3 旧友

 時刻は午後六時。

 甲原剛司こうはらたけし率いる『アカネの月』が水瀬学園第一校舎に立てこもってから、すでに三時間あまりが経過しようとていた。


 アカネの月のメンバーは甲原を含めて二十三名。

 みな水瀬学園に在籍する生徒たちである。


「三階廊下異常ありません」

「ごくろう同志。引き続き状況報告を続けてくれ」

「はっ」


 軍隊のように敬礼をして配置につく構成員の男子。

 同志を答礼して見送った甲原に人質が話しかけてきた。


「まるで過激派テロ組織だな。それとも怪しいカルト宗教か? 一体いつから教祖様になったんだ?」

「貴様、黙れ!」


 嘲笑まじりに甲原を非難する男に別の同志が銃を向けた。


「止めろ」


 甲原がそう言うと、彼は声を発した人質――内藤清次ないとうきよつぐを睨みながら、渋々と銃を下ろした。


「厳格な指揮系統を徹底しているのは作戦を滞りなく成功させるためだ。我ら同志たちの間に身分的上下関係は存在ない」

「同志ねえ……ますます胡散臭いぜ。いや、こんなことしてる時点でまともじゃないか」

「おい、それ以上無駄口を叩くな!」


 先ほどの同志が再び銃口を向ける。

 清次は小馬鹿にしたように肩をすくめてをして口を閉じた。

 この教室には現在、首謀者である甲原と二名の同志、そして人質たちが集められている。


 人質の数は全部で七名。

 いずれも第一校舎とその付近に残っていた生徒および教師だ。

 その中に甲原の中学時代の友人だった清次が含まれていたのは予想外だったが、作戦に変更はない。


 他の同志たちは三人ずつ計六つの班に分かれてそれぞれの場所で見張りを行っている。

 残りの二人はこの教室と各監視所との連絡を密に取り合うため、常に校舎の中を走り回っていた。


 携帯端末や無線は残念ながら手に入らなかった。

 原始的な連絡手段に頼るしかないのは悲しいが、情報のやり取りは欠かせない。

 一時間ごとに交代で連絡役と人質監視役が交代する以外は、時間までこの配置を維持するつもりだ。


「なあ、どうしてこんなことするんだよ」


 懲りずに清次が話しかけてくる。


「ジョイストーンを外に持ち出したって、いいことなんか何もねえよ。能力者が一〇〇人くらい束になったところで日本の警察が本気を出したらひとたまりもないぜ」

「ふん……警察か。自分たちが違法な行為をしているという自覚はあるようだな」

「なんだと?」

「貴様、いい加減に!」

「清次君もうやめて。これ以上彼らを刺激しないで!」


 同志が再び銃を構えるのを見て、隣の女が清次を止める。

 話したことはないが確か学園創設者の一人だ。


「ちっ……わかったよ。清子さん」


 二人は休日に第一校舎で何をしていたのか?

 仲の良さそうな姿を見れば、彼らの関係は大体想像がつく。

 話に付き合うつもりはなかったが、想像するとつい熱が入ってしまう。


「言葉通りの意味さ。この街は歪んでいる。外界から隔絶された都市で非情な人体実験が行われ、いくつもの若い命が奪われてきた。これが犯罪でなくてなんだと言うのだ? 許されざる非道を世の明るみに出し、常識という名の審判を受けさせる。我らは悪と戦っているのだぞ」

「それは違うわ。ラバースは人類の発展のためにジョイストーンを研究しているし、私たち大人はできる限り生徒たちの安全を――」

「黙れ」


 甲原が銃口を向けると、清子という女は悔しそうな顔で口を閉じた。


「貴様らの手前勝手な理屈は聞く耳持たん。重要なのは我らの自由が奪われ、実際に多くの死者が出ているという現実だ」

「わかった、わかったから銃をおろせ」


 彼女を庇うようにロープで縛られた体を前に出そうとする清次。

 その行動に軽い苛立ちを覚えた甲原は軽く舌打ちして語気を強めた。


「お前たち、他の人質を見張っていろ!」


 同志の二人に告げて甲原は清次の胸倉をつかみ上げる。


「なんだよ」

「来い」


 銃口を脇腹に押し付けたまま清次を立たせ、強引に引っ張って歩かせる

 清次は怯えることなく睨み返てくる。

 あまつさえ振り返って女にこう告げた。


「大丈夫、すぐ戻ってくるから」




   ※


「なんだよ、見せしめに殺すならみんなの前でやった方が効果的だぞ」


 隣の資料室に連行するなり、清次は後ろ手を縛られているにも関わらず、器用に近くの机に腰かけて足を組んだ。

 まるで殺せるものなら殺してみろと挑発しているようですらある。

 甲原はそんな彼の態度を見てフッと笑った。


「根拠のない自信満々の態度は相変わらずだな。それで留年してるんだから世話はない」

「お前は変わったぜ。昔からバカだったけど、こんなことはしないやつだと思ってたのに」


 甲原と清次は中学一年の六月からの知り合いである。

 旧水瀬学園中等部時代、共に途中入学組としてやってきた同期生なのだ。


 入学初日に意気投合して以来、クラスではずっと親しくしてきた。

 清次が留年するまでは一番の友人だったと言っても過言ではない。


「で、オレを個人的に呼び出して何をするつもりだ?」


 最悪の結果になれば人質を殺すこともありうる。

 だが、できるなら清次に手はかけたくない。

 甲原は彼を説得することにした。


「単刀直入に言う。我々の同志にならないか?」

「いやだね」


 甲原の誘いを清次は間髪入れずに断る。


「テロの仲間になって清子さんに軽蔑されるくらいなら、今すぐ殺された方がマシさ」

「仲間にならなければその彼女を殺すと行ってもか?」

「どっちにせよ人質を解放する気はないんだろ?」


 清次の言う通りである。

 あの女は学園創設者の一人なのだ。

 思想が完全に運営側なのはわかり切ってることである。


 あれが同志になるわけはない。

 仲間に加えたとしても邪魔なだけだ。


「そうか、説得は無意味か」

「何があったんだよ、あれから」


 さっきまでの挑発的な態度は鳴りをひそめ、清次は神妙な顔つきで問いかける。


「会ってなかったこの一年くらいの間に、お前を変えちまうほどの事件があったのか?」

「特に何があったわけじゃない。しいて言うなら、これまで内に秘めていた鬱憤が溜まりに溜まったタイミングで同志と武器を得ただけ。きっかけさえあれば遅かれ早かれ行動に移していたよ」


 答えてやる義理はない。

 しかし、清次相手には話しておきたい。


「俺たちはずっと抑圧され続けてきた。たとえ街の暗部から目を逸らしたところで、所詮は順番待ちのモルモットに過ぎないのさ。そんな自由のない状況を打破するために俺たちは――」

「嘘だな」


 清次の鋭い声が甲原の言葉を遮った。


「お前の欲しいものは自由なんかじゃない」

「なんだと?」


 甲原は清次を睨み返す。


「では、お前が思う我々が命を賭けてまで得ようとしているものは、いったいなんだというのだ?」

「我々じゃねえだろ。他の奴らは知らないけど、お前が求めているものはもっと個人的なものだ」


 清次はそこでいったん言葉を途切れさせた。

 次の発言次第では殺してやる。

 甲原は覚悟を決めた。


 口の端を吊り上げ、言葉を続ける。


「あの要求を聞いてすぐにわかったぜ。お前は強い能力者に嫉妬してるだけだ。自由とか解放とかは建前で。強力な能力を手に入れて外の一般人を相手に好き勝手やりたいだけだ」


 小馬鹿にするような友人の頭に甲原は黙って銃を押し付けた。。


「悪いか」


 落ち着け、と内心で己に呼びかける。

 しかし声に震えが混じるのが止められない。


「他人の才能を羨んで悪いか。力を持たない人間が、他人から奪って悪いか」


 言葉にするとより怒りが込み上げてくる。

 理性を働かせて怒鳴らないよう声を抑えるだけで精いっぱいだ。


「お前にわかるものか。昔っから人付き合いが上手で、能力者たちの争いなんて関係ないって顔をして、休日には年上の彼女といちゃついてるようなお前に、何一つ持たない俺の気持ちがわかるか!」


 清次の表情から笑みが消えていた。

 本音をぶつける友人の言葉を黙って聞いている。


 甲原は夜の中央で弱小グループに所属していた。

 リーダーではなく、同じクラスの第二段階になった生徒の配下としてである。


 夜の中央では、力がある者は傍若無人な振る舞いも許された。

 眠気を堪えて夜の街に繰り出しても、そこでパシリのように扱われるだけ。


 ある日、そのリーダーはより強力な能力者と争って『転校』した。

 ようやく圧政から解放されたと思ったのもつかの間のこと。

 甲原は新しいグループ内でも奴隷同然に扱われた。


 以後も何度か主は入れ替わったが、最下層から抜け出すことはできなかった。


「俺は覚えている。初めてJOYという力を知った時のあの興奮を。しかし現実は残酷だった。俺たちが憧れたのは、強い能力者に怯えながら暮らす奴隷の生活なんかじゃなかったはずだ!」

「危ないのが嫌なら夜中に出歩かなきゃいいだけだろ」

「そんな臆病な人間を誰が認めてくれる!」


 怒鳴りつけると同時に甲原はハッとした。

 指に力が入っていることに気が付く。


 危うく勢い余って引き金を引いてしまうところだった。

 清次の動じない瞳に見据えられ落ち着きを取り戻す。


「……結局、俺たちは持たざるものだったんだよ。能力は才能ある人間だけの特権だ。弱い者は逃げ出す自由すらなく、平和な外の世界にも戻れない。飼い殺されて青春を浪費するだけだ」

「能力を使って争うだけが青春じゃないだろ」

「恵まれてる者にそうじゃない奴の気持ちはわからんさ」


 話をしているうちに幾分冷静さを取り戻してきた。

 甲原は銃を引っ込めて、部屋の隅からひっぱりだした椅子に腰掛けた。

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