3 学園長への報告
呼び鈴の前に突っ立ったまま五分。
チャイムに触れる。
家の中から「ぴんぽーん」という音が聞こえた。
しばらくして寝起きのかすれ声がインターフォンから流れてきた。
「……はい、どちらさま」
「あっかさっかさん、あっそびましょ!」
ブツリ。
無言で音声を切られたよ。
美紗子はそのまま一分ほど笑顔のまま硬直。
やがて、意を決してもう一度チャイムを押した。
「……はい」
「ちわーす、水瀬新聞の者ですがー」
「間に合ってます」
ブツリ。
またしても会話をする余裕さえない。
彼女の寝起きが悪いのは知っていたが、これでは文字通り話にならない。
美紗子は諦めて普通に振る舞うことにした。
「……」
「おはようございます。生徒会長の麻布美紗子と申しますが、綺さんは御在宅でしょうか」
「ああ、美紗子さん。おはようございます。どうぞ入ってください」
仕事モードになると切り替わるのは綺も同じらしい。
それにしても、冗談が通じないというのは少し悲しい。
コートを羽織った
美紗子は笑顔で手を振って挨拶する。
「おはよ~」
「おはようございます」
※
二人は並んで東水瀬学園の住宅街の中を歩いた。
一時は暖冬などとも言われていたが、最近めっきりと寒くなってきた。
色を失った木々は冬の訪れを告げ、雪こそ振らないものの年の瀬が近づいていることを実感する。
「わざわざ迎えに来てもらわなくても、こっちから伺いましたのに」
「いいのよ、私が赤坂さんを誘ったんだもの」
学園もすでに冬休みに入っている。
美紗子が綺を連れ出したのは生徒会の用事に付き合ってもらうためだ。
用事と言ってもたいしたものではないし、美紗子一人でも問題ないのだが、ぶっちゃけ言えば綺と一緒に過ごしたいための口実である。
今日の目的地は学園ではない。
学園長エイミー=レインの自宅である。
美紗子の自宅、綺の家、エイミーの家を地図上で結べばほぼ直線上にある。
綺の家がいちばん学園から遠くて美紗子の家が一番近い。
なので、実はここに来る前も実はエイミーの自宅の前を通って来た。
現地集合しないない限りは必ずどちらかが遠回りをすることになるのだ。
五分ほど歩くと、目的地に到着した。
「なんか、思ったよりも普通の家ですね」
綺がエイミーの自宅を見上げて感想を述べた。
L.N.T.ではすべての建物がラバースの社有物である。
生徒も教師も、住人たちは役職に応じた住まいを借りている。
水瀬学園の学園長ともなれば、どんな豪邸に住んでいるものかと思うだろう。
しかし、エイミーの家は意外にも普通の一戸建てだった。
周囲には学園の生徒も住んでいるはずだ。
「エイミーさんは贅沢が嫌いなんですって」
美紗子がチャイムを押すと、中からドタドタと階段を駆け降りる音が聞こえきた。
インターフォンでの応対はなく、いきなり玄関の扉が開いてエイミー学園長が姿を現す。
「美紗子ちゃん、おはよー!」
「おはようございます。お体は大丈夫ですか?」
「まあ一応、今のところはね~」
一見すると中学生にしか見えない童顔。
目の覚めるような水色の髪は寝起きでボサボサのまま。
薄いTシャツ一枚だけ着て、裾からは下着姿が見えている格好だ。
その姿はどう見ても責任ある立場の大人とは思えない。
何度か自宅に訪れている美紗子は慣れたものだったが、綺は目のやり場に困っているようだ。
「赤坂さんも、休日にありがとう」
「い、いえ……」
「じゃあ二人とも、とりあえず上がりなよ」
※
提出した資料に一通り目を通し終えると、エイミーはコーヒーを一口啜ってにこりとほほ笑んだ。
「うん、おっけー。二人ともごくろうさま」
エイミーがOKを出すと、美紗子はホッと息を吐いた。
隣では綺が座椅子の上で正座して畏まっている。
このところずっとエイミーは体調不良でずっと自宅療養をしていた。
その間に起きた出来事を把握するため、生徒会に頼んで報告書をまとめてもらったのである。
急なお願いにも美紗子は嫌な顔ひとつせずに応じてくれた。
しかも提出された報告書は非常によく書かれている。
資料には少しも手を抜いたところがない。
夜の街の見回りなど、他にも仕事は山積みで忙しかっただろうに……
エイミーは昔から美紗子のことを高く評価しているが、やはり彼女に頼んでよかったと思った。
「爆高の一件は本当に大変だったみたいだね」
「ええ、前代未聞の大事件でした。幸いにも中央に飛び火はしませんでしたが、犠牲になった人のことを者を思うと心心が痛みます」
今回の報告書に書かれた中で一番の大事件。
それは先日の爆撃高校で起きた大規模な騒乱だった。
つい一週間前、爆撃高校で学内すべてを巻き込んだ闘争があった。
結果、旧校舎の女子勢力に加え爆高第二位のグループまでもが壊滅した。
騒乱における犠牲者は、少なく見積もっても一〇〇を超えるだろうという話だ。
今回の騒乱で一番を得したのは、崩壊したグループの残党を吸収した豪龍組である。
すでにその勢力は中央最大のフェアリーキャッツすらも超える規模となった
「古大路さんのお葬式も、本当は私が行くべきだったんだけどね」
さらに悪いことは重なるものらしい。
街の有力者である古大路一志氏が急に亡くなったのだ。
いかにもな頑固親父という感じで、殺しても死にそうにない人物だったのだが……
死因は病死だという話だった。
まったくもって、人間いつ死ぬかわからない。
葬式にはエイミーの代わりに生徒会役員たちに出席してもらった。
「けど、なにか変だったんですよ。あのお葬式」
美紗子が彼女にしては珍しく少し不機嫌そうに言った。
「変?」
「感じ悪いっていうか……人が亡くなったのに、みんなヘラヘラしてました。ほとんどがラバース社員の人たちだったと思うんですけど」
「地主ってことでかなりいろんな所に口出ししてたからね。ラバースの立場からしたら厄介者だったんじゃないかな」
「それでも気の毒ですよ。偉樹くんなんかずっと俯いたままでしたし」
古大路氏には跡取りの孫がいる。
今年から水瀬学園に通っていて、エイミーも何度か学内で見かけたことがある。。
「嫌な思いさせちゃってごめんね」
「あ、いえ。そういう意味じゃないんです。ただ私も幼いころに祖父を亡くしてますから……」
「赤坂さんも、ありがとう」
「いいえ。私も生徒会役員の一員ですから」
直に話すのは今日が初めてだが、エイミーは綺のことをよく知っていた。
容姿端麗、成績優秀。
ジョイストーンを手にした初日にJOYを発動した才女。
美紗子に負けず劣らずの優秀な生徒というもっぱらの噂だ。
それだけではなく、綺はあのヘルサードからも目をかけられている。
今ではほとんど行われなくなった『特別講義』を受講している新入生なのである。
提出された資料では省かれていたが、彼女があの荏原恋歌と互角以上に戦ったという話も聞いている。
特別講義の成果は十分に出ているということか。
綺は美紗子の推薦で選挙を待たず生徒会に途中加入した。
このまま育てば、ゆくゆくは美紗子の後を継ぐのは間違いないだろう。
今日は緊張しているせいか、ほとんど喋らない。
けれど普段はかなり仕事熱心で夜の見回りも積極的に行っているらしい。
「これからも美紗子ちゃんをサポートしてあげてね」
「はい。頑張ります」
綺は恥ずかしそうに微笑んだ。
美紗子もまた、そんな後輩の姿を誇らしそうに見ている。
そんな二人の態度にエイミ-は少し思うところがあった。
はは~ん、これは……?
「さて……二人はこれから用事でもあるの?」
「いえ、特にありません」
「だったらこの部屋を使って良いよ」
「えっ?」
「私は二階に行ってるし、防音だから気兼ねなくどうぞ。あと、棚に積んであるお菓子は好きなだけ食べていいからね」
「ちょっ、あの」
「ごゆっくり~」
エイミーは立ち上がり、二人に手を振って部屋を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。