6 爆撃高校動乱

 アリスによって豪龍組の構成員が殺害されたという噂は瞬く間に学校中に広がった。


 豪龍組、そして同盟を組んだセカンドキッカーのメンバーは即座に動き出した。

 特に豪龍組の怒りは極めて強く、女子生徒を見つけ次第ぶちのめしてやると叫ぶ者もいた。


 両グループに所属する男子生徒たちが協力して旧校舎の周りを囲む。

 合わせて二〇〇人に迫る大規模な集団である。

 その誰もが殺気立っている。


 女子生徒たちは旧校舎から出て来なかった。

 旧校舎に住んでいる女子の数は全部で五〇人程度。

 校舎から出て戦闘になった所でまともな勝負にもならない。

 一方的な蹂躙になるだけだ。


 ただし、それはアリスを除いた場合の話である。

 グループを壊滅に追い込むことができるほどの能力者。

 その存在はたった一人でもあらゆる戦局を覆すことができる。


 だから両チームの同盟軍も迂闊には攻められない。

 アリスが参戦すれば男子側にも凄まじい数の犠牲者が出るだろう。

 さすがにこの人数差で負けるとは誰も思っていないが、できれば被害は少なく抑えたい。


 討伐後に再び争い合うことを考えれば、豪龍組もセカンドキッカーも、率先して積極的な行動は起こせなかった。


 こうやって旧校舎を取り囲んでいるだけでも女子たちには耐えがたいプレッシャーになる。

 食糧事情を考えれば、いずれ耐え切れずに飛び出してくる生徒もいるだろう。


 はたして、それは二日目の朝に訪れた。


 旧校舎を裏口から抜け出そうとしていた女子生徒を一人、豪龍組のメンバーが捕獲したのである。


「おら、見えるかアリスぅ!」

「ぐっ、ぐるしっ……」


 捕らえた女子生徒が背の高い男に首を絞められていた。


 彼の名前は丸木土佐斗まるきとさと

 アリスに殺されたスパイの友人だった男だ。


「今からこいつをメチャクチャにしてやる。アイツの苦しみを倍にして返してやるからよお……っ!」

「いやっ、やめ、やめてっ――」


 丸木は泣いていた。

 泣きながら、女を地面に叩きつける。

 そのまま馬乗りになって執拗に何度も何度も殴った。

 女子生徒は血と涙を流し、許して、助けてと叫び声を上げた。




   ※


「おい、あれ放っておいていいのかよ」


 ここは旧校舎に最も近い第四新校舎の二階。

 技原は窓に腰掛け眼下で行われる凄惨な暴力を眺めていた。


 壁に寄りかかった豪龍が含み笑いを漏らす。


「好きにやらせておけい、言って止まるもんでもなかろう……それとも、女が殴られるを見るのは性に合わんか?」


 技原は窓の外に唾を吐いた。

 同盟を組んだとはいえ、気に喰わない相手なのは間違いない。


 部屋の中には他に速海と二宮がいる。

 それと豪龍の側近が二名の計六名だ。


 まだグループとして正式な攻撃命令は出していないが、決戦が始まれば彼らはすぐにでも飛び出す覚悟はあった。


「気に食わねえのは確かだな。関係ねえ女を見せしめにするのも、仲間を見殺しにする女共もな」

「女どもが手出しできんのは仕方ないことじゃ。アリスにその意思がないんじゃからな……だが、いつか限界はやって来る」


 技原は視線を外から室内の豪龍に向けた


「お前、まさか……」

「戦力は削れるだけ削っておいたほうがええ。攻め込む理由ももう一つくらいは欲しいところじゃからのう」


 豪龍は空恐ろしい笑みを浮かべ、肩を震わせて笑っていた。




   ※


「もう限界です、助けにいきましょう……!」


 旧校舎の女生徒たちは、男達に捕らわれた真野村紗和まのむらさわが男に嬲られるのを、旧校舎の四階から歯痒い思いで眺めていた。


 男の暴力は歯止めが効かなくなっている。

 紗和は執拗に殴る蹴るの暴行を加えられ続けていた。


「待ちなさい、待つのよ……」


 桃香は歯がみをしながら今にも飛び出しそうな生徒たちを抑えた。

 紗和を助けてやりたい気持ちはもちろん桃香も同じである。


 しかし、いま出て行ってもどうにもならない。

 状況はあまりに多勢に無勢で、無理に戦いを挑めば全員が紗和と同じ目に合わされる。


 絶望的なこの状況を打破する力を桃香は持っていない。

 たったひとつ、望みがあるとすれば――


「アリスさん」


 桃香は教室の端にいるアリスに声をかけた。

 彼女は手に入れたばかりのノートパソコンで遊んでいる。


「あなたのせいで紗和がひどい目にあっているんです。これをどう思いますか」


 元はと言えばアリスのせいなのだ。

 桃香の静止を振り切って人質を殺害し、争いの火種を作ったのは彼女である。


 さらにこのような危険な状況にもかかわらず、紗和はアリスの「お腹すいた」の一言で買出しを余技なくされ、危険な状況にも関わらず旧校舎から出て行くことになった。


 旧校舎に閉じ込められ、空腹を耐えているのは誰もが同じなのに。


「……仲間を救うのはリーダーとして当然の義務だと思います!」


 アリスは何も答えない。

 次第に桃香も声を荒げていく。

 

 それでもアリスは眉ひとつ動かさない。

 しばしの沈黙の後、桃香が諦めて顔を逸らした瞬間。


「だったらあなたが行けば。いつだってリーダー気取りなのはあなたじゃない」


 アリスから帰ってきたのは突き放すような言葉だった。


 桃香の頭の中でなにかが切れた。

 これまで積み重ねてきた大切なものが音を立てて崩れていく。

 桃香はアリスを睨み、視線だけで射殺すほどの気迫を込めて、吐き捨てるように言った。


「そうね。じゃあそうさせてもらうわ」


 アリスには感謝している。

 彼女という強烈なシンボルがあったからこそ、桃香を含めた女子生徒たちは男子の干渉を受けることなく、この旧校舎で暮らしてこられたのだから。


 桃香はグループをまとめることで恩を返してきたつもりだった。

 彼女と私たち、相互に助け合っているのだと思っていた。

 どうやら単なるひとり相撲だったらしい。


 アリスはずっと一人だった。

 自分たちはただの間借り人に過ぎなかった。

 この冷血女には、仲間意識なんてものはカケラもないのだ。


「全員に告ぐ。ただちに戦闘準備に入れ! 能力者はジョイストーンを、そうでない者は武器になりそうな物を持って昇降口に集合! 他の教室に待機する生徒たちにも知らせろ!」


 こうなったらやるしかない。

 逃げられないなら、全力で抗うべきだ。




   ※


「ひゃっはぁ!」


 丸木は拳を振り上げると、女の顔面に容赦のないパンチを叩きつけた。


「ぶごぉっ!?」


 まぬけな声を上げて女が吹き飛ぶ。

 仰向けに倒れた女に丸木はさらなる追い打ちした。


「おら、おらおらおらぁっ!」

「ぶぐ、ぶごっ、も、ぼうやめでぇっ!」


 腹をつま先で蹴り上げる。

 靴の底で顔を思いっきり踏みつける。

 身もだえる女に馬乗りになり、何度も何度も殴りつける。


「だずげっ、だずげっ」

「なに言ってるんだかわかんねえなぁっ!」


 許しを乞う女を丸木は全力で殴り続けた。

 すでに顔は元の形がわからないほどに膨れ上がっている。

 制服が破れ、露出した肌は痣と出血で痛々しい姿を晒していた。


 丸木の暴力は止まない。


「ほら、もういっちょぉ!」


 高く拳を振り上げる。

 狂喜に支配され、暴虐による快楽を得ようとした、その刹那。


「ぎっ!?」


 飛んできた何かに右目を貫かれた。

 丸木は聞くに堪えない絶叫をあげる。


「いてえ、いてえよおおおおっ!」




   ※


「お、なんだアレ」


 第四新校舎の窓から様子を見ていた技原は、丸木の目に何かが当たったことに気づいた。


「遠距離からの狙撃。沢渡桃香の≪覇王樹の戒めシーザーニードル≫だな。全力で放てば洋弓並の威力があると聞く」

「おーおー、丸木のやつブチキレて半狂乱だ。あーあ、あんなにメチャクチャやって……あの女、たぶんもう死んでるな」


 いつの間にか技原の後ろに豪龍の側近二人が立っていた。

 オールバックの知的な雰囲気の男と、長髪を後ろで縛った軽薄そうな男である。

 豪龍の側近は時と場合に応じて数を増減させるが、この二人は常に豪龍の傍に控える腹心のような存在だ。


 別に解説が欲しかったわけじゃない。

 独り言に反応された技原は少し不快だった。


「お、狙撃二発目。丸木死亡」


 なんにせよ仲良く出来そうなタイプじゃない。

 技原は腰を上げて豪龍の方へと向った。


「二人……いや、三人も犠牲者が出たぜ。あんたはどのタイミングで動くつもりなんだ?」

「これで動く理由は十分じゃろう。間もなく決戦の時じゃあ」


 豪龍は肩にかけていた学ランに腕を通した。


「戦力差がある最初は優位に進むじゃろう。だが籠城されては簡単に決着はつかん。時が来たら少数精鋭で旧校舎に攻め込んでアリスを倒すぞう」

「相手は三帝だぜ。誰が行くんだ?」

「俺とお前じゃ」


 豪龍はニィ、と不敵な笑みを浮かべた。


「三十分後に正門前にぃ。それまでは体を休めておくんじゃあ」

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