7 金髪美女たちの挑戦
部屋に戻った美紗子はドアノブが回らないことに気づいて焦った。
流石は高級ホテルだけあって、個室もオートロックなのだ。
「花子さーん、あけてくださーい!」
ドアを叩いても返事はない。
まさか寝てしまったのだろうか?
不安になった頃、向こう側からガチャガチャと音が聞こえてきた。
花子がドアを開けようとしているのだ。
いるなら返事くらいしてほしい。
「あれ、なにこれ。開かないんだけど」
「鍵とかついてないの? もしくはスイッチとか」
「スイッチ……ああ、これかな」
ウィーン、と機械的な音が鳴る。
どうやら鍵が開いたみたいで一安心だ。
危うく一晩中廊下に締め出されるところだった。
部屋の中に入った瞬間、美紗子は花子の姿を見てギョッとする。
「ちょ、なんて格好してるのよ!」
「だって熱かったんだもん。エアコンの温度調節とかわかんないしさ」
花子はショーツ一枚で上には何も着ていない。
酔いが回っているのか頬を赤く染めている。
上には何も着ておらず、さらけ出した胸を隠す様子もない。
美紗子は彼女を部屋の中に押し込めてドアを閉めた。
背後で勝手に鍵がかかる音がする。
「いくらなんでも真冬に裸とかなに考えてるのよ……」
「裸じゃないよー。ぱんつ穿いてるし。それよりみてよあのドア。ボタン一つで鍵が開くんだよ。あたしたちは未来に生きてるよ」
「わかったからせめて胸くらい隠しなさい」
「あのさ、ブラのサイズが合ってなくって苦しいんだ。知らないうちにまた大きくなっててさー」
「……それは何よりですね」
「もー肩がこって肩がこって。その点みさっちはいいよねー、ブラのサイズとか全然気にしなくていい……か……ら」
「あ? なんか言った?」
「何にも言ってないよ! いたいいたい! みさっち手ぇ離して! 握り潰さないで!」
「もぎ取られたくなければシャツを着なさい」
「イエス、マム」
必死の説得が通じて花子は上着を着てくれた。
しかし美紗子の気持ちは沈んでいる。
別にいいもん。
胸以外は完璧な生徒会長とか言われてるの知ってるけど、気にしてないもん。
逃げるようにベッドに潜り込んだ花子はテレビの歌番組を見始めた。
ベッドの脇には開封済みのお菓子の山が積まれている。
夜中にあんなに食べたら太るだろうに。
……脂肪を胸に回す秘訣があるのだろうか?
聞いたら教えてくれるかな。
「みさっちもいっしょにテレビ見ようよー。おかしもあるよー」
「はいはい」
L.N.T.で暮らし始めてから久しく見ていなかった歌手がテレビに出ていた。
美紗子は上着をハンガーにかけると、隣のベッドに腰掛けて一緒にテレビに見入った。
明日の予定がわからないのでさすがに飲酒は断った。
しかし、こうしてお菓子を食べながらテレビを見ていると、あの緊張と責任に満ちたL.N.T.の日常が嘘のように思えてくる。
大岩すら持ち上げられるこの腕に宿った力が、もしも幻だったなら……
五人組のアイドルグループが踊っている姿を夢の中にいるような気分で眺めていると、急に部屋の中が真っ暗になった。
「ちょっと、いいところだったのに!」
花子が不満そうにベッドを叩いて文句を言う。
いきなりの停電だった。
ブレーカーでも落ちたのだろうか。
窓の外には相変わらず宝石箱のような夜景が広がっている。
どうやら電気が消えているのはこのホテルだけのようだ。
「ちょっと外を見てくるわ」
廊下の様子を確かめるため暗い室内を手探りで入口まで歩く。
そこで大変なことに気がついてしまう。
オートロックのドアも電気制御なのだ。
電気が通っていなければ開けることができない。
携帯電話なんて持っていないから助けを呼ぶ手段もない。
もしかしたら非常時に手動で開ける方法もあるかもしれないが、調べようもなかった。
「困ったわね」
「あーっ、仕方ない。もうこうなったら寝ちゃおっか」
大の字に寝転がる花子は言葉と裏腹に困っているようは見えない。
単純に彼女はテレビが見れないことだけが不満のようだ。
窓から入る明かりも心許ない。
これでは読書もできないので、本当に寝るしかなさそうだ。
せめてパジャマに着替えようとカバンを漁っていると、ドアの方から甲高い電子音が聞こえた。
その直後、ドアが勝手に開いた。
廊下にも明かりはなく、はっきりとは見えないが、誰かが外から開けたようだ。
「誰ですか?」
ホテルの人が来てくれたのだろうか。
問いかけてもドアの前に立つ人物は答えない。
「アザブミサコとフカガワハナコですね?」
代わりにやや聞き取りづらい声が闇の中から誰何した。
美紗子はベッドを降りて近くにあった電気スタンドを握りしめた。
花子も不穏な空気を感じたのか、即座に跳ね起きて膝立ちの姿勢になる。
「だったら、なんだよ?」
花子が強めの声で言い返す。
闇を睨みつける彼女の姿には酔いも油断も感じられない。
ともすれば先手を打って飛び掛かりそうな彼女を制し、美紗子はもう一度その何者かに尋ねた。
「……もう一度聞きます。あなたは誰ですか」
「ヘレンです。先ほどはどうも」
たぶん、先程の会談でジョニーの後ろにいた金髪美女の一人だ。
「こんな夜更けに一体何の用でしょうか」
「あなた達とお話をしたいと思いまして」
「仲良くするような関係でもないでしょう。ボディーガード同士が個人的に接触するのは、互いの護衛対象にとっても不都合があると思います」
「ならハッキリと言うわ。私たちと勝負しなさい」
ヘレンの語気がやや強まった。
それを合図としたように部屋の明かりが点く。
彼女の指が照明のスイッチに触れている。
電気が流れているのはメインライトだけで、テレビもスタンドライトも消えたままだ。
もちろん彼女の背後の廊下の電気も。
「電気使いなんだっけ。じゃあ、この停電もあんたがやったの?」
「ええ。他の宿泊客には申し訳ないですが、こうでもしないとセキュリティーを潜れなかったので」
花子の問いかけをヘレンは悪びれもなく肯定した。
「ではついて来てください。近くに都合のいい場所を用意してあります」
「そこにはミイさんやジョニーさんもいるのですか?」
「いいえ、私たち姉妹だけです」
「なら私たちが争う理由がありません。能力のお披露目なら既に済みましたし、ましてや護衛対象に合意のない私闘など――」
「いいから黙ってついて来なさいよ」
ヘレンの青い瞳が刃のような鋭さをもって美紗子を睨みつける。
明確な敵意を受け取った美紗子は静かに彼女の目を見返した。
「昼間に見せてやった程度が私たちの本当の力だと思われちゃ堪らないのよ。日本の能力研究がどの程度のレベルなのかは知らないけれど、こっちはまだまだ全力を出してないんだからね。そのことをあんたたちにしっかり教えてやるって言ってんのよ……実戦形式でね」
要は自分たちの力を見せつけてやりたいってことだ。
速海に恥をかかされたのがよほど悔しかったのだろう。
非常にくだらない、幼稚な自己顕示欲だ。
プロのボディーガードと思ったことは撤回しよう。
能力を秘匿したいという上役の考えすら無視するなど……
正直言って相手をしたくない。
どうにか追い返そうと説得の言葉を考えていると、ふと背後に気配を感じた。
美紗子と花子は同時に後ろを振り向いた。
窓が開き、ベランダから人が室内に入って来る。
それは四姉妹で最も小柄なストレートヘアの少女だった。
「遅いよセイラ。タイミングを合わせて言ったじゃない」
「sorry. it was windy」
隣の部屋から壁を伝って来たのか。
ここは地上三十階なのだが。
「さあ、もう逃げられないよ。観念してついて来なさい」
美紗子はため息を吐いた。
彼女たちは本気で戦いを挑むつもりなのだ。
説得は難しそうなので、思いきって大声を出して人を呼ぼうかとも考えたが、
「いいよみさっち。行こう」
花子が脱ぎ捨ててあったジャケットを掴み、唇の端を吊り上げて言った。
彼女たちの露骨な挑戦を受けて完全にやる気になってしまっている。
「こういう勘違いしたバカは口で言っても絶対に引かないって。力で思い知らせてやらなきゃ」
「それはそうかもしれないですが……」
「大丈夫、みさっちには回さないから。あたしがこいつらを教育してあげる」
花子の挑発的なセリフにヘレンの顔が歪んだ。
彼女が言葉を発するよりも先に、廊下から別の女の声が聞こえてくる。
「ヘレン、男たちの姿はなかったよ。念のためロビーも探してみたけどどこにもいなかった」
ウェーブヘアの金髪美女。
確か彼女はミリアという名前だったと思う。
技原と速海を探しているようだが、彼らはすでにホテルにいない。
「もっとよく探しなさい。あの無礼な男二人にこそ、私たちの真の力を見せつけてあげなくてはならないのですから」
「いいよ別に、あいつらなんて呼ばなくても」
下着の上からジャケットを羽織った花子はヘレンの前に歩み寄り、鋭い目で彼女を睨み上げる。
「あんたらなんかあたし一人で十分だ」
何を言われたのかすぐにはわからなかったのだろう。
しばしの空白の間をおいて、ヘレンは好戦的に表情を歪めた。
「OK. You'll regret it」
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