9 七発目の弾丸

「そろそろケリをつけてやるよ!」


 リリィが飛び込んでくる。

 ナイフと拳銃がぶつかり激しい金属音を立てる。


 しかし、今度はさっきまでと同じ結果にはならなかった。

 二人の動きが硬直する瞬間を狙って、四方から鉄球が花子へと襲い掛かる。


「ちっ!」


 花子は攻撃を避けるため体をひねった。 

 だが迫る鉄球すべてをかわすことはできない。

 四つの鉄球のうち一つが花子の左脇腹に突き刺さった。


「ぐげっ!」


 吹き飛ばされた花子は苦痛の声を上げながら地面に転がる。

 追い打ちをかけるようにリリィが床を蹴った。


「終わりだ!」


 上から覆いかぶさる形になり、リリィが花子の腹にナイフを突き立てようとした瞬間。

 ぱぁん、と甲高い破裂音が響いた。


 ブレーキをかけ損なったリリィがそのまま花子の上を越えて転がっていく。

 うつ伏せに倒れる金髪美女の脇腹からはジワリと血が滲んでいた。


「う、あああああっ!」


 花子は即座に起き上がってリリィに駆け寄り、傷口を思いっきり蹴り飛ばした。


「ギェエエエエエエッ!?」


 聞くに堪えない悲痛な絶叫がフロアに響く。

 やがて、その声も彼女の意識と共に消失した。


「ったく、手間かけさせんなよ。ちょこまか動き回る敵がこんなに面倒だと思わなかった」

「たぶんそれ、花子さんを知ってるみんなが思ってますよ」

「みさっちは余計なこと言わない! こっちは必死なんだから!」

「花子さんが勝手に勝負を受け入れたんじゃないですか」

「う……まあ、残り半分だし、ちょちょいと片付けて終わりにするよ」


 軽口を叩いてはいるが、花子は決して余裕があるわけではない。

 鉄球の激突した左脇腹は痛々しい青あざになっている。

 最後にリリィが振ったナイフは腹部に大きな切り傷を作っていた。

 わざと食らわなきゃ油断を誘えなかったとはいえ、受けたダメージは大きい。


 残りは磁力で鉄球を操る能力者。

 そして鉛で出来た銃弾でさえ弾道を逸らす不思議バリアーの使い手。

 前衛を倒したとはいえ、侮っていい相手ではない。


 さらにマズイことに、花子の右腕はそろそろ限界に近かった。

 何度もナイフを銃身で受け続けた上、拳銃発砲の際の衝撃を片手で受け止めたのだ。


 SHIP能力者であっても花子は腕力に優れているわけではない。

 混戦の中でいつもと同じように戦えば、痛みは蓄積されて当然だ。


 そして何より、残る敵二人に対して残っている銃弾は後一発しかない。

 花子は銃口をバリアー使いのミリアに向けた。


「ばあん!」


 花子が大声を出した。

 それと同時に球状の電機の幕が発生した。

 もちろん銃を撃ったのではなく、口で真似ただけのハッタリだ。


 しかし、姉妹をやられて焦ったミリアは先走って反応してしまった。

 花子の口元がニヤリと歪み、逆にミリアの表情は青ざめる。


「さっきから見てりゃさ、それってジャスト四秒で切れるよね。連続で使えるのかな?」


 ずっとバリアーを張り続けたままでいられるなら、戦闘中もずっとそうしておけばいい。

 彼女がそうしないのはやはり使用時間の制限があるからだろう。

 花子の予読み通り、四秒ちょうどでバリアーは消失した。


 拳銃を両手で構える。

 完全にバリアーが消える瞬間を狙って発砲する。

 だが、その銃弾は空中で横から飛んできた鉄球に遮られた。


「sera. Good job!」


 四女セイラが絶妙なタイミングで鉄球を割り込ませ、ミリアを守ったのだ。

 勝利を確信した表情でミリアは胸元の十字架のアクセサリーをネックレスから引きちぎった。


 花子に向けた十字架がバチバチと電気を帯び始める。

 ミリアの奥の手か――しかし、その実態が披露されることはなかった。


 ばぁん。


 この部屋に入っての銃声があらゆる音をかき消した。

 ミリアは膝をついてその場に倒れ、手にした十字架は音を立ててフロアの床に転がる。


 ひとり残ったセイラは何が起こったのかわからないという表情をしていた。

 彼女はゆっくり近づいてくる花子に対して、なすすべもなく立ち竦むことしかできない。


 額に銃口を押し付けられて初めて彼女は自分の置かれた状況に気づいたようだ。


「さ、どうする? まだやる?」


 夜叉のような底冷えのする声で花子が呟くと、セイラはその場で腰を抜かした。

 降参の証だろうか、彼女は震える手で鉄球を操っていた鉄の棒を差し出した。




   ※


「最後のはたまんなかったね! 金髪ロリの怯える表情とか興奮でビチョ濡れだよ!」

「それは流石に性格悪すぎると思います。というか、いくら売られたケンカとは言え、三人も大怪我させてるんですよ。やっぱりL.N.T.に戻る前に指導しておかなきゃダメかしら」


 幼い親戚のいる美紗子としては花子のあんまりな発言に危機感を覚えるのだが、


「んなこと言ったらみさっちだって一緒じゃん。止めなかったんだから同罪だよ」


 逆にカウンターを食らって言葉に詰まる。


 戦いが終わった今だから冷静に自己分析できる。

 美紗子は花子が不意打ちのようにヘレンを撃ったことも、ミリアを撃った後に追撃で傷口を蹴り飛ばしたことも、決して悪いことだとは思わなかった。


 むしろ正しい行動だとすら思った。

 もちろん、外の世界の常識ではありえないことである。

 なにせ彼女たちは軍人でも殺し屋でもない、ただの女子高生なのだ。


 花子は急所を外すような射撃をしているとはいえ、一歩間違えば命を落とす危険もある。

 そんな行為を見て何も思わないなんて、L.N.T.での過酷な生活が骨の髄にまで浸みこんだ証拠だ。

 そう思うと美紗子は空恐ろしい気持ちになった。


 この点を見れば四姉妹とは最初から大きく意識が違っていたと言える。

 能力の優劣以前に実戦経験の差は埋めようもないほどに大きかったというわけだ。


「っていかジョイストーンは持ってきちゃいけないって言われてたじゃないですか」

「だってあたしの半身も同然だよ? いくらミイさんの指示でも置いていけるわけないし。そもそも誰かに預けて万が一にも盗まれたりしたら、帰ったその日に殺されちゃうよ」


 花子が最後に撃った七発目の弾丸の正体。

 それは彼女のJOY≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫である。

 下着姿では二丁目の拳銃を隠すことはできないが、小さなジョイストーンをショーツの中に隠すのは容易であった。


 花子がすべての弾丸を打ち尽くしたと思ってミリアは油断した。

 その隙を突いて正面から銃撃を撃ち込んだのである。


「ま、勝てたんだから細かいこと言いっこなしってことで。それより早く帰ろーよ。こいつらの手当もしなきゃいけないしさ」

「そうですね。でも誰に知らせればいいんでしょう。病院に電話するわけにもいかないし……」

「ミイさんでいいんじゃん?」


 ヘルサードならこの程度の事件は簡単に揉み消すこともできるだろう。

 速海の言っていたことが正しければ、学校を一つ潰すほどの事件ですら隠蔽できるのだ。

 人知れず行われた決闘を外部に漏らさず彼女たちの受け入れ先の病院を探すくらいは朝飯前だろう。


「そうと決まったら早速電話でんわ……っと、さすがにこんなところに公衆電話はないかぁ」

「一度外に出るしかありませんね」


 美紗子たちは部屋の入口へと向かった。

 扉はホテルと同じオートロックになっているようだ。

 押しても引いてもうんともすんとも言わない。


「開きませんね」

「何だよあいつら、最初から自分たちが負けた時のことなんて考えてなかったのかよ」

「というより、ここまでやられるとは思ってなかったんでしょう。仕方ないからあの子に聞いて……」


 美紗子たちが後ろを振り向くと、倒れている長女ヘレンの隣で、ひとり無事だった四女セイラが床にペタンと座り込んで絶望の表情を浮かべていた。


 端に穴のあいたカードを手に持って。

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