第14話 学園テロリスト
1 犯行声明
流瀬台住宅街の一角にて。
街角に備え付けられたスピーカーが震えた。
ノイズ混じりの音が鳴り響き、男の声が聞こえてくる。
『我々は革命結社、アカネの月である』
謎の人物が発する言葉に、歩いていたL.N.T.市民が足を止めた。
『我々は真にこの街の未来を憂う義士として、そして市民の代表として、今ここに決起した』
同時刻、別の場所でも同じ声が流れていた。
街西部の
『多くの人々が知るように、このL.N.T.は、ラバース社による、新技術開発のための、大規模な実験都市である』
『しかしその実態は、人間をモルモットのように扱う、卑劣な隔離施設であった』
千田街道沿いのファミレスで。
『すでにご存知の方も多いと思われるが、この街に三校ある高等学校の生徒たちは、その多くがJOYという超能力めいた力を所有している』
『力を得たものは毎晩のように夜の街で血みどろの争いを続けている』
『それは一見すると、血気盛んな若者たちの、若さゆえの過ちにも見える。しかし実の所、ラバースが能力開発のために、意図的に若者を争わせていることは明白であり、その過程で何人もの命が失われてきたことも、また揺るがぬ事実なのである』
美隷女学院前のバス停で。
『果たして、このような非道な実験行為が許されるだろうか?』
『否! 断じて許してはならない。しかし、この街に日本国の法は届かず、企業の私腹を肥やすためだけに、若い命が日々奪われ続けている。我らアカネの月は真実を知った。そして、この異常事態を打破するために、立ち上がったのだ!』
そして爆撃高校グラウンドでも。
普段は喋り慣れていないだろう青年のたどたどしい演説が流れる。
『我々が望むのはあくまで平和的な話し合いである。だが、自衛のためにあえて銃火器で武装していることについては、あらかじめ断っておく』
自称革命結社『アカネの月』
そのリーダーである
『なお、我々は現在、水瀬学園第一校舎にて複数の生徒たち、及び教師と行動を共にしている。今晩九時までに街の運営者たちが我々の条件を飲まない場合、彼らの命と安全は保障できない――』
※
千田中央駅近くの雑居ビルにて。
その五階にある水瀬学園生徒会の夜間集合場所。
今は臨時の生徒会本部となったこの場所で、生徒会役員たちはテロリストの犯行声明を聞いていた。
ここには麻布美紗子を中心に役員全員が集合している。
学園長であるエイミーの姿もあった。
「勝手なことを……」
放送が終わると、美紗子は苛立たしげに呟いた。
普段は温和な美紗子が怒りを顕にする姿に他の役員たちは息を飲んだ。
大げさな建前を謳っているが、彼らが行っているのは武力によるテロリズムでしかない。
それも人質を取るという卑怯で悪質な人間だ。
美紗子は咳払いをし、心もち普段より声を低くして言った。
「これより臨時対策会議を始めます」
長机の左右に並ぶ緊張した面持ちの役員たちを見渡す。
赤坂綺は左側の末席に座っていた。
「聞いての通り、水瀬学園第一校舎にテロリストが人質を取って立てこもりました」
美紗子はアカネの月と名乗る団体をはっきりとテロと認定した。
そのことで場の空気はより一層引き締まる。
「彼らは銃火器によって武装していると言っています。本当なら非常に危険な相手ですが、彼らの要求は到底受け入れられるものではありません」
先ほどの放送の続きで出された要求は三つ。
L.N.T.住人に自由に街の外へ出る権利を与えること。
その際にジョイストーンのL.N.T.外への持ちだしを認めること。
能力付与済みのジョイストーンを一〇〇個、アカネの月に差し出すこと。
「街の解放などと言っていますが、彼らは我欲に目が眩んで暴走しているだけに過ぎません。私たちは実験動物などではなく、ラバースに選ばれた『モニター』です。外の世界のためにも現段階でジョイストーンの存在を世に知らしめるわけにはいきません」
JOYやSHIP能力は未だ研究段階である。
この技術が世に出れば、必ずや大きなブレイクスルーになる。
だが、十分な準備期間を経ずに新しい概念だけが世に出ればどうなるか?
力を持つ者と持たない物の差異は必ず軋轢を生む。
最悪の場合は戦争にすらなりかねない。
自分たちはそうならないための空隙。
多少の歪みを飲み込むのが与えられた役目だ。
「犯行グループとの交渉や説得は運営によって行われる予定ですが、彼らの提示した残り時間を考えれば平和的な解決は難しいと思います。そこで我々生徒会にも何ができるかを話し合いたいと思いますが、誰か意見はありますか?」
美紗子は役員全体を見回した。
誰も口を開こうとしない。
これまで彼女たちは夜の街の見回りなどの危険な任務も行ってきた。
しかし人質を取られてのテロ行為という前代未聞の事件には、対処のマニュアルもない。
テロリストの提示した交渉期限は今晩九時まで。
彼らは街のJOY制限が開放される前に終わらせようとしている。
JOY制限の解放時間は夜の十時。
能力が使えなければ生徒会役員もただの女子高生。
当たり前だが、銃で武装した男たちに敵うわけなんてないのだ。
一応、美紗子だけは制限時間外でも戦えるSHIP能力者である。
だが流石に一人で乗り込んでどうにかなるとも思えない。
具体的な解決策は誰も思い浮かばなかった。
ふと、綺の方を見る。
彼女も常にない緊張をしている。
具体的な対策意見は思いつかないようだ。
「とりあえず運営による交渉の結果を待ってみては?」
美紗子から見て左側二番目の席に座る
すると、その意見に対して別の役員が反論する。
「しかし、現状でジョイストーンの存在を一般に公表するなど……」
「要求を受け入れるとは言っていません。人質がいる以上、状況の推移を見守るしかないと言っているのです」
それを皮切りに意見の応酬が始まった。
「テロに屈してはいけません。そうすれば相手は際限なく付け上がるだけです」
「ならば人質の安全を無視して強硬突入しろとでも?」
「そ、そうは言っていません。もっと慎重になるべきだと……」
「やりましょうよ。私たちはいつでも恐れることなく戦ってきたじゃないですか」
「今回は今までとは事情が違います! 相手は銃器で武装しているのですよ!?」
「せめてJOY能力が使えれば……」
「静かにしなさい!」
美紗子は机を叩いて彼女たちを黙らせた。
「発言がある人は挙手してください。中身のない水掛け論は時間の無駄です」
再び部屋の中が静まり返る。
しまった、感情を出し過ぎてしまった。
これでは皆が委縮するだけだと美紗子は反省した。
良くないと思っても、解決策の見えない状況にイライラは募るばかりである。
「学園長は何かいい案がありますか?」
気を取り直してエイミーに意見を求めた。
彼女は会議が始まった時からずっと黙っている。
机に肘をつき、組んだ手を額に当て難しい顔をしていた。
「テロに従うのは絶対にダメだけど、強攻策に出るのは危険だと思う」
まずは現状確認。
それはおそらく全員の共通認識だろう。
その上で、何かしらの意見を聞けるだろうと思っていたが……
「……」
エイミーは黙っている。
どうやら別に考えがあったわけではないらしい。
多少の失望を覚えつつ、何かしら言葉を続けて欲しいと促そうとした時。
「方法ならある」
突然、男性の声が割って入った。
全員がギョッとしてドアの方を向く。
「み……ミイさん!?」
誰かが畏れを込めてその名を呟いた。
部屋の入口に立っていたのは、いつもの特徴的な仮面をかぶった爆撃高校校長。
その名も高き、ミイ=ヘルサードだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。