2 逢引

 十二月三十日。

 年の瀬が近づいた水瀬学園にいつもの賑わいはない。

 普段なら生徒たちの声が絶えない敷地内も今日はシンと静まり返っていた。


 冬休みなのである。

 とはいえ、まったく誰もいないわけではない。

 科学部などの備品を使用したい一部の文科部に所属する生徒。

 他には宿直の教師や地域の公共機関に勤める役員なども学校に通っている。


 水瀬学園の敷地内には役員棟という、学園関係者以外の職員が業務を取り行うための私設がある。

 その建物には数々の資料やコンピューターのデータベースが保管してある。

 いわば町役場の出張所ようなものだった。


 千田中央駅の近くに街の行政の中心となる役場はあるが、一部の役人、特に教育関係の現場で働く者は各学校のデータベースが閲覧できる学内出張所の方がずっと便利なのだ。


 大里清子おおさとせいこもそんな教育関係の仕事に就く人間の一人であった。

 清子は街の中学の教師で、L.N.T.に十三校ある中学校の一つで教職を行っている。


 彼女は元々、水瀬学園の創立に関わった人物の一人である。

 現在は学園を離れて近隣の中学教師として若い世代の教育へと情熱を注いでいた。


 とはいえ、水瀬学園に対する愛着は現役の教師たちにも負けていない。

 休日に仕事を行うときはよくここの役員棟を利用して、ついでに旧友に挨拶をして回っている。


 今日の仕事は生徒たちの進路調査表のまとめ作業である。

 朝から集中して業務にあたり、昼過ぎにはようやく終了のめどがついた。

 ついでに三学期初めに行うテストの問題でも作っていこうかなどと考えていると……


 足音を殺しながら廊下を歩いてくる誰かの気配に気づいた。


 清子は音を立てないように立ち上がってドアの横に身を隠す。

 やがて、外の気配は部屋の前で停止した。


「清子さん! ――って、あれ?」


 勢いよくドアが開き、若い男子生徒の快活な声が響いた。

 しかし彼が期待していた反応は見せない。

 声はむなしく室内に響いた。


「おっかしーな……トイレかな」


 男子生徒が首をかしげ、後ろを向いた瞬間。

 清子は不意打ちで思いっきり彼の背中を叩いた。


「清次くん!」

「うわっ!」


 期待通りのリアクションである。

 清子は声を上げて笑った。


「び、びっくりしたぁ……」

「あははっ、私を驚かせようなんて十年早いぞっ」


 この男子生徒は水瀬学園一年生の内藤清次ないとうきよつぐ

 周囲には内緒にしているが、清子のボーイフレンドである。


「ったく、大人のクセに子供みたいなことばっかすんだから。せっかく差し入れ持って来てやったのによ、もう帰っちまうぞ」

「お互いさまでしょ? 本当は私に会えてうれしいくせに」


 清子はふくれっ面してみせる清次の頬を指で突いた。


「だったら悪いかよ」

「ぜーんぜん」


 清次の顔が近づく。

 彼の方から唇を重ねてくる。

 腕が腰に廻され、そのまま胸に手を延ばそうとしたところで、清次は差し入れのケーキ箱を持ったままだったことに気づいたようだ。


「ごめん、先走りすぎた」

「うん」


 二人の顔が離れる。

 どちらからともなく笑い合った。


「とりあえず中に入ろうか」

「そうだな」




   ※


 二人が知り合ったのは清次がL.N.T.にやって来る直前の事である。

 水瀬学園に入学するための試験を受け、その最終面接を行ったのが清子だった。

 清次がこの街に来てしばらくは清子も水瀬学園に勤めていたため、何かと面倒をみてもらった。


 中学二年の冬、清次の方から一大決心をして清子に告白。

 それから三年間ずっと秘密の付き合いを続けている。


 中三の時に清子が水学中等部から近隣の中学に転任。

 清次はよく授業をさぼっては彼女に会いに行ったものだった。

 そのせいで留年してからは、さすがに休日以外に合うのは控えているが。


「どう? 一年遅れの水瀬学園高等部は満喫してる?」


 二人分の紅茶を用意しながら清子が言う。

 清次は苦笑いしながら答えた。


「まあまあかな。それなりに毎日充実してるよ」

「私より魅力的な女の子を見つけちゃってたりして」

「まさか。清子さんがいるから他の女なんて眼中にないよ」

「あらら、若いんだから無理することないのに。何事も経験しておいて損はないよ」


 清子と清次の恋愛価値観はかなり違う。

 この辺は変にドライだが、清次はそんな所も含めて彼女のことが好きだった。

 別に清子が自分のことを杜撰に扱っているわけではないことはよくわかっている。


「そういう清子さんこそ、中学の生徒に変なこと教えてないだろうな」

「生徒には手を出しません。これでも模範教師なんですから」

「え、俺は?」

「清次くんだけでお腹いっぱいってことよ」


 なんだかんだで愛されている自覚はある。

 中学時代は一日でも会わないと身が裂けそうなほど辛かった。

 だが今は、たまの休日にだけ会えるこんな距離感も嫌いではない。

 時々しか会えないからこそ、二人でいる時を大切に思える。


「清子さん」


 もう一度、清次は清子に口づけをする。

 今度は強く、深く、情熱的なキスを。


「もう……いきなり? 紅茶もまだ飲んでないのに」

「ダメ?」


 聖子が微笑む。

 今度は彼女の方から唇を重ねてくる。


「ダメなわけないでしょ」


 清次だって若い男である。

 普段は淡白を装っているのも、彼女との関係があるためだ。

 心身ともに早く繋がりたい気持ちを抑えながら、清次は清子のスーツに手をかけた。

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