんじゃないのかな? っていうか、さっきから貴様、きさまって、年上に向かってシツレイだと思うんだけど、その辺どう思う?」
めったに見せないエイミーの叱責。
だが、別に相手を挑発しているわけではない。
敵の注目を自分に向け、人質を守ろうとしているのだ。
「悪いけど、ちょっとだけ痛い目に合ってもらうよ」
エイミーにとって僥倖だったことは二つ。
立崎がたった一人で戻ってきたこと。
そして立崎が女であったことだ。
「私もちょっとはやるってところ、見せてあげるからね!」
エイミーが走り込む。
ステップを踏み、縦に回転した。
逆立ちになって立崎の顔を太ももで挟む。
そのまま勢いに任せて倒れ込む。
前に出る勢いのまま、立崎の後頭部を地面に打ち付けた。
「くっ……!」
しかし立崎は気を失わない。
銃口を向け、狙いを定めて引き金を引く。
その動きに無駄はなく、弾丸はエイミーの胸の間を貫通した。
「きゃあああっ!」
盛大な血しぶきがあがった。
部屋の中に人質たちの叫び声が響く。
立崎はニヤリと勝利の笑みを浮かべた。
が、次の瞬間、その眼は驚愕に見開かれる。
胸を撃ち貫かれても、エイミーは動きを止めなかった。
立崎の握っていた拳銃を掴んで強引に奪い取る。
「貴様、SHIP能力者か!?」
「そうだよ」
エイミーは奪った拳銃を振り上げた。
グリップ部分で立崎の頭を思いっきり殴りつける。
「が、はっ……」
倒れた立崎の側にしゃがみ込み、今度こそ彼女が気絶したのを確認。
人質の男子生徒がわなわなと震えながらエイミーの胸を指さした。
「え、エイミーさん、胸、撃たれてっ……!」
「ああ、これ? 大丈夫だよ」
確かにエイミーは拳銃で撃たれた。
しかし、胸の傷はもうすっかり塞がっている。
飛び散った血こそ付着しているものの傷痕は残っていない。
エイミーは最高クラスのSHIP能力である。
あらゆる傷を即座に癒す『超回復』の持ち主なのだ。
「それより早く脱出するよ! 自由になった人からこの中に入って!」
滑り台式の脱出機具を取り出して窓の外に放り投げる。
エイミーは清子と一緒に人質の縄を解く作業に戻った。
※
甲原は動けなかった。
それが何故かはわからない。
縛られているわけでも、重石を背負わされているわけでもない。
気圧されているとしか言いようがなかった。
目の前に立つ麻布美紗子の気迫に。
「最後の忠告よ。≪
麻布美紗子の能力は知っている。
凄まじい怪力を持つ『剛力』のSHIP能力者だ。
人間を片手で投げることも、重量のある物体を武器にすることもできる。
シンプルだが強力な能力者である。
伊達に水学の生徒会を纏めているわけではない。
だが、甲原が手に入れた《|魔天使の翼(デビルウイング)》はそれより遥かに強いはずだ。
自由自在に宙を飛ぶ高機動ユニット。
翼はマシンガンの猛攻をも完全に防ぐ鉄壁の盾。
素手で捕まえることはおろか、投擲などの攻撃も通用しないはずだ。
なのに何故。
この女は自信を保っていられるのか。
確かに≪
赤坂綺も機動力にものを言わせ、接近からの投げ技をメインに戦うスタイルを取っていた。
守りが鉄壁ならば、決して負けることはない。
≪
ならば、銃を持っている自分の方が圧倒的に有利のはずだ。
そうだ、あれはただのハッタリだ。
自信があるフリをして甲原をビビらせようとしているだけ。
言葉だけで相手を委縮させる気迫は流石である。
だが経験の長さと実力の差は、必ずしもイコールでは結ばれない。
「こ、交渉は終わったと言ったはずだ。ゴチャゴチャ言わずかかってこい。それとも俺が……いや、お前の後輩の能力が怖いのか?」
あえて甲原は挑発をしてみせる。
怒り任せに飛び込んでくれば、その奇麗な顔に銃弾をぶち込んでやろう。
先のことを考えれば、ここで一人くらい殺しておいた方が、自分に自信もつくというものだ。
「そうね。仕方ないけど、覚悟を決めたわ」
美紗子が言う。
その顔は敗北を受け入れた者の表情ではない。
「人の話を聞かないで飛び込んでいった綺も悪いんだもの。少しくらい反省してもらわないとね」
「な、何を言っている。赤坂綺ならそこで眠っているのが見えないのか? お前の相手はこの――」
そこまで言ったところで甲原は見た。
麻布美紗子の右手で光る、銀色に輝くジョイストーンを。
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