5 作戦前の根回し

「えっと、つまり普段よりちょっと早く能力制限時間が解除されるから、その間にキャッツのメンバーが変なことしないよう一か所に集めて、大人しくさせておけってこと?」


 美紗子はフェアリーキャッツのリーダー深川花子ふかがわはなこの自宅を訪れていた。

 テロリスト対応時に起きうる可能性のある問題点をざっと説明する。


 パジャマ姿のまま出てきた花子はニヤニヤと笑っていた。

 この状況が楽しくてたまらないらしい。


「八時からの二時間……いえ、一時間だけでいいの。その後はいつも通りに騒いでも問題ないから」


 現在時刻は夕方五時。

 作戦決行の三時間前である。


 夜の間こそ相容れない立場同士とはいえ、花子とはそれなりに付き合いも長い。

 実は彼女の家に訪れるのもこれが四回目である。


「おっけー。別に難しいことでもないし、学園の危機に協力は惜しまないよ」

「ありがとう」


 色のいい返事を聞くことができてよかった。

 やはり彼女も水学の生徒である。

 学園を思う気持ちは同じなのだ。


「なんならキャッツ全員で手伝いに行こうか? テロリストなんか一〇分でボロ雑巾にして千田川に放り込んであげるよ」

「気持は嬉しいけれど、人質がいるからあまり大っぴらな行動はできないの」

「わかった。じゃあ学校のことは任せるよん」


 親指を立て明るい笑顔を見せる花子。

 幼さの残るその表情は昔と変わっていない。


「あ、エイミーさんにもしものことがあったら、マジで許さないからね」


 一転して真剣な表情になる。

 彼女も中学時代にはエイミーに世話になっている。

 もちろん、学園長を尊敬している気持ちは美紗子も変わりがない。


「わかってるわ」


 美紗子は深くうなずいた。




   ※


『ライドオンのリーダーと話がつきました。十時までは大人しくしてくれるそうです』


 生徒会専用の無線機から副会長の中野聡美なかのさとみの声が聞こえてくる。


「ごくろうさま。こっちも上手くいったわ」


 水学の生徒会役員たちは現在、八時に予定されている能力制限空白時間が始まる前に、手分けして各地の有力グループへと自粛を呼びかけるべく奔走していた。


 最大勢力フェアリーキャッツのリーダーである花子の所には美紗子が自ら赴いた。

 他の役員たちも水学の生徒が指揮を執っている有名能力者の説得に向かっている。


『よく深川花子を説得できましたね。彼女が協力するとなれば後に続くグループも多いでしょう』

「彼女も水学の生徒よ。こういった状況になれば協力してくれるわよ」

『信じられますか?』

「疑っていては何もできないわ。それより残りのグループもしっかりお願いね」


 了解、の声とともに通信は終わった。

 美紗子は無線機を鞄にしまう。


 あの作戦が決定した以上、一番の問題はテロそのものではない。

 気を付けるべきは普段よりも早い能力制限解除の副作用。

 暴走する可能性のある能力者たちの方だ。


 事情を知った夜の住人たちの中には自分たちがテロリストを排除しようと考える者もいるだろう。

 彼らに勝手な行動を起こされては、すべてが台無しになってしまう。

 作戦決行前にしっかりと釘を刺しておかなくては。


「お疲れさまです、美紗子さん」


 集合場所に戻ろうとしていた所で、綺に声をかけられた。

 生徒会役員として年季が浅い彼女にグループリーダーの説得は任せていない。

 作戦決行前に休息を取ってもらっていたのだが、美紗子を心配してついてきてくれたらしい。


「お疲れ様、赤坂さん」

「二人っきりなんだから綺って呼んでくれてもいいのに」


 からかうように言うので、美紗子は苦笑した。

 たぶん、緊張を解そうとしてくれているのだろう。


「集合は七時半よ。それまでもう少し休んでなさい」

「美紗子さんが休むなら私も休みますよ」

「私もこれから少し休むわ。花子さんのところだけは他の人に任せられないからね」


 街道に出て、二人でバスが来るのを待つ。


「今回の作戦はやっぱり無茶だと思います」


 綺が珍しく不安そうな声で言った。


「あら、どうして?」

「制圧を行うのが二人だけなんて、いくらなんでも少なすぎると思いませんか?」


 能力制限の解放と共に精鋭部隊が第一校舎へと乗り込む。

 その役目を任されたのは美紗子と綺の二人である。


 隠密性を維持するための少数精鋭という意図もある。

 しかし一番の理由は、街の能力者たちの監視に人員を割く必要があるからだ。


 美紗子としては作戦が決まった時点でテロとの戦いには勝利を確信している。

 このL.N.T.において能力者とそうでない者の力の差はそれほどまでに大きいのだ。


 だが、綺はL.N.T.に来てまだ一年足らずと経験が浅い。

 現実的に考えて銃器で武装した相手と戦うことに不安を感じているのだろう。

 彼女がこれまでに戦ってきた高位の能力者たちの方が遥かに恐ろしい相手だと言うのに……


 美紗子は黙って綺の頭を胸に抱いた。


「み、美紗子さんっ?」

「大丈夫よ。私と綺が組めば、絶対に無敵なんだから」


 綺の長い黒髪を梳くように撫でる。

 ぴくり、と彼女の体が反応したのがわかった。

 二人っきりの時でもたまには先輩らしく振る舞ってみたい。


「絶対に上手くいくから。綺は自分にもっと自信を持って」

「美紗子さん……」


 綺の手が美紗子の腰に回る。

 美紗子はそれに答えようと、抱きしめる手に力を込めたが、


「あらあら、まだ日も沈まないうちからお盛んなことですわね」

「ふあっ!?」


 突然横から声をかけられ慌てて綺の体を離す。


 美女学の生徒会長、神田和代かんだかずよがすぐ側に立っていた。

 その隣には美紗子の友人、四谷千尋よつやちひろもいる。


「か、神田さんっ、ごきげんようございますっ」

「ごきげんよう。水学の生徒会は先輩後輩の仲がよろしくって羨ましいですわ」

「そそ、そういう神田さんこそ、最近はいつも千尋さんと一緒ですね」

「私とちーちゃんは誰もが認めるベストカップルですもの」


 意趣返しのつもりだったが、和代はむしろ胸を張って誇らしく言った。


「和代さん、別に対抗しなくてもいいと思う……」


 美隷女学院生徒会長の神田和代と水学の『穏やかな剣士』四谷千尋。

 二人は夜の見回りなどでよく協力しており、最近は割と良好な関係を築いている。

 以前は因縁のライバル関係にあったが、対抗試合を経て完全に対等な友人となれたらしい。

 美紗子と綺の関係とは違って、和代が言うような恋人同士ではないようだが。


「で、自信はおありですの?」

「ええ。問題ないわ」


 真面目な表情で尋ねる和代に美紗子は自信満々で答えた。


「なら結構ですわ。美女学の生徒におかしなマネをさせませんから、貴女方は気がねなく狼藉者退治をしてきてください」

「美紗子さん、がんばってね」

「ありがとう神田さん、千尋さん」


 彼女たちにも能力制限の空白時間に能力者たちを抑えてもらうよう協力を依頼してある。

 荏原恋歌えばられんかが不在の今、和代の下で統制の取れている美女学はほぼ問題ないだろう。

 千尋と一緒なら強硬手段に訴える人間が現れても対処は可能だ。


「それより心配なのは爆高のバカどもですわ。そちらの方は大丈夫ですの?」

「ミイさんが責任を持って抑えてくれるらしいわ」

「う」

「あっ、それなら大丈夫ね!」


 心底から嫌そうな表情をする和代。

 対照的に千尋はヘルサードを信頼しているようだった。


 能力者の比率は少ないが、素行的に危ない人間が多いのは圧倒的に爆撃高校である。

 テロリスト相手に勝手な行動を起こすことはないとしても、調子に乗って暴れるのは心配だ。


 今回は爆撃高校の校長でもあるヘルサードが彼らを抑える役目を買って出てくれた。

 言いだしっぺなら当然だが、彼が積極的に問題事に関わるのは珍しい。

 夏前に花子が豪龍と揉めた時以来だろうか。


「いくらあの方でも、何十人もいる能力者たちをひとりで抑えられるでしょうかね……」


 和代はかつて水学から離反した過去がある。

 ヘルサードに対してもどこか懐疑的なようだ。


「大丈夫よ。約束してくれたんだから」


 美紗子たちのヘルサードに対する感情はほとんど崇拝と言っていい。

 あの人が任せろと言ったからには絶対に大丈夫だ。

 そう信じて――いや、確信している。


「……そうね、信用するしかないですわね」


 和代がしぶしぶ納得したところで、ちょうどバスがやってきた。

 バスに乗り込む前、ずっと黙っていた綺の手を取る。

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。

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