8 深川花子VS電気使い四姉妹

 美紗子たちは四姉妹に連れられホテルを出た。

 夜中でも人通りの多い新宿駅前繁華街を抜け、大通りを越えて裏路地へと入っていく。


「ここよ」

 

 辿り着いたのは一見するとただの雑居ビルである。


 しかし立ち入り禁止の柵を越えて中に入れば、少し雰囲気がおかしいことに気付く。 

 外からで暗くてわからなかったがテナントの類いは一切入っていない。


 ヘレンは迷わず通路の一番奥のエレベーターに乗り込んだ。


 美紗子たちも後に続く。

 六人で乗るともう中はぎゅうぎゅうだ。


 ヘレンが五、六、四、五の順に階数ボタンを押すとエレベーターが動き出した。

 一階から六階までの表示しかないのに、体感的には明らかに下っている。

 知らなければ決して辿り着けない秘密の場所ということだろう。


 降りた先は一本道の通路になっていた。

 行き止まりにやたら重々しい鉄の扉がある。


 ヘレンが複数のカードキーを通し、その上で十桁を超えるパスコードを入力する。

 ホテルと似たような電子ロックだが、より複雑なもののようだ。


 扉が開いた。

 中はちょっとしたダンスフロア程度の広さがある。

 壁は一面むき出しのコンクリートで、寒々しい印象のある部屋だ。

 なんとなくだが、L.N.T.の工業地帯と同じような匂いを美紗子は感じた。


「ここはとある物資の保管に使われている倉庫です。今は別の場所に移動させていますが、警察に知られては非常に不都合な物が――」

「御託はいいからさ、やんならさっさとやろうよ」


 ヘレンの説明を花子は容赦なく遮った。

 四姉妹の表情が険しさを増す。


 姉妹は全員が金髪碧眼の美女たちある。

 顔立ちも黒一色の服装もそっくりだが、髪型と身長に違いがある。


 一番背の高いショートカットの女が長女のヘレン。

 両手首にはめた腕輪に電気を溜め、強力な電撃を放つ技を使う。


 ウェーブヘアのミリアは次女で、姉より少し背が低い。

 ヘレンと一緒にテレキネシスを演じていたが実際はどんな力を持っているかわからない。

 気になるのは首から下げたネックレスと、吊るした十字架のアクセサリーか。


 ショートボブの三女はリリィ。

 足元まで全身黒づくめの他の姉妹とは違い、彼女だけは銀色のゴツイ流線形の靴を履いている。


 一番背の低いストレートヘアの少女がセイラ。

 人形のように無表情で、英語しかしゃべったところを見たことがない。

 棒状の物体を触媒として磁力を操る能力者ということは先ほど速海が見破っている。


「さあ、そんじゃ一暴れしますか」

「フン」

 

 ヘレンと花子が睨み合う。

 二人の身長差は二十センチほどもある。

 近づくと花子の方が見降ろされる形になった。


「慌てるなよ小娘。まずは誰と誰が戦うか決めようじゃないか」

「は? なに言ってんの?」

「二対二だ。残りの二人は誓って手を出さない。もちろんお前は私を選んでくれるよな?」

「いや、そういうのいいからさ。面倒だから四人まとめてかかってきなよ」

「……あまり調子にのるなよ。四対二だから負けましたなんて言い訳されたくないんだよ」

「そっちこそ勘違いすんな。あたしが受けた勝負だから、みさっちには手を出させない。っていうか一人で十分だってさっきも言っただろ」


 どこまでも挑発的な花子の態度にヘレンだけでなく他の三人も目に見えて苛立っていた。


「いい加減にしろ。こっちは親切で対等な条件にしてやるっていってるんだぞ」

「勝負を挑んだのはそっちだろ。挑戦者らしく全力でかかってこいよ」

「……OK。予定変更だ。力比べは後回し。今はこのふざけたメス猫を躾けるのが先だ」

「んじゃ、戦闘開始でオッケ?」

「ああ。私たちを侮ったこと、存分に後悔させて――」


 ヘレンの言葉を乾いた破裂音が遮った。

 後ろの姉妹たちは何が起こったのかわかっていない。

 唯一、ヘレンだけが赤く染まった自分の腹を不思議そうに眺めている。


「てて……」


 花子はその場で尻餅をついていた。

 彼女が手にした拳銃の銃口が煙を上げている。


「本物の銃ってこんな反動がすごいんだ。こりゃ片手じゃ撃てないわ」

「え、あ……」


 至近距離から銃撃を受けたヘレンは、その場で膝をついて、ガクリとうつ伏せに倒れた。


 腹から流れた血がジワリと床に広がっていく。

 そこで他の三人もようやく何が起こったのか気づいたようだ。


「いつまでも喋ってるから……」


 美紗子は呆れていた。

 ヘレンという少女はあまりに不用心過ぎた。

 すでにやる気になっている花子を前にして、延々と無駄口を続けるなんて。


 花子は昼間に彼女が放った強力な電撃を見ている。

 真っ先にヘレンを排除しようと考えるのは当然のことだ。


「貴様、この卑怯者……ッ!」


 次女のミリアが憎々しげな目で花子を睨む。


「心配しないでも急所は外してあるよ。すぐに病院に連れていけば助かるかもしれないけど」


 言った次の瞬間には、すでに花子はその場にいなかった。


 美紗子だけがその動きを目で追える。

 花子は三女リリィの背後に移動していた。


「全員ぶっとばすまで帰さないからね!」


 花子のSHIP能力は機動力の強化である。

 一瞬で最高速度まで達する瞬発力に加え、身のこなしは猫のよう。

 人間の限界を超えたその動きは、到底普通の人間が捉えられるものではない。


 二発目の発砲音が響いた。

 背後からの射撃である。


 ところが、リリィはその攻撃をかわした。

 銀色の靴がバチバチと音と光を放つ。


「へえ、それがその靴の力なんだ」

「私の能力だ」


 言い返しつつ、ミリアは左右に横飛びをしてその動きを見せつける。

 彼女は大きく後ろに飛んで距離をとった。

 一瞬にして十数メートル離れた部屋の端まで移動する。


「足の速さが自慢のようだが、この私のスピードについて来られるかな!」


 リリィが軽く腰を沈め床を蹴る。

 部屋の反対側から一秒足らずで距離を詰めてくる。


「フッ!」


 その勢いのまま、いつの間にか手に握っていたナイフを振る。

 花子はりりィの攻撃を拳銃の銃身で受け止めた。


「へえ、やるじゃん!」


 ナイフを弾き、リリィに銃口を向ける。

 響く銃声。

 リリィは銃撃を食らうことなく再び遠くへと逃げた。


「遅い遅い!」

「あーもう、ちょこまかと……っ!?」


 追いかけようとした花子の眼前を、


「あぶねー!」

「Don't look at it!」


 黒い鉄球がかすめた。

 あと一歩踏み込んでいたら頭を横殴りにされていただろう。


 鉄球を操っているのは四女のセイラである。

 彼女は手にした銅色の棒をくるくると振り回していた。

 ソフトボールほどの大きさの鉄球が六つ、部屋の中を縦横無尽に飛び回る。


「ちっ……嫌な奴を思い出すわ、それ」


 花子は立ち止まったまま苦笑いを浮かべた。

 一見、セイラの攻撃は荏原恋歌の≪七星霊珠セブンジュエル≫にも似ている。


「ま、あいつのJOYよりずっと遅いけどね」


 だが威力も速度も比べるべくもない。

 花子の身体能力があれば避けることは難しくないだろう。

 とはいえDリングを身に着けていないので、頭に当たれば致命傷は避けられないが。


「余裕ぶるのは結構だが、いつまで強がりが持つかな!」


 リリィが再びナイフ突撃をかける。

 今度の花子は大きく横に飛んで攻撃を避けた。


「いくら速くても動きは見え見えなんだよ!」


 リリィの超高速移動は花子と違って直線的な動きしかできないようだ。

 しかも本人の感覚が動きについていかないのか、攻撃の前には必ず足を止める。


 総合的な機動力ではやはり花子の方が一歩も二歩も上である。

 だがセイラの鉄球が絶妙なタイミングで花子の反撃を阻止していた。


「ふん、すばしっこいだけが取り柄のメス猫が。そいつの弾が切れた時がお前の最期だよ」


 花子は六発装填式のリボルバーをすでに三発まで使用している。

 全員を確実に仕留めるためにはもう一発も外せない。

 あまり楽観できる状況とは言えなかった。




   ※


「このっ」


 何度目かになるナイフ突撃をかわした直後、花子はすぐさま銃を構えてノータイムで引き金を引いた。


 狙ったのは後ろに引いたリリィではない。

 部屋の隅で鉄球を操っているセイラである。


 銃を向けられた瞬間、鉄球の動きが鈍った。

 しかし、銃弾は四女の体に当たっていない。

 バリバリと耳障りな音が空気を振動させる。


 これまで黙って様子を見ていた次女ミリアを中心に、球状の電気の膜が広がっていた。

 膜の外周部に触れた弾丸は奇妙に弾道を曲げて地面に小さな穴を穿つ。


「ちっ、バリアーとかマジかよ!」


 さすがの花子にも焦りが見え始めていた。

 彼女が手玉に取られるほど、姉妹の連携は完璧なのだ。


 防御の次女。

 撹乱の三女。

 牽制の四女。


 もしヘレンが健在だったなら、とっくの昔に決着はついていたはずだ。

 この流れに攻撃力の長女が加わればまさに完璧な連携となる。

 最初に彼女を倒しておいた花子の判断は正しかった。


 こうなると互いに決め手がない攻防が続く。

 このままでは花子の方が先に息が切れるのは明白だ。

 やがてリリィのナイフかセイラの鉄球をまともに食らうことになるだろう。


「花子さん、手を貸しましょうか?」

「別に必要ないって……うわっ!」


 声をかけた美紗子の方に花子がちらりと視線を向けた。

 その直後、リリィのナイフが彼女のジャケットを切り裂いた。


「あー、邪魔っ!」


 花子はボロ布となったジャケットを脱ぎ捨てる。

 下はホテルを出てきた時そのままの下着姿だ。


「うわっ、寒っ!」

「冬なんだから当たり前です、なんでちゃんと服を着なかったんですか!」

「仕方ないじゃん、ムカついてたんだし!」


 当たり前だが、こんな何もない部屋に空調設備など存在しない。

 コートを着込んでいる美紗子でさえ肌寒いくらいである。


「あーもう、さっさとこいつらぶっ飛ばしてホテルに戻ろう!」


 劣勢にも関わらず、花子の軽口は消えることはない。

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