7 心変わり

「ま、待ってくれ、わしが悪かった、話し合おう? なあ、よく考えろ新生。いまさらわしを殺したところで、お前さんには何の得も――」


 銃声が老人の言葉をかき消した。

 額に穴を開け、月島博士は絶命する。


「カス野郎が」


 月島博士を撃ち殺した新生隊長は、苦々しげに吐き捨てた。


 古大路一志は新生隊長とともに基地に帰還した。

 しかし、そこにはもう仲間たちは残っていなかった。

 月島博士によってすべて口封じのために殺されていたのだ。


 残っていたのは月島博士と、櫻木あやと古大路一志が乗っていた『もの』と同系の機械――

 完成形とでも呼べる『もの』だった。

 すべての研究が終わり次第、自ら乗り込むつもりだったのだろう。

 この試作二号機には稼働に十分な量の喜石が積まれていた。


「なにが最終作戦だ。斬鬼郎ザンキロウにこれだけの燃料があれば……」


 櫻木大尉は死ななかったかもしれない。

 今さら言っても無駄だというのはわかっている。

 それでも一志は憎しみを言葉にせずにはいられなかった。


 櫻木綾さくらぎあやは捨て石だった。

 彼女自身は祖国を守るためと信じて戦場に向かったはずだ。

 けれど新生隊長の言うとおり、結局は月島博士の計画実現のための駒でしかなかったのだ。


 二人は喜石の開発室に入った。

 そこで驚くべきものを目にする。


 喜石は元々、極めて稀少な地球外物質と言われていた。

 これまで数少ない原石を砕いて少しずつ消費していたと。

 しかし博士はすでに喜石の生成方法を確立させていたのだ。


 喜石が量産され、世界中にその存在が知られたら……

 ここ数十年の異常な兵器開発の流れをさらに加速させることになる。

 下手すれば戦争はまだまだ続く事になるだろう。


 抹消してしまうのが最良だ。

 一志はそう思ったし、隊長も当然そう考えるだろうと思った。


「なあ、古大路」


 新生隊長は生成された喜石のかけらを手に取り、背中越しに一志に声をかけた。


「人は変わるんだな。他人の言葉や、時間の流れ、そして己の裡から湧き出る欲望によって……」

「新生隊長……?」

「たぶん月島博士も、最初は純粋な科学者としての好奇心からこいつを研究してたと思うんだ」


 一志はなぜ、隊長が突然そんなことを言い出したのかわからなかった。

 人は変わるなんてこと、自分自身の生活や目の前の隊長を例に見るまでもない。

 生きている以上そんなのは当然のことだ


「俺もさ、昔はお国のためだって思って、命を捨てる覚悟で必死に戦ってた。でも、栗国クリスタに渡って、世界ってやつを見て、価値観の違いを知って……」


 隊長が銃を抜いた。


「けど、そんなことは関係ないと思い込んで、月島博士に対する復讐心だけで生き延びた。かつての仲間を殺めてまで……」


 その銃口は真っ直ぐに一志を狙っていた。

 しかし一志は目を逸らさずに、隊長の口から零れる言葉を聞く。


「そしてまた、こんなものを見て気が変わっちまった」


 古大路の『他人の感情を色として見る力』が発動する。

 隊長の鮮明な『感情の色』が流れ込んでくる。


「もうすぐこの戦争は終わるだろう。異常な熱気に浮かれた時代は終わり、貧困と辛苦の中で新しい時代が幕を開けるはずだ。欧栗の知恵と技術を吸収して、この国は新しく生まれ変わる」


 その『色』は『欲』と呼ばれる類のものだった。


「廃墟になった街で一からやり直すんだ。力のある者、技術力のある者、そして知識のある者が新たな強者となっていく……そのチャンスをちっぽけな復讐心で潰すなんて、もったいないと思わないか?」


 人は変わっていく。

 ほんの小さなきっかけで。


 人は過去を捨てていく。

 より良く生きるために。


 一志には新生隊長の言葉を否定できなかった。

 なぜなら、彼の言葉に逆らえば、この場で撃ち殺されるから……ではない。


 古大路の思いは能力を通して伝わった。

 こちらの心変わりを感じた隊長もニヤリと口元を歪める。


「ゆっくりでいいさ、俺は上手くやる。月島博士みたいに強引なやり方じゃなくていい。一〇〇年後の世界を統べるのはこの俺たちだ……くくく……ははは……はーはっはっはっ!」


 新生は銃を下ろして哄笑の声をを響かせた。


 古大路も笑った。

 諦めの笑みではない。

 未来を手にするチャンスを得ることができた喜びに。


 この時、二人は共に愛した気高き女性を……

 櫻木綾の事を、記憶から抹消した。




   ※


 堪え切れない吐き気を覚え、古大路偉樹は仮眠をとっていたソファから跳ね起きた。


 慌ててトイレに駆け込んで胃の中身を戻す。

 こんな不様な姿は誰にも見せられないと思った。

 それでもたった今見た夢に比べれば、現実のほうが何倍もマシだ。


 祖父が骨になり御山裃みやまとうげの墓地に埋葬された翌日のこと。

 事もあろうに偉樹が見た中でも最も醜悪で、最も汚らわしい祖父の記憶を夢に見てしまうとは。


 あのわずか数分間で、祖父が堪え忍んだ苦難も、美しい時代の記憶も、すべてが破壊された。

 人の心とはあんなにも簡単に変わるものなのか?

 問うまでもない。

 なぜなら偉樹は、同調した祖父の心情を何度も味わっているのだから。


 潔癖な偉樹にとっては何よりも許し難い裏切り。

 幼いころは意味もわからず、その「醜悪さ」だけを嫌っていた。

 祖父は何故、偉樹が幼いころから自分を避けていたのかを知らないだろう。


 ある意味では逆恨みかもしれない。

 祖父は必死に自分の過去を隠そうとしていたのだから。

 だが自分をこんな作られた空間に閉じ込め、実験動物の一体として扱っていた祖父に対し、申し訳ないと思う気持ちは一片も持ち合わせていない。


 洗面所で口を漱いで居間に戻る。

 広大な古大路の屋敷は一人で暮らすにはあまりに大きい。

 しかし、誰からも緩衝されない、他人に縛られない空間とは良いものだ。


 ふと奇妙な感覚がした。

 何かしらの能力によるものではない。

 偉樹には若い頃の祖父のように他人の感情を色として見る力があるわけではない。


 あえて言葉にするなら、直感か。

 これから何か大きなことが始まろうとしている。

 理屈で説明できることではないが、確信めいた予感があった。




   ※


 清子と愛し合った後、清次は心地よい余韻を味わっていた。

 乱れたスーツ姿の清子からは年相応の大人びた色気が漂っている。


 自分にぐったりと体を預けてくれる清子の吐息を感じる。

 やはり自分は彼女を愛しているのだと清次は改めて確認した。


「清子さん……」


 可愛い年上の彼女の頭をそっと撫でる。

 表情は見えないが、きっと微笑んでくれていると思う。


 と、余韻をぶち壊すように、廊下をドタバタと駆ける無粋な足音が聞こえた。


 二人は反射的に体を離した。

 清子は立場上、学校で生徒と逢引していたとバレたくないだろう。


「なんだろうね。せっかくいいところなのに」


 清子が不満そうに言う。

 足音は一つではなかった。

 どこかの部活の生徒だろうか?


 休日とはいえ集団で廊下を駆けまわるなんて非常識なやつらだ。

 学校で女教師と逢引きをしている清次が言える事ではないが。


「ちょっと注意してくるね」


 邪魔されたという気持ちは清子も同じなのだろう。

 少し怒ったような顔で彼女は廊下に出ていく。


「ちょっと、廊下は静かに――」


 清子の声が不自然に途切れた。

 不審に思って清次も廊下に出る。

 そして彼は信じられないものを見た。


「動くな。抵抗すれば命はない」


 直立したまま固まる清子。

 そして彼女に拳銃を突きつける、覆面姿の集団を――

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