5 スパイ尋問

 その教室の中には二十人ほどの生徒がいた。

 机はすべて外に出され、中央で男が正座させられている。

 その周囲を取り囲むように旧校舎の女子生徒たちが輪を作っていた。


「さあ言いな。男どもは一体何を企んでいる?」


 代表して口を開いたのは爆撃高校二年の沢渡桃香さわたりももか

 この旧校舎においてはアリスに次ぐナンバー2の地位にある少女だ。


 と言っても、実質的に旧校舎の女子生徒たちをまとめているのは桃香である。

 能力者としての実力はアリスがずば抜けているが、彼女には仲間意識というものがない。

 そんなアリスに代わって桃香が周囲のグループの情勢を調べたり、安全な行動表などを作っている。


 旧校舎を一歩出れば外は戦場。

 引きこもっているだけでは暮らしていけない。

 爆撃高校女子にも夜のグループに参加している者は多い。

 その支援をするのも桃香の役割である。


 そして今、爆撃高校全体に奇妙な空気が流れていることを桃香は肌で感じ取っていた。


 男子どもの動きがここ最近、明らかにおかしい。

 大きなケンカもなければ、積極的に名乗りを上げる者もいなくなった。

 そのくせ学校全体が妙にざわついているのだ。


 不穏な影は旧校舎にも忍び寄っている。

 その証拠にさっき、校舎の裏口付近で不審な写真撮影をしていたこの男を発見した。

 現在、桃香たちは捕らえた男を尋問しているところである。


「へへ、知らねえなあ? 俺ぁ単にお前らのケツを隠し撮りしてただけだぜ」

「しらばっくれるな。取り上げたカメラには校舎しか写っていなかったぞ」


 それも、すべての写真を合わせれば建物の間取りさえわかるほど大量にである。


 状況から推測されることは一つ。

 これは旧校舎を襲撃する下準備だ。


 旧校舎の女子たちが爆高の権力闘争から逃れていた理由の一つに、男たちのまとまりのなさがある。


 これまでは豪龍組を除けば小規模なグループが乱立している状況だった。

 そのため、個別で襲撃してくるバカ共の撃退もさほど難しくなかった。


 だが最近になって急激に台頭してきたグループがある。

 一年生の技原力彦率いるセカンドキッカーというグループだ。


 豪龍組は中央での勢力拡大に伸び悩んでいる。

 だからセカンドキッカーと協力して矛先をまずこちらに向けた……

 十分に考えられることである。


 小ざかしい豪龍のこと、アリスのいる旧校舎に正面から攻めてくるとは思えない。

 おそらくは何らかの策を巡らしてくることだろう。

 桃香は是非とも戦いを回避するための情報が欲しかった。


「けけけ。建物フェチなんだよ」


 男はいくら問い質しても口を割らない。

 桃香は仕方なくジョイストーンを取り出した。


「嫌でも喋りたくなるようにさせてやろう」


 ジョイストーンが手の中で溶けるように消え、代わりに指の隙間から無数の針が飛び出した。


「うっ!」

「話す気になったか?」


 彼女のJOYは≪覇王樹の戒めシーザーニードル≫という細い針を射出する能力である。

 威力はそれほど高くもないが、生身で食らえばかなりの激痛だろう。


 人間から情報を引き出すには痛みに訴えるのが一番だ。

 拷問を加えるのは趣味ではないが、事は彼女たちの安全に関わるのである。


 しかし、男が苦悶の顔を浮かべたのは一瞬だけだった。


「うへへ。もっとやってくれよ。あんたみたいな可愛い女に痛めつけられるの、嬉しいぜえ」


 気持ち悪い顔でニヤニヤと笑う。

 その態度に桃香はゾッとするものを感じた。


「……い、いいだろう。ならば望みどおりにもう一度くれてやる」


 どうせ単なる強がりだ。

 そう思ってさらに数本の針を男の足に打ち込む。

 それでも男が笑みを崩さないので、今度は腕を刺すことにする。


「うひっ! ああ、いいねえ! 最高だよお!」


 シャツには血が滲んでいる。

 痛くないはずはない。

 こいつは本当に喜んでいるのか?

 気色悪いを通り越して気味が悪かった。


「どうした、もう終わりかあ?」

「くっ……」


 強がりに決まっている。

 本気で死に瀕する傷を負わせれば笑っていられるわけがない。

 しかし、やり過ぎて万が一にも殺してしまったらそれが爆龍組との火種になる。

 こちらから手を出したと吹聴されたら、旧校舎を攻める正当な口実を与えるようなものだ。


 男もそれはわかっているのだろう。

 これ以上の仕打ちを受けることはないと高をくくっているのだ。


 このまま大人しく解放するしかないのか?

 そう桃香が諦めかけた時、教室のドアが開いた。


 アリスだった。

 彼女は集まっている女子生徒たちを不審な目で見まわす。

 その視線が中央の男に向かう。


「あ、アリスさん……」


 こんなに早く帰ってくるとは思わなかった。

 アリスが思いついたように買い物に出かけるのはいつものことである。

 普段なら二時間は戻って来ないが、今日に限って一時間と経たずに戻ってきた。

 彼女が帰るまでには尋問を終わらせるつもりだったので、報告の使いは出していない。


 旧校舎に侵入した男子をアリスは問答無用で排除する。

 それを止めさせるには状況を説明せざるを得ない。


「アリスさん、こいつは豪龍組のスパイです。校舎の近くでうろついていたので捕らえました」

「こいつが噂のアリスちゃんかあ。間近で見るのは初めてだけど、意外とロリっぽくて可愛い顔してるじゃねえか」


 頼むから刺激するな……!

 桃香は男に対して祈るように念じつつ言葉をつづけた。


「豪龍組は旧校舎に対して何らかのアクションを起こそうと企んでいます。大規模な戦闘を回避するためにも、ここは慎重な対応が求められる状況だと思います」

「いいねえ。こんなかわい子ちゃんなら、もっとエグイいたぶられ方してみたいねえ。これまで何人も殺してきたんだろう? その細い手で、サクっと――」


 桃香が止めようとした時にはすでに遅かった。

 アリスの手に握られたナイフが煌めく。

 男の胸は一文字に切り裂かれた。


「アリスさんっ!」

「死にたがってるみたいだったから」

「え、あ……?」


 男は切り裂かれた自分の胸を見下ろしていた。

 その目が驚愕の形に見開かれる。

 直後に絶叫が上がる。


「いてええええええっ!」


 椅子から転げ落ちてのたうち回る。

 アリスはそんな男を無機質な目で見下ろしていた。


「て、てめえっ! こんなことしてただで済むと思ってんのかっ!? 俺は豪龍組の幹部だぞ、俺に手を出すってことは、豪龍組を敵に――」


 しゃがみ込み、アリスは男の肩にナイフを突きたてた。


「ぎえええええええええーっ!?」


 聞くに堪えない叫び声が廊下にまで響く。


「心配いらない。殺すから」

「わ、わかった! 言う、言うから! 豪龍組はセカンドキッカーと手を組んだんだよ。男子の全勢力を集結させて旧校舎に攻め込むつもりなんだ。ほ、ほら、いいだろ? 白状したんだから許して――――いっぎゃあああああああああっ! な、なんでまた刺すんだよ、話してやったんだから、もう許してくれるはずだろおおおぉぉお!?」


 アリスは不思議そうに首をかしげた。


「殺すって言ったよ?」


 目を見開いた男の顔には絶望が浮かんでいた。

 それは話し合いや駆け引きなど決して通じない、真の悪魔を目の前にした愚者の顔。


 アリスは男の額にとどめの一撃を突き刺した。




   ※


「それ、どっか外に捨ててきて」


 人を殺害したと言うのに、アリスの態度は常と変わらない。

 ナイフについた汚れをふき取って何事もなかったかのように教室を出ていく。

 たぶん、視聴覚室に遊びに行くのだろう。


 周りの生徒たちは誰ひとりとして声を出せなかった。

 これまでアリスに守られてきたとはいえ、目の前で人が死ぬのを初めて見る生徒も多い。


 しかし、桃香が言葉を失っている理由は周りと少し違っていた。

 今の彼女たちは非常に恐ろしい状況に置かれていることがわかってしまった。


 爆龍組とセカンドキッカー。

 現在の爆高二大勢力が本当に手を組んだ。

 合わせれば爆高男子全体の七割を超える大勢力である。


 しかも、こちらからケンカを売った形になってしまった。

 スパイがアリスによって処刑されたことは明日にもバレるだろう。

 男たちが本気で旧校舎を攻めるのなら、この学校のどこにも平穏はなくなる。


 戦争が始まる。

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