7 ふたりだけの突入部隊
「ちくしょう! 来るなら来てみやがれっ!」
二階廊下で見張りに立つメンバーの名は
首からストラップをかけた自動小銃を手に、単発モードで威嚇射撃を行なっていた。
洋館のような水瀬学園第一校舎の一階と二階、それから二階と三階を繋ぐ階段は、それぞれ校舎の反対側に片方ずつしか存在しない。
一階のどこから侵入されても三階に行くにはこの廊下を通らなくてはならない。
そこを守護する二階廊下の守備隊には、強力なアサルトライフルが持たされている。
その彼らが、何者かの奇襲を受けた。
すでに倒された同志が一階側の階段の横でぐったりとしている。
一階には四か所にそれぞれ三人ずつ計十二人の見張りがいたはずだ。
その目を盗んで、あるいはいずれかを無力化させて二階まで上がってきた者がいる。
運営が強硬策に出ることはもちろん想定の範囲内であった。
しかし一階の同志から何の連絡もないまま二階にまで侵入されるとは、いったいどうしたことか?
数回に及ぶ威嚇射撃にも侵入者は姿を現さない。
下手に乱射すれば倒れている同志に当たる危険性がある。
涼太はもう一人の同志、
すると。
「うわっ!?」
柱の影からなにかが飛び出して来た。
真っ赤な翼を広げたそれは、瞬く間に距離を縮めてくる。
「ぶげっ」
赤い何かは勢いのまま真司の体にぶつかった。
そのまま真司は天井まで撥ね飛ばされ、地面に落ちて気を失った。
涼太は自分を通り過ぎた赤い翼の方を向いて、反射的にライフルの引き金を引く。
秒間十数発の弾丸が暴力的な音を伴って撃ち出さる。
蛍光灯や窓ガラスを粉々に粉砕し、壁に無数の穴を穿つ。
しかし、閉じた赤い翼はビクともしない。
その場で静止したままだ。
なんだこれは?
一体何が起こっている?
「うわあああああっ!?」
恐怖に駆られた涼太の叫び声は銃声にかき消された。
あれは一体何物だ。
涼太は夜の住人や能力者を間近で見たことがない。
ライフルの掃射を食らって微動だにしないモノの存在が理解できないのだ。
いや、例え能力者の存在を知っていたとしても、これほどまでに頑強な防御力を見れば平静ではいられなかったかもしれない。
轟音と閃光が視覚と聴覚を混乱させる。
夢の中にいるような気分になる。
体が宙に浮いているようだ。
気のせいではなかった。
すでに地は足に着いていない。
視界がグルリと回転する。
手に持っていた小銃を強引に剥ぎ取られる。
武器を失った涼太は容赦なく放り投げられ、頭を壁にぶつけて気絶した。
※
「綺、大丈夫?」
美紗子は投げ飛ばしたテロリストが気を失ったことを確認してから、小銃の掃射に耐えていた綺に声をかけた。
蛍光灯の明かりを失った廊下は暗い。
暗闇でもやけに目立つ深紅の翼がバッと広がる。
翼の中からかすり傷一つ負っていない赤坂綺が姿を表した。
「はい、大丈夫ですよ」
美紗子ももちろん≪
とはいえ、銃の乱射を受けているのを見るのは気が気ではない。
彼女の元気な様子に美紗子はひとまず安堵した。
「もう少し接近させてから二人で攻めるべきでしたよ。その方が安全だったわ」
「いいんですよこれで。時間との勝負ですからね」
美紗子が注意するも、綺は反省した様子もなく二コリと微笑んだ。
二階に上がってすぐ美紗子たちは出くわしたテロの一人を倒した。
だが残った敵に死角から銃で牽制され、その場に釘付けにされてしまったのだ。
どうやってやり過ごすか考えていると、綺が一人で勝手に敵中に突っ込んでしまった。
銃を装備した男二人に向かっていくなど生半可な度胸ではない。
いくらJOYに自信があると言ってもだ。
残り時間を考えれば綺の判断は間違っているとも言い切れない。
それにしても、彼女の行動はあまりにも無謀すぎた。
「今回は無事に勝てたからいいけど、次からはもう少し慎重に行動しなさい。私たちがこの作戦に失敗すれば人質全員の命が危険にさらされるんですからね」
「はーい」
無鉄砲な後輩を叱咤するも、彼女は気のない返事をした。
美紗子はため息を吐いて拾い上げた銃を二つに折る。
「うわあ、美紗子さんすごい」
常識はずれな怪力に綺が感嘆の声を上げる。
この『剛力』こそ美紗子のSHIP能力である。
怯えながら銃を乱射する生徒の後ろから近づき、力任せに投げ飛ばすなど造作もないことだ。
シンプルだけにとてつもなく強力な能力である。
「美紗子さんだけは絶対に怒らせたくないですよね」
「だったらもう少しいうことを聞きなさい。続けて行くわよ」
テロが落とした武器をすべて使用不可能にして、二人はさらに上の階を目指す。
それにしても、綺が味方で本当によかったと美紗子は思う。
彼女のJOY≪
それに加えて綺自身の危険を恐れない勇敢な性格。
こんなに頼れる味方は他にいない。
突入部隊に彼女を加えることに不安は少しあったが、これなら問題なくテロリストを制圧できそうだ。
しかし、うまく言えないが、彼女は同時に危うさも持ち合わせている。
突っ走って暴走しすぎないよう自分がフォローしてあげなければ。
美紗子は前を走る後輩の背中を眺めながらそう誓った。
制服をすり抜けて背中から生えた赤い翼が、美紗子の想いに応えるようにひらひらと揺れた。
※
四階のとある一室で、甲原は蕩けた顔でぐったりとしていた。
彼の隣には布団も敷かずに横たわるエイミーがいる。
この世のものとは思えないほどの心地よさであった。
そもそも十七年間も生きてきて初めてなのである。
しかも相手は理想を絵にかいたような女性だ。
尋問のつもりでイタズラしてやろうと思っただけなのに、ここまでやれてしまうなんて。
しかもエイミーは嫌な顔一つせずに甲原を受け入れてくれた。
「よかったぞ、エイミー」
「はい……こちらこそ、ありがとうございました」
甘えるように寄り添うエイミー。
そのうえでこんな殊勝なことまで言うのだ。
甲原はすっかり彼女の恋人になった気分だった。
まさかエイミーは本当に自分のことを好いているのではないだろうか?
甲原の嫌うL.N.T.の絶対統制において、学園長であるエイミーは決して手の届かない高嶺の花だった。
そのエイミーが恋人のように、あるいは奴隷のように、甲原の思い通りに乱れてくれる。
彼は今すぐ死んでも悔いはないと思えるくらいに満足していた。
強力な能力を手に入れることも、外の世界で帝王として君臨することも、もはやどうでもいいと思ってしまうほどに。
「愛しているぞ、エイミー……」
余韻を味わいつつ、甲原はエイミーの胸に顔を埋める。
彼女は嫌な顔一つせずに微笑んで甲原の頭を抱いてくれた。
両頬に当たる心地よい感触に、このまま眠ってしまいたいと思った時。
「甲原さんっ、大変ですっ!」
ドアをノックする音と、同志の声が飛び込んでくる。
「甲原さんっ、甲原さんっ!?」
「聞こえている、何事だ!」
無視しようかとも思ったが、こううるさくてはかなわない。
甲原は普段通りの険しい声をつくって答えた。
「侵入者です! すでに二階は全滅、三階で防衛部隊が交戦しています!」
「なんだとっ!?」
甲原はとっさに跳び起きてエイミーを睨みつける。
彼女は困惑した表情で首を横に振った。
運営か生徒会か知らないが、エイミーはこの件を知らないのだ。
彼女を新たな人質として差し出しておきながら、見捨てるようなマネをしたというのか?
「すぐに行く! お前は他の同志を連れて三階に援護へ行け!」
全員で四階に陣取って人質を盾にした方が賢明ではある。
しかし、甲原はあえてそのように命令を下した。
服を着る時間が欲しかったからである。
「わ、わかりました!」
同志の声が足音と共に遠ざかるのを確認してから、甲原は脱ぎ捨てたズボンを履いた。
彼が感じているのは、とてつもない怒りだった。
エイミーの安全を無視して強硬策を取る侵入者に対する怒り。
甲原の頭の中では、すでに自分は彼女を守るナイト役へと変わっていた。
「甲原くん」
「どうしたエイミー。お前も早く服を着て――」
声に反応して振り向いた、その瞬間。
裸のエイミーに突き飛ばされ、あえなくバランスを崩してしまう。
ズボンを履こうと片足を上げていた状態だったので、間抜けな格好のまま倒れてしまった。
「な、なにをするっ」
「騙してごめんね?」
混乱する甲原を横目に、エイミーは甲原の拳銃を奪って部屋から出て行った。
廊下を曲がり、人質のいる部屋へと向かう姿を目にして、ようやく騙されていたことに気づく。
「ま、待てっ!」
「待たないよっ!」
素早くズボンを履き、上半身裸のまま廊下へと飛び出す。
裸のままのエイミーの後ろ姿が目に映る。
甲原は顔を紅潮させた。
その時である。
「あっ?」
エイミーの背中から、鮮血が吹き出した。
彼女の小柄な体がゆらりと前のめりに倒れる。
甲原は背後を振り向いた。
そこには同志
「やはり学園長はスパイだったのですね。尋問には屈しなかったのですか?」
「お、お前っ……」
立崎はアカネの月でサブリーダー的な人物である。
甲原にリーダーこそ譲ったものの、冷静な判断力と高い知能を持つチームの要だ。
「なぜ撃った! 殺す必要はなかっただろう!」
「何を言っているのです? 人質を解放されては我々の作戦が台無しでしょう。スパイと判明した以上は安全のため抹殺するのは当然だと思いますが……」
甲原は歯ぎしりをした。
裏切られたのはもちろん悔しい。
しかし、彼はエイミーに対して特別な感情を持ち始めていた。
敵とは言え愛する人が目の前で撃ち殺されて平静でいられるほど、彼は大人ではない。
「さあ、早く三階に行きましょう」
「わかっている!」
甲原はやり場のない怒りを大声で紛らわした。
立崎から予備の拳銃を受け取り、三階に降りる階段に向かう。
最後にエイミーの姿をもう一度見ようと思ったが、悲しくなりそうなのでやめた。
だから、甲原は倒れているはずのエイミーが、すでにそこに居ないことに気付かなかった。
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