第12話 爆撃高校動乱

1 起爆剤

「オラァ!」

「ぐぼーっ!?」


 技原力彦わざはらりきひこは拳を固く握り締め、目の前の男を力任せに殴り飛ばした。

 ぶっ飛ばされた敵対グループ『ランドリュー』の副ヘッド竹川はたった一撃であえなく撃沈する。


「うらぁ! 次にやられたいのはどいつだ!」


 ここは爆撃高校第四新校舎。

 その四階廊下に技原の声が響き渡る。


 技原を倒すために集まった二十数人の男たちは、完全に彼の迫力に飲み込まれてしまっていた。


 あえて能力を使わず、腕力だけでナンバー2相手に完全な勝利を収めたのだ。

 ザコがいくら集まったところで敵うような相手ではないと悟っただろう。

 ただ一人、ランドリューのヘッドである千葉洋輝ちばひろきを除いて。


「いい気になるなよ。一年坊が」


 洋輝がジョイストーンを握りしめる。

 右手が水晶のような輝きを持った物質に変化する。

 それと同時になぜか周囲の温度が急激に下がり始めた。


「それがお前のJOYか」


 技原は油断なくDリングで守りを固める。

 グループリーダー相手に油断するほど無根拠な自信家ではない。

 洋輝も同じくDリングを展開した上で、技原に向かって右手を突き出した。


「そらっ!」


 洋輝の拳から透明な塊が放出された。

 ガラスや水晶と言うよりは氷塊と言った方が正しいだろうか。

 冷気を放つその物体は、周囲に白い空気をまき散らしながら、ロケットのように飛んでくる。


 技原は身をひねって飛来物を避けた。


「がっ……!?」


 避けた技原に代わって、後ろにいた野次馬の生徒が喉元に直撃を受けた。

 喉が凍り付いた男は首筋を抑えながら廊下を転がり、やがて動かなくなる。


「俺の≪氷槍推進撃アイスロケット≫はDリングの防御の上からでも確実に相手の息の根を止める」

「へへっ、やるじゃねえか」


 驚異的な威力を目の当たりにしても動じない。

 目の前で人が死んだことですら、技原は少しも怯まない。

 むしろ彼は強力な使い手に出会えたことに喜びすら感じていた。


 周りの生徒たちが巻き添えを恐れて距離を取る。

 しかし逃げ出そうとする者はいない。

 野次馬根性もあるが、それ以上に二人の勝負の行く末は彼らの今後を決定づけるのだ。


「次はこっちの番だな!」


 技原が駆けた。

 直線の動きで真正面から突っ込んでいく。

 射出系の能力を持つ洋輝からすれば的以外の何物でもない。


「≪氷槍推進撃アイスロケット≫!」


 洋輝が再び拳の氷塊を撃ち出す。

 技原はそれを真正面から受け止めた。


「オラァッ!」


 開いた掌で氷塊を押さえつつ、そのまま前進を続ける。


「バカめ! その腕はもう使い物にならんぞ!」

「う、おおおおお……!」


 技原の腕が凍り始める。

 洋輝は技原の無茶な行動に内心驚いていた。

 だが、攻撃が当たった時点でもう決着はついている。


 彼の≪氷槍推進撃アイスロケット≫を受けて無事だった敵はいない。

 話題のルーキーを仕留め、勢力拡大のさらなる一歩とする。

 洋輝はすでに勝利を確信し戦闘の後のことを考え始めていた。


 ところが、技原の足は止まらない。


「うぉりゃあ!」


 気合いと共に技原は腕を振動させた。

 技原はSHIP能力と呼ばれる超人的な身体能力の所持者だ。

 それに加えて彼は≪振動する拳バイブレーションフィスト≫という名のJOYを持っている。


 腕を覆う氷が振動によって吹き飛ばされる。

 そのまま技原は一気に間合いを詰め、洋輝の首を掴んだ。


「喰らえぁ!」

「ごごごごごごごっごっっごっ!?」


 二度目の振動は洋輝の頭を揺さぶった。

 その攻撃はDリングの防御の上から洋輝の脳を撹拌する。


「こぷっ」


 顔中の穴から血を吹き出し、奇妙な声を上げて洋輝は絶命した。


 息絶えた洋輝の体を無造作に投げ捨てる。

 技原は通路の東側に位置する彼の部下たちに目を向けた。

 そして今はもう指導者を失ったランドリューの兵隊たちに向けて言い放つ。


「まだヤる気がある奴はいるか!? 名を上げてぇならかかってこい!」


 今度こそ技原の声に応える生徒は一人もいなかった。

 技原は右腕を高く突き上げ、周囲のすべてを威嚇するよう叫ぶ。


「誰もいないってんなら、今日からお前らは俺の配下だ!」




   ※


 爆撃高校ではこのような命がけの抗争が日常茶飯事で行われていた。

 学校とは名ばかりで、その実態は少年たちが血で血洗う争いを続ける真の無法地帯である。


 生徒の多くは能力者によって統率されたグループに所属している。

 社会に適応できずはじき出され、あるいは存在を抹消された不良少年たち。

 爆撃高校はそんな荒くれた若者たちが最後にたどり着く、この世の掃き溜めだった。


 爆撃高校の運営者たちは彼らにジョイストーンを持たせて争い合わせている。

 それは優れた能力を発現させるための実験体……言ってみれば使い捨てモルモットである。


 だが、そんなことは少年たちには関係ない。

 力が支配し暴力に優れた者がすべてを自由にできる学校。

 それは退屈な日常に飽きていた者たちにとって非常に心地良い居場所だった。


 この異常な学校に明確な法はない。

 ただ、力の序列と仲間内での規律が存在するだけだ。

 技原はその爆撃高校において現在躍進している若手グループのリーダーである。


 そのグループの名は『セカンドキッカー』と言う。


 技原は爆撃高校校長ミイ=ヘルサードによって四年前にL.N.T.に連れて来られた。

 他の大半の生徒とは違って校長による直々の推薦を受けた特待生だ。


 中学時代はヘルサードから人前で能力を使うことを固く禁じられ、流瀬地区にある第四中学に入学しして周りの生徒とケンカをしながら毎日を過ごすなど、比較的おとなしく過ごしていたが……


 雌伏の時は去年で終わった。


 技原は能力の使用を許可され、奇妙なバランスの下で落ち着きを見せ始めていた爆撃高校に一石を投じる役目を与えられた、いわば運営公認の起爆剤なのである。


 中学時代のケンカ遊びだけでも爆弾小僧とあだ名される程度に名前を売って技原は、爆撃高校に入学すると同時に、瞬く間に学内の勢力図を塗り替えていった。


 現在の爆撃高校は『豪龍組』というグループが最大勢力として君臨している。

 豪龍組は学内だけに留まらず、夜の中央でも幅を利かせる巨大グループだ。

 しかしセカンドキッカーも今やそれに準ずる規模にまで膨らんでいた。


 去年までの爆撃高校は『豪龍組とその他弱小グループ』と戦力がいい意味で拮抗していた。

 そのため細かい諍いなどはあっても、勢力に大きな変化は起こり難かった。

 そんな爆撃高校に技原という男が現れた。


 もちろん、ここまで上り詰めるのは生半可な苦労ではなかった。

 公認の推薦枠とはいえ、別に運営からのバックアップを受けているわけではない。

 文字通りの四面楚歌から始まって、できるだけ相手になりそうなやつを選んでケンカを売る。


 生意気な新入生を爆撃高校の先輩たちは当然、歓迎しなかった。

 数を頼りにして死ぬ直前までボコボコにされたこともある。

 その度に技原は立ち上がり、必ず最後には勝利した。


 そして今、豪龍組とセカンドキッカーに次ぐ第三勢力と呼ばれていた『ランドリュー』を完全に支配下に置くことに成功した。


 もはや誰の目にも豪龍組とセカンドキッカーの全面戦争は明らかであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る