8 無謀な後輩
三階廊下に銃声が絶え間なく響いている。
美紗子たちはこの階に来るなり、即座に見張り三人のうち二人を倒した。
その直後、四階から援軍が下りてきた。
彼らは美紗子たちが隠れている柱に向かって交代で自動小銃を乱射し続けている。
轟音の中、美紗子は勝利を確信していた。
降りてきた人物の中にリーダーである甲原の姿が見えたからだ。
敵は三階まで上ってきた美紗子たちを脅威と判断し、ここに戦力を集中させている。
今ごろエイミーが人質を救出しているだろう。
自分たちはその間、ここに敵を張り付け時間を稼ぐだけでいい。
彼らは足止めをしているつもりかもしれないが、有利になるのはこっちの方だ。
だが、綺はそう考えなかったらしい。
「このままじゃキリがありません。突入します」
真っ赤な輝きを放つ≪
「ダメよ! エイミーさんが人質を救出するまでは下手に動かない方がいいわ」
「学園長が侵入してすでにかなりの時間が経っているんですよ? 救出に失敗して捕まっていないって保障はありませんよ」
確かに、その可能性はゼロではない。
エイミーが動けない状況なら時間稼ぎも意味がなくなる。
「けど……」
「どっちにしろ、ここでテロの首謀者を捕らえれば、それで解決します!」
綺はもう完全に攻めるつもりだ。
彼女の言う通り、敵のボスを倒して先に進むのも方法の一つだとは思うが……
「行きます。援護をお願いします」
「あっ、待ちなさい!」
美紗子が止める間もなかった。
綺は翼を広げて弾幕の中に飛び込んでいく。
狭い廊下の天井スレスレを飛翔し、ものすごい速度で敵へ近づいていく。
弾道が綺の方を向いた。
綺は翼を前面に展開して防御。
銃弾が当たる硬質な音が連続で響く。
こうなったら仕方ない。
美紗子も覚悟を決めた。
廊下の端に備え付けられていた消化器を手に取り、自動小銃を乱射している男めがけて投げつける。
「ぎゃっ!」
軽々と放り投げられた消化器が男の足に命中する。
射撃手が怯むと同時に綺が急降下し、敵の首を掴んで縦回転。
その勢いのまま掴んだ男を後方にいる別のテロリストめがけて投げつける。
「ごぶっ!?」
「ぐえっ!」
「さあ、あと少しね!」
あっさりと二人まとめて始末した綺だが、その動きは止まらない。
「くそっ! 能力者がッ!」
別の男が綺に銃を乱射するが、弾丸はすべて≪
「無駄よ!」
綺が敵を引き付けている間に、美紗子は二本目の消化器を手に取る。
それと同時に近くにいた別の一人が綺に投げられて戦闘不能になっていた。
美紗子は走り込みながら消化器を投げる。
後方にいる男の顔面にヒット。
倒れて動かなくなる。
残るは二人。
甲原と、その隣の拳銃を持った男だけだ。
綺は迷わず甲原に向かって突撃する。
美紗子は後ろから彼女の後を追う。
綺の細い手が甲原の腕に触れた。
先ほどと同じく、投げ飛ばそうとして……
次の瞬間。
地面に倒れていたのは綺の方だった。
「なっ!?」
美紗子はとっさに足を止めた。
一体、何が起こった?
綺はたしかに甲原を投げた。
ところが甲原は空中で回転し、見事に地面に降り立った。
逆に綺の方が急激に力が抜けたように、その場で倒れてしまったのだ。
綺の背中の≪
ジョイストーンに戻って彼女の手からこぼれ落ちた
「まさか能力制限を解除されていたとはね。してやられたよ」
甲原は薄笑いを浮かべ、綺の落としたジョイストーンを拾う。
「しかし、それはつまりこちらも能力を使えるということだ。懐柔のために受け取ったジョイストーンがさっそく役に立ってくれたよ」
足を止めた美紗子に向かって甲原はゆっくりと近づいてくる。
「生徒会長の麻布美紗子か。とすると、独断による暴走ではないようだね? これは交渉決裂と見て良いだろうか」
「くっ……」
誤算だった。
甲原が渡した能力を使ってくる可能性は考えていた。
だが、まさか綺がやられるなんてことは夢にも思っていなかったのだ。
ヘルサードがどんな能力を選んで渡したかは聞いていない。
すでに『転校』した生徒のJOYなんて、どうせたいした能力ではないと思っていた。
「同志立崎」
「はっ」
「上に行って人質を殺して来い」
「何人ほど?」
「全員だ。もはや交渉の余地はない」
立崎と呼ばれたテロリストのメンバーが息を飲む気配が伝わった。
「しかし……」
「いいからやれ。情は見せるなよ」
「っ! わ、わかりました」
「待ちなさい!」
抗議するそぶりは見せたものの、結局は甲原の言葉に従った。
立崎は美紗子の静止を無視して四階へと向かっていく。
「おっと、あなたの出番はここまでだよ。生徒会長殿」
追いかけようとする美紗子の行く手を阻むように甲原が立ち塞がる。
「人質を殺したらあなた達もただでは済まないわよ」
「仕方ないさ。交渉は決裂してしまったのだからね」
甲原はやれやれと肩をすくめた。
胸元からジョイストーンを取り出し美紗子の足元に放り投げる。
当然、抵抗されるものと思っていたので、彼がなぜそんな行動をしたのか理解できない。
「それにしても驚いたよ、まさかたった二人で乗り込んでくるとはね。我々も随分と舐められたものだ」
「降参するなら人質を殺す必要はないわ。無用な殺生は立場を悪くするだけよ。すぐに止めさせて」
「誰が降参すると言ったかな?」
甲原は掲げた手を顔の前に降ろし、その手に握ったジョイストーンを見せつける。
「まさか……!」
「そう。たとえ人質を失っても、これがあれば俺はどこへでも逃げることができる」
JOY能力はその所有者固有の能力である。
しかし、あくまで力を発現するのはジョイストーンという物質だ。
すでに能力を内包したジョイストーンは、他人の手に渡っても、その力を発現させることができる。
「いま君の足元に投げたJOYは≪
唾を吐き捨て、甲原はニヤリと笑う。
「だが、こいつは違うだろう? 新入生である赤坂綺をして三帝とまで呼ばしめたJOY。その圧倒的な力はたった今この目で見せてもらったからな!」
甲原の体がまばゆい光を放つ。
美紗子は放り投げられたジョイストーンを拾うことも忘れてその光景を眺めていた。
綺のJOYを奪い、その力を行使する甲原の姿を。
「……さあ。どれほどのものか試してくれよう!」
光が止んだ。
甲原の背中から、赤く輝く翼が生えていた。
奪われてしまった。
綺の半身とも言える大切なJOYを。
圧倒的な防御力と機動力を持つ≪
「くっ……」
美紗子は歯噛みした。
もう、どうしようもない。
こうなったら覚悟を決めるしかない。
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