7 赤坂綺VSアリス

 アリスが振った刃は翼の女の眼前を掠めた。

 わずかに斬り裂かれた前髪が数本、宙に舞う。


「ちょ、ちょっといきなり何するのよ!」


 避けられた。

 仕留めるつもりで攻撃したのに。


「私を生徒会役員だとしっての暴挙なら許すわけにはいかないわ! 私の名前は赤坂綺あかさかあや! おしおきしてあげるから、かかってきなさい!」


 何故か自ら名乗りを上げ、女が翼を広げて飛翔する。

 流石に空を飛ぶ敵と戦うのは初めてだった。

 あの距離で攻撃を避けた相手も。


 これまでにアリスはL.N.T.で苦戦というものをしたことがない。

 敵と見なした者はすべて即座に命を奪ってきた。

 しかし、今回は初めて勝手が違う。


「てやあっ」


 奇妙な掛け声とともに女が急降下してくる。

 伸びた手がアリスの腕を掴もうとする。

 アリスは身を捩って攻撃をかわす。


 斜め前に倒れ込みながらナイフを振る。

 今度は切っ先が女の真っ赤な翼に届いた。

 だが奇妙な弾力があって刃は通らなかった。


 アリスは横に飛んで身を引く。

 女は追撃を行わず宙に戻っていった。


 見たところ、あの翼は飛翔可能な高機動ユニットである。

 そしてどうやら翼そのものが高い防御性能を持っているようだ。


 アリスの武器はガリボンヌから奪った強化ナイフ。

 Dリングの守りすら容易く斬り裂くことができる特殊な武装だ。

 しかし、あの翼はこのナイフ以上の強度を持っているということらしい。


 アリスの攻撃手段は主にナイフによる格闘術である。

 監禁時代にひたすらナイフを振り続けた経験は確かな糧になっている。

 ジョイストーンを手にしてからはSHIP能力と同等の身体能力も身につけた。


 たとえ相手が能力者だろうとナイフ一本で渡り合える自信はある。

 そしてもちろん、アリスの能力はそれとは別にあった。


 アリスは懐からジョイストーンを取り出した。

 立てた人差し指を空中の女に向ける。


 落ちろ。


 指先から電撃が迸る。

 アリスのJOY≪雷皇の楽園サンダーランド≫である。


 人間を丸こげにできるほどの威力がある雷撃を放つ能力。

 まともに受ければただでは済まず、電撃ゆえ放たれた後に避けるのもほぼ不可能だ。


 しかし女は翼で体の全面を覆い、電撃を真っ向から受け止めた。

 空中でバチバチと音を立て雷光が弾ける。


 光が収まった後、翼を開いた女は全くの無傷だった。

 ほんの少し制服の裾が焦げ付いている程度である。


「や、やるわねっ! けど、もうその攻撃は通用しないわ!」


 アリスは再び指を突き出した。

 女は翼を広げて飛翔する。

 狙いを定めようにも動き回られてはままならない。

 適当に当たりをつけて二、三発電撃を放ってみたが、かすりもしなかった。


 女が再び急降下を開始する。

 アリスはナイフを持ちかえて迎撃の体勢を取った。


 先手を取って刃を振る。

 女は直前で上昇して攻撃をかわす。


 空に逃れると同時に電撃を放つ。

 戦闘機のような高速機動で避けられる。


 二人の攻防はしばらく続いた。

 女にはどうやら遠距離からの攻撃手段がないらしい。

 近づこうと試みてはアリスのナイフや電撃に牽制されて引き下がる。


 どちらも決めの一手を打てない持久戦の様相を呈してきた。

 こうなったら先に疲れを見せた方が負ける。


 ならばとアリスはあえて電撃を撃つのを止めた。

 飛び込んでくるのを誘い、カウンターで今度こそ仕留めてやる。


 しかし、いくら待っても女は降りてこない。


「私の隙を誘っているなら無駄よ! その手には乗らないわ!」

「……そう」


 どうやら頭は悪くないようだが、バカであるのは間違いない。

 アリスは急激に気持ちが冷めていった。

 女に背を向けて歩き出す。


「あ、どこに行くの!?」

「帰る」


 こんな面倒なやつの相手をいつまでもしていたくない。

 白くない翼なんてそこまでして欲しいものでもない。


「ちょ、ちょっと、待ちなさい! ここまでしておいてただで帰れると――」

「赤坂さん!」


 背後で別の声が聞こえたが、アリスはもう振り返らなかった。


「あ、美紗子さんお疲れ様です。いま狼藉者の追撃をしようとしてたんですけど」

「いいから放っておきなさい」

「え? けど……」

「あの人に手を出してはダメ」


 アリスは二人の声を背中に聞きながら中央を後にした。

 彼女の住処である爆撃高校旧校舎へと向かう。




   ※


 帰り道の途中。


「おっと、ここは通行止めだぜ」

「ここを通りたけりゃあ通行料を払ってもらわなきゃなあ」


 アリスより頭三つ分は背の高い男たちが道を塞いだ。


「なんだ、ガキじゃねえか。中学生かぁ?」

「いやいや見てくださいよ。体型はガキだけど、なかなか可愛い顔してますぜ」

「そうかそうか。おい女、恨むなら俺ら『デットデイ・イブ』の縄張りと知らずにこの地区に入っちまった、自分の愚かしさを恨むんだな。なあに、通行料は体で勘弁してやる。一晩かけてかわいがって――」

「お、おおおお、おい、こいつは!」


 一番後ろにいた男の顔色が変わった。


「どうしたんすか、アニキ?」

「ちょうどいいや。見て下さいよ、アニキ好みの幼い女が――」


 ポケットから出したナイフを一閃。

 後ろを向いていた先頭の男の首が胴から離れる。


「へ、タケシ……?」

「なんてやつに絡んじまったんだ! こいつ、爆撃高校のアリスだよぉ!」


 どうやらあの男はアリスの顔を知っていたようである。


 だが、もう遅い。

 さらに二度ナイフが煌く。

 残った男たちも、ひとり残らず血しぶきを上げて絶命した。

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