7 決戦を控えて

 外ではすでに男子生徒と女子生徒の争いが始まっていた。

 三〇〇弱の人数が入り乱れて戦う様はさぞ圧巻かと思いきや、意外にも衝突の規模は小さい。

 女子側があくまで守りに徹し、数人の能力者を前に出しては旧校舎に近づく男子を迎撃、一度引いてはまた攻めるという消極的な戦術を繰り返しているからだ。


 豪龍と側近がいなくなった後、部屋には技原と速海だけが残っていた。


「今のところは様子見って感じだな。どっちも」


 表の様子を眺めながら速海が言う。

 彼の言う「どっちも」とは男子と女子のことではない。

 今は一時的に同盟を結んでいる豪龍組とセカンドキッカーのことである。


 男子と女子の戦力差を比べれば圧倒的に男子の方が上だ。

 こうなった以上、女子の壊滅は避けられない。

 旧校舎の安全神話は今日終わる。


「とりあえず、行き場所の無くなった女子の能力者を何人か取り込んでおきたいな」

「そっちは好きなように任せるよ」


 だからこそ、速海はすでに戦いの後のことを考えているようだ。

 まず成すべきことは有能な新規メンバーの獲得。

 影の参謀としては当然の思考だ。


 だが、技原としてはやはり目の前に迫った決戦に集中したい。


「つーか、やっぱアリスは出てこねえか。めんどくせーけど中まで乗り込むことになりそうだな」


 これだけの争いになればもしやと思ったが、やはりアリスは姿を現さない。

 迂闊に出て来れば人混みに紛れての暗殺も可能だったのだが……


「一筋縄でいく相手じゃないぞ」

「わかっている」


 狂気の悪帝アリス。

 これまで戦った相手とは次元が違う能力者だ。

 速海が心配する気持ちはわかるが、もちろん技原は負けるつもりなどない。


 あの豪龍と肩を並べて戦うのは確かに気が進まない。

 しかし、この街でトップに立つためにはいずれ戦う必要がある相手だ。


「人員の補充もいいけど、後ろにはしっかり気を付けておけよ」

「大丈夫だ。アリスを倒すまで豪龍組の動向はオレと二宮できっちり監視しておく」


 もう一つ技原が心配しているのは混乱に乗じて豪龍組の幹部が妙な動きを見せることだ。

 一時的に同盟を組んでいるとはいえ、アリスを倒せばすぐに敵同士に戻る。

 勝利が確定した時点で背後から襲ってくる可能性だってあるのだ。


 今のところグループの規模は豪龍組の方がずっと大きい。

 本気で背中を預けたつもりになっていれば隙を見せた途端に潰される。


 ナンバー2である二宮と速海が戦線に出られないのは痛いが、彼らには豪龍組の幹部連中をしっかり牽制していてもらわなければならない。


「あまり油断するなよ速海。あの豪龍のこと、何を企んでるいるかわからねえんだからな」

「なんだ、オレのことが心配なのか?」

「そういうわけじゃねえよ」


 せっかく心配してやったのに茶化すようなことを言って。

 速海の態度が気に食わない技原はこれみよがしにそっぽを向いた。


「緊張してるなら、オレが解してやろうか?」

「ばっ、こんなときに何を言ってんだ」


 からかうように迫ってくる速海に技原は頬を赤くする。


「いいや、必要なことなノ。技原には万全の状態で戦ってもらわなくては困るノ」


 二人は同時に教室の入り口を向いた。

 そこにはノートパソコンを脇に抱えた太田が立っていた。


「太田くん、どうしてここに?」

「データ収集なノ。これだけ大規模な戦闘を観察できれば、ボキの研究も飛躍的に進むノ」


 第九校舎の非戦主義者たちは太田を中心に大規模なプロジェクトを行っている。

 その内容は技原には興味なかったし、聞いても理解できないだろう。


「速海、戦いが一番良く見える部屋に移動するノ。豪龍組の動向を把握するノ」

「うん。けどその前にさ……」

「おっと忘れるところだったノ。技原」

「な、なんだよ」

「万全の状態で戦うためにも心と体をスッキリさせておくノ」


 太田はパソコンを机の上に置いた。




   ※


 十数分後、三人の表情は晴れやかだった。


「まあ、がんばってくるノ。ボキたちは遠くから応援してるからなノ」


 ぴちぴちの制服にボタンを止めながら大田が言う。


「おうよ任しとけ。相手が誰だろうと、天下無敵の俺様に敗北はねえ!」

「あんな後でなにカッコつけてんだか」


 茶化す速海の頭をかるく殴りつけ、技原はもう一度強く両拳を打ち付けた。


「じゃあ行ってくるぜ」


 二人に見送られ、豪龍の待つ階下へと歩き出す。

 技原は握った己の拳を見つめた。


 俺が負ける筈はねえ。

 ダチから力をもらったんだからよ。


 豪龍はすでに昇降口で待っていた。

 二人の側近も一緒である。


「そちらの友人は?」

「四階で戦局を見守るとよ」

「そうか。ならばお前たちも御一緒させてもらえ」

「御意」


 二人の側近が技原の両脇をすり抜けて階段を上がっていく。

 相変わらず嫌な感じだが、こいつらは速海たちに任せておけばいい。


 自分のやるべきことはただひとつ。

 アリスを倒すことだ。


「準備ができたら行くぞぅ。アリスも待ちくたびれとるじゃろうからのう」


 技原は頷いた。

 豪龍と並んで校舎を出る。




   ※


 二人の行く道はまさに無人の野の如く。

 小競り合いを繰り返す男子生徒と女子生徒。

 その両軍が並んで歩く豪龍と技原に自然と道を譲る。


 対立しているグループのリーダー同士が肩を並べて歩く姿は男子にとっては圧巻であった。

 そしてもちろん敵である女子たちにとっては、恐怖以外の何物でもない。


 敵う相手ではない。

 手を出せば確実に殺される。

 そう女子たちに思わせるだけの迫力があった。


 二人の視線の先にあるのは旧校舎の入り口だ。

 前線で射撃を行いつつ女子の指揮をとっている桃香も二人には手を出さない。


 やつらがアリスのところに向かってくれるならちょうどいい。

 どちらにせよ勝ち目がないならせめて、どちらか一人でも死んでくれれば御の字だ。


 四方から襲いかかる別の男子に≪覇王樹の戒めシーザーニードル≫を浴びせながら、桃香はこの戦いの後のことを考え始めていた。




   ※


 アリスは相変わらずノートパソコンで『作業』に没頭していた。

 外で戦う生徒の声は聞こえているはずなのに、彼女の様子は普段と全く変わらない。


「お願いします。みんなを助けてあげてください、お願いします……」


 アリスの傍で床に頭をこすりつけ、祈るように頼み続けている女子生徒がいた。

 彼女はかつて暴漢に襲われそうになったところをアリスに助けてもらった過去がある。

 それ以来、彼女はずっとアリスに心酔している。


 桃香の気持ちもわからないではない。

 しかし、アリスを裏切るようなことはしたくない。


 男子との戦力差はあまりに大きすぎる。

 みんなが無事に戻ってくるとは思えない。


 助けてあげて欲しい。

 アリスが出れば戦局は変わる。

 桃香たちも戻ってきてくれるはずだ。


「……入ってきた」


 がたり。


 彼女は顔を上げた。

 アリスが席を立っていた。

 ノートパソコンの電源を落とし、羽織っていたコートを脱ぎ捨て、教室を出ていく。


「アリスさん……ありがとうございます」


 信じ続けた思いが届いたのだと彼女は思った。




   ※


「なんだぁ。敵の本拠地の割には、人っ子一人いねえじゃねえか」


 抵抗一つ受けることなく技原と豪龍は旧校舎にたどり着いた。

 てっきり待ち伏せや奇襲でもあるかと思っていたが、その様子はない。


「旧校舎には一〇〇人以上の女子がいると言っていたが、どうやらガセだったようじゃのう。表に出ている人員でほとんど全部というわけじゃあ」


 これまで旧校舎に立ち入って生きて帰った男子はいない。

 それゆえに徒党を組んでいる女子たちの正確な数はずっと不明だった。

 外で戦っている女子がその大半ならば、このまま決着がつくのは時間の問題だろう。


 あとはこの奥に潜んでいるアリスさえ倒せば、旧校舎勢力は壊滅だ。


「見ぃ。さっそくお出迎えじゃあ」


 豪龍が顎をしゃくる。

 長い前髪で視線を隠した小柄な女が立っていた。


 旧校舎の主。

 狂気の悪帝。

 本名不祥、アリス。


「大ボスは一番奥でふんぞり返ってるもんだと思ってたが、あっさりと出てきやがったな」


 アリスが二人の前まで歩み寄る。

 足を止め、無表情で呟いた。


「いま忙しい。すぐ出ていくなら殺さないであげる」


 技原は彼女の言葉に拍子抜けした。


「なに言ってんだ。仲間を助けるために出てきたんじゃないのかよ?」

「コイツにはそんな事情は関係ないんじゃあ。外での騒ぎなぞどこ吹く風じゃろう」


 圧倒的な力を持ちながら、アリスは爆撃高校の覇権にも、中央の勢力争いにも興味を示さない。

 その代わり旧校舎に立ち入った者……つまり自分に牙をむく者は容赦なく排除する。


 アリスが技原たちの前に出てきた理由は一つ。

 自分のテリトリーに足を踏み入れたからだ。

 同居人がいくら死のうと全く関係ない。


「へっ、帰るわけねえだろ。俺らはお前を倒しに来たんだからよ」

「そう」


 アリスは短く呟くと、スカートのポケットからナイフを取り出した。

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