2 技原と速海
「ふーうっ」
技原はセカンドキッカーが本拠地にしている第一体育館へと戻って来た。
一番奥にあるキングサイズのソファに腰を下して大きく息を吐く。
「いよいよここまで来ましたね」
胸ポケットからタバコを取り出して口にくわえると、参謀役の
技原は黙ってタバコに火をつけ、高い天上を見ながら紫煙を吐きだした。
「これで学内の三分の一弱を勢力下に置きました。もはや豪龍も無視できないでしょう」
「そう慌てんな。物事には順序ってもんがあるんだよ」
二宮はかなり初期の段階でセカンドキッカーに併合されたグループのリーダーだった男である。
技原に敗れて重傷を負い、一命を取り留めて以来ずっと彼を慕ってグループの参謀的役割を担っている。
技原はもう一度深く煙を吐いて、その形が変わっていく様を見ながら思案に暮れた。
豪龍との対決はもはや避けられない。
それは彼もよくわかっている。
最大勢力である豪龍組は爆撃高校の半分以上を支配下に治めている。
その勢力は圧倒的だ。
しかし、グループの規模は問題ではない。
決戦となればセカンドキッカー以外からも協力者のあてはある。
問題は全く別の場所にあった。
これまで豪龍は執拗にリーダークラスとのタイマンを避けて来た節がある。
勢力の核である豪龍組の中核メンバーたちは校内では絶対に集団で行動する。
豪龍自身も常に数人の側近を侍らせ決して一人になろうとしない。
組織力にものを言わせた絶対的な統制を敷いているのだ。
豪龍の能力は未だ不明。
もちろん、直接対決となれば負けるつもりは微塵もない。
問題は豪龍とのタイマンが実現せず、グループ同士のが全面戦争に突入した場合だ。
そんな状況に陥れば双方ともに甚大な被害が出るだろう。
最悪、生徒の大半が死傷する恐れもある。
それを街の運営者たちは看過するのだろうか?
フェアリーキャッツと豪龍組が中央で争った時のように、なんらかの手を講じて争いを防止しようとするかもしれない。
小細工に優れた豪龍のことだ。
下手を打てばこちらが一方的に潰される恐れもある。
この規模の戦いになると、運営の動向を考えて行動することが必要なのだ。
放任主義に見えてヘルサードはしたたかな男である。
学校を維持できなくなるような事態は決して許さないだろう。
やはりなんとかして豪龍との一騎打ちに持ち込んで勝利するのが最善である。
技原は火のついたままのタバコを投げ捨ててソファから立ち上がった。
いよいよ決戦かと身を固くするメンバーたち。
そんな彼らを制して技原は体育館を出た。
やはりここは友人の知恵を借りてみよう。
※
道路側に面した第六校舎。
一階にある『保健室』と書かれた部屋のドアを技原は開けた。
「きゃっ!?」
女の驚きの声が聞こえる。
肩でセーラー服を羽織っている半裸の女生徒と目が合った。
爆撃高校では決してありえないその服装は、水瀬学園女子の制服に間違いない。
部屋の中央、保健室に似つかわしくないキングサイズのベッドの上に、情事を見られたにも関わらず陽気な顔で手を振る男子生徒がいた。
「やあ技原、何の用だ?」
「ちょっと相談ごとがあってな。いま大丈夫か?」
「もちろん友人の頼みごとなら……悪いけど、また今度にしてもらえるかな?」
肩を叩かれた女生徒はしぶしぶ服を着こんで保健室から出ていった。
彼女を見送った
「自分の所の生徒が爆高に出入りしていると知ったら、水学の生徒会は黙ってないだろうな」
「いくらなんでも生徒の学外での行動にまで制限なんかできないさ。それに、一部の教師はすでに知ってると思うぜ」
今の女は紛れもなく水瀬学園の生徒である。
街で速海にナンパされて連れ込まれただけの行きずりの女である。
彼女だけでなく、複数の女が校舎裏にある秘密の抜け道を使い、こうして速海と逢引をしているのを技原は知っている。
「で、どうする? 場所変える?」
「そうして欲しいな。ここじゃ臭くてかなわねえ」
「OK。じゃあ四階のオレの自室に行こう」
※
速海駿也は技原の個人的な友人である。
L.N.T.にやってくる少し前に出会い、一緒にヘルサードに勧誘されてこの街にやって来た。
セカンドキッカーの古参メンバーたちよりもよっぽど気心の知れた友である。
「で、相談って?」
速海はテーブルに二人分の紅茶を置いて小型のソファに腰を沈めた。
第六校舎四階の一室は彼の住処であり、教室とは思えないほど過度の装飾が施されている。
天井のシャンデリアや堅苦しい文庫本が並べられた本棚はともかく、ピンク色のカーテンだけは技原の趣味に合いそうもない。
「どうにか豪龍と一騎討ちに持ち込みたい。いい案はないか」
砂糖を四杯も入れた紅茶に口をつけようとしていた速海の手が止まる。
「ってことは、もうランドリューは壊滅したのか?」
「さっきな。廊下で下っぱが吹っ掛けてきたから、そのまま潰してきた」
「相変わらず手の早いことで」
「お前ほどじゃないさ」
「やれやれ、もうそんな所まで来たのか……」
速海は改めて紅茶を啜る。
カップをテーブルに置いた時、彼の表情から軽薄さは消えていた。
「全面戦争は避けたいんだな?」
「別に生徒が何人死のうが構わないが、運営の……特にヘルサードの不興を買いたくはない」
「熱く見えて冷静だな。その考えにはオレも同感だ」
速海はセカンドキッカーのメンバーではない。
一応、彼自身も爆高内では名の知れたSHIP能力者である。
しかしグループを組織して勢力争いに参加するつもりはなく、あくまで自由な個人を貫いている。
どの勢力にも属さない傍観者と言うわけだ。
しかしその実、彼はセカンドキッカーの別動隊であった。
速海が女をナンパして連れ込むのは決して女好きだからという理由ではない。
学外の情報を仕入れ、あわよくばスパイや状況提供者として使おうと意図があっての行動である。
速海が一声かければ、水学と美女学合わせて三十人ほどの生徒が労を惜しまず協力するだろう。
その中にはもちろん能力者もいる。
ヘルサードとは比べるべくもないが、彼にも異性を引き寄せる天性の素質があるのだ。
未や第二勢力となった技原率いるセカンドキッカー。
それに速海とその支援者たちが助力をすれば、総力戦でも豪龍組に引けはとらない。
だが、全面戦争を行うのは大きなリスクを伴う。
「所詮、オレたちはヘルサードの手の上で踊るネズミってことか」
「この街に来た時からわかっていることだろ?」
「もちろん。ヘルサードは恩人でもあるからね、悪くは思わないさ」
技原も速海も、外の世界にいられなくなったからこの街にやってきた。
類い稀な先天的SHIP能力者としての資質をヘルサードに見込まれてのことである。
後悔なんかしていないし、むしろ感謝してさえしている。
だからこそ彼らは自分たちが実験動物扱いされていることを知りながらも、こうしてこの無法地帯の学校で気ままな生活をしているのだ。
運営どもは別に好きなようにやればいい。
その代わり、自分たちも好き勝手に振舞わせてもらう。
だからと言って、運営たちの思惑から逸脱しては双方にとって良い結果にならない。
実験動物の分限をわきまえない生徒たちを消すことに、彼らは何の躊躇いも持たないだろう。
そのことに不満はない。
折り合いをつけるべき事とわかっている。
逸脱者を許さないのはL.N.T.も外の世界も同じなのだから。
「せっかくだし、もう一人の友人の意見も伺うことにしようか」
速海はソファから立ち上がり、棚に置いてあった黒い箱型の物体をテーブルの上に置いた。
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