8 欲望を継ぐ者

「あまり羽目を外しすぎないようにね」


 エイミーはそう注意して二階の自室に戻っていった。

 その後姿を見送った美紗子は心配そうな表情でドアを閉じた。


「どうしました?」


 綺がそんな美紗子を気遣わしげに見ていた。


「エイミーさん、いろいろと疲れてるんじゃないかって思ってね」

「立て続けにいろんなことが起こってますものね」


 もちろん街の治安の悪化のこともそうだが、一番気になっているのは先日の一件である。


 美紗子がボディーガードとして同行したヘルサードとジョニー氏の会談。

 その実現のためジョニー氏は息子のマークを、そしてヘルサードは恋人のエイミーを人質として相手に差し出した。


 幸い何事もなく帰って来られたとは言え、愛する人からそのような扱いを受けたエイミーは、内心でどう思っているのだろうか……


 もちろん彼女は不満を顔に出さない。

 美紗子たちもヘルサードを批判する気はない。


 ただ、あの少女のような学園長が心配なのである。

 周りには決して弱い姿を見せないけど、本当は傷ついていないだろうか?


 ふと、顔を上げた綺と目が合う。


「あの……美紗子さん、怒ってませんか?」

「どうして?」


 怒る理由など見当たらない。

 美紗子は首をかしげて聞き返した。


「その、さっきはずいぶん酷いことしちゃいましたから……」

「……ぷっ」


 美紗子は思わず吹き出してしまった。

 恐る恐る覗き込むようなような上目遣いの綺。

 さっきまでと同一人物には思えないほど怯えている。


「怒ってなんかないわよ」


 本気で殺されるかと思ったし、心を貫くような酷いことも言われた。

 だけどあれは互いに合意の上での遊びなのである。

 怒るなんてありえない。


 綺が美紗子を嫌ってあんなことをしたわけじゃないことくらい、よくわかっているのだから。


「よかった……美紗子さんに嫌われたら、私泣いちゃいます」

「それはぜひ見てみたいわね」

「み、美紗子さんっ!」

「冗談よ、嫌いになるわけがないでしょ。こんなに可愛い後輩なんだもの」


 そう言って美紗子はぎゅっと綺をを抱きしめた。

 美紗子は綺を愛しているし、彼女も自分を慕ってくれている。

 どちらも他人には見せられない秘密を抱えた同士という不思議な間柄。

 この娘と出会えたことは美紗子にとって本当に幸運だったと思う。


 とは言え、気がかりがないわけでもない。

 綺が内に秘めた暴力性や残虐性のことだ。


 今のところ、そんな姿は美紗子の前でしか見せていない。

 しかし、いつか彼女が自分を抑えきれなくなったら――


「なーんて、ね」

「はい?」

「なんでもないわ」


 美紗子は深く考えるのをやめた。

 綺はそんなに弱い人間じゃない。

 きっと自分と同様、内に秘めた欲望と上手く付き合いながら生きていけるだろう。


 それでももし、彼女が自分を偽ることができなくなったら……

 その時は自分が綺のすべてを受け止めてあげればいい。

 抱きしめる腕の力を強めながら、美紗子は密かに誓いを立てた。

 ……と。


 ぴんぽーん。


 家のチャイムが鳴った。

 無視しようと思ったが、呼び鈴の音は絶え間なく響いている。

 エイミーには聞こえていないのだろうか、二階から降りてくる気配はない。


「ごめんなさい。ちょっと出てくるわ」


 仕方なく美紗子は綺を離して立ち上がった。

 手早く制服の乱れをチェックし、小走りで玄関に向かう。


「はーい、そんなに鳴らさなくても聞こえて……あら、杉田さん?」

「会長っ!? どうしてここにっ」


 ドアの前に立っていたのは、水瀬学園生徒会役員の杉田千津すぎたちづだった。

 美紗子の姿を見て驚く彼女は、走ってきたのか、かなり息を切らしている。


「私は活動報告の書類を学園長に渡すために……あなたこそ、そんなに慌ててどうしたの?」

「た、たたた、大変なんです、学園が、学園がっ。私は第四校舎にいて、運よく逃げられたんですけど、会長の家には誰もいなくて、とりあえず家が近いエイミーさんに報告をっ」

「落ち着いて。ゆっくり要点だけを話してちょうだい」


 美紗子は彼女の様子からただ事ではないと判断した。

 とりあえず落ち着かせるため千津代の背中を撫でる。

 千津代は深呼吸をした後で、衝撃的な言葉を告げた。


「武装した集団が、人質を取って水瀬学園に立てこもってるんです!」




   ※


 男は山中を歩いていた。

 手にした方磁石を頼りに、ひたすら東へと。


「冗談じゃねえ。こんなイカれた街、二度と戻ってくるもんか」


 彼は爆撃高校の一年生である。

 外の世界では地方都市に済む普通の中学生だった。

 ある日、彼はひどい暴力事件を起こして少年院に入れられてしまう。


 彼はその少年院を脱走し、行く当てもなく盗みを働きながら食いつないでいた。

 そんな時だった、爆撃高校教師のスカウトを受けて、このL.N.T.にやってきたのは。


 全国各地から素行の悪い者が集められ、力によって上に立つ者が決まる学校。

 血の気の多い彼は、そのスカウトを受けたことを素晴らしい幸運と思った。


 しかし彼は力を持つ者ではなかった。

 ジョイストーンは彼に何の力も与えてくれなかった。

 それどころか、Dリングの守りすら得る資格がなかったのだ。


 仕方なく彼は非能力者たちと徒党を組んで小さなグループを結成した。

 しかし、技原力彦によってあっさりと壊滅させられてしまう。

 以後セカンドキッカーの末端構成員としてやってきた。


 ところが、先日の爆撃高校動乱でセカンドキッカーは壊滅。

 リーダーの技原も行方不明になった。

 仲間たちは多くが豪龍組に鞍替えするか、物言わぬ肉の塊となって死んだ。


 暴力がものを言う生活にも限度がある。

 力を持たない者はその日を生きるだけで精一杯。

 この街では死があまりにも当たり前のように存在する。


 次は自分の番かもしれないと怯えながら過ごすのはもううんざりだった。

 こんな事なら、心を入れ替えて真面目に働いた方がマシだ。

 だから彼は街から逃げることを決意した。


 L.N.T.に暮らす生徒は卒業まで街から出ることを許されない。

 外部との連絡手段はラバース社有高速道路と線路を使った貨物列車のみ。

 許可がなければ外に出ることも許されないし、許可が下りることはまずありえない。

 これは爆撃高校だけでなく他の二校や中学生以下の学生も同じだった。


 とは言え、同じ日本に違いはない。

 四方を山に囲まれていようが、根気よく歩けばいつかは人里にたどり着けるはずだ。


 数日分の食料は持った。

 夜の山奥は不気味だが、野生の獣だってあの街のイカれた能力者どもに比べればマシだ。

 無事に麓の町にたどり着いたらこの街のことを公表してやろう。

 平気で人が死ぬなんて普通じゃない。

 おそらく、ラバースが会社ぐるみで情報を隠ぺいしているのだ。


 俺たちは実験動物じゃねえ。

 たどり着いてみせる。

 自信と覚悟はある。

 たとえ何日かかっても――


「いてっ」


 男は何かにぶつかった。

 痛みに顔を抑えてその場で蹲る。


「ってえ……なんだってんだ」


 痛みが引くのを待って立ち上がる。

 太い木の枝にでもぶつかったかと思ったが、それらしきものは何もない。


 不審に思いながら、もう一度足を踏み出す。

 男は奇妙なことに気づいた。


 進めない。


 目の前には変わらない山中の風景が広がっている。

 なのに、まるで壁があるかのように、そこから前へ行けないのだ。


 いや。

 まるで、ではない。

 実際にそこには壁があった。


 男は手を突き出した。

 触れる。

 なにもないはずの景色の中に、壁のようなものがある。


 試しに手を触れながら移動してみたが、見えない壁はどこまでも続いていた。

 しゃがんでみても、ジャンプしてみても、結果は同じ。


「なんだよ、これ……え?」


 男はあることに気づく。

 これまで通ってきた道には、昆虫やリスなどの小動物を見かけた。

 山の中なのだから当たり前のことだ。


 しかし、前方の風景には一切の動物の類が見られない。

 それどころか木々が揺れる様子もない。

 全くの静止画なのだ。


「どういうことだ……?」


 がさり。

 茂みを揺らす音が聞こえた。

 男は後ろを振り返る。


 人がいた。

 真っ黒なスーツに身を包んだ男が三人。

 その手に握っているものは――


「おい、冗談じゃ」


 抗議をする間もなかった。

 黒服の手の中の拳銃が火を噴く。

 銃弾は正確に脳天を貫き、男は間もなく絶命した。




   ※


「やれやれ、これから面白くなるって時に、もったいないことを」


 黒服の背後からラフな格好の男が顔を出す。

 倒れてた男の前にしゃがみ込み、手向けのつもりか花を一輪、胸ポケットに差し込んだ。


「見ない顔だね。まあ、たいした生徒ではなかったのだろう」


 その男はラバースの若社長、新生浩満しんせいひろみつである。

 彼はすぐ男に対する興味を失って黒服たちの元へと戻っていった。


「君たちも、ごくろうさま」

「はっ……しかし、このような些事にわざわざ社長自らお出でにならなくとも」

「そうかもしれないが、脱走者は死刑以外あり得ない重罪だ。しっかり死亡を確認しておきたくてね」


 浩満はニヤリと笑った。


「……というのは建前で、実はすることがなくて暇なんだ。狩りの見学くらいさせてくれよ」


 浩満が脱走者を狩るのはこれが初めてではない。

 街の外周部に人が近づくと、情報は即座にラバース支社に伝えられる。

 そして後をつけ、脱走の意思有りと見なしたら、その場で警告なく射殺する。


 今年に入ってから十五人。

 L.N.T.設立からはで二〇〇人以上。

 すでに多くの生徒が、こうして秘密裏に抹殺されていた。


 この街で行われている非人道的な実験を外の世界にバラされたくないからではない。

 この山が外の世界と繋がっていないことを街の住人に知られたくないのだ。


 浩満は見えない壁――

 木々の風景を映し出したスクリーンを指で叩いた。


 良くできた立体映像だった。

 L.N.T.とその周辺の山々を大きく取り囲む外周部。

 もちろん、映像は人工的な天候や時間の経過によって変化する。


 街からの脱出など、できるはずがないのだ。

 このL.N.T.は父である新生浩樹が古大路一志に託した巨大な実験場なのだから。


 古大路一志は地主などではない。

 この実験場の守人だったのだ。


「まあ、あと少しの辛抱なんだけどね」


 浩満が社長になってから、ラバースは急速にL.N.T.への干渉を始めた。

 住宅街を整備し、人を流入させ、学園体勢を完璧に整えた。

 そして先日、邪魔になった古大路一志を暗殺した。


 父を殺して会社を乗っ取った事に比べれば、人形を壊すよりも簡単な作業だった。


 もはや遊びの時間は終わりだ。

 この新生浩満の望むシナリオが始まるのだ。


 そう、我こそが欲望を継ぐ者。

 月島博士より連綿と受け継がれる、ジョイストーンの魔力に魅せられし者。


「必要な駒はすべてがそろった。物語の第二章は間もなく幕を開ける。最初のイベントはテロリストによる学園占拠。さあ、楽しいゲームの始まりだ!」


 浩満は喉を鳴らして笑った。

 これから始まる物語に胸を高鳴らせながら。

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