6 ミスリード

 険悪なムードのまま、ヘルサードとジョニーの会談は終了した。


 面目を潰された形になったジョニーはひきつった笑みを浮かべている。

 金髪美女たちは敵対心むき出しで美紗子たちを睨みつけていた。


 こちらも技原や花子がにらみ返したり、こっそりと中指を立てたりするものだから、友好など望むべくもない。


 わずか数十分ほど立ってただけ。

 なのにドッと疲れが溜まった会談であった。


 とは言え、ヘルサードからのお叱りの言葉はなかった。

 彼は「お疲れ」と一言だけ残してどこかへ去ってしまったのだった。




   ※


 スーツから私服に着替えると、四人は黒服から近くのホテルへ案内された。


「ヤバいよみさっち! 超高級だよ、VIP待遇だよ!」


 花子がはしゃぐのも無理ないほど超一流の高級ホテルなのである。


 どこぞの王宮貴族の所有物かと思うような細かい彫刻が施されたテーブル。

 座ると体が綿の海に沈んでいくような錯覚に陥る心地良いソファ。

 壁と一体化した小さな映画館のような大画面テレビ。


 窓の外から見える景色は宝石箱のような東京の夜景が広がっている。

 さすがの美紗子もこんな部屋に泊まるのは生まれて初めてのことだ。


「あー、来てよかったぁ。一時はどうなる事かと思ったけど、こんな贅沢ができるなら定期的に呼んで欲しいくらいだよ」


 花子は五、六人くらいなら一緒に眠れそうなキングサイズのベッドに寝転んでテレビをつけた。

 そのまま備え付けの冷蔵庫から勝手にお菓子とジュースを取り出して自由気ままにくつろぎ始める。

 あれって別料金なのではと思ったが、お金のことはヘルサードがどうにかしてくれるだろう。


「みさっちもこっち来いよぉ。一緒に晩酌しようぜー」


 ジュースかと思ったら酒だった。

 立場的に止めさせるべきなのだろうが……

 こんな時だし、うるさく言うのは止めておこう。


 その前に美紗子にはちょっとやらなきゃいけないことがある。


「ごめんね、ちょっと出てくるわ」

「トイレなら入口の所にあったよ」

「違います。すぐに戻るから」

「おー、いってら」


 花子はぶんぶんと子どものように手を振った。

 すでに酔ってるのかもしれない。


 ああやってはしゃいでいれば昔みたいに可愛いのに。

 来年の目標はどうにかして彼女を更生させることにしよう。




   ※


 探していた人物は廊下に出てすぐ見つかった。


 速海である。

 ちょうど隣の部屋から出てくるところだった。


「やあ、お疲れ」

「お疲れ様です。少しお話があるんですが、時間をいただけますか?」

「いいよ。こっちの部屋来る? それともそっちに入れてくれる?」

「すぐに済みますから立ち話で結構です」


 聞きたいことがあるだけだ。

 必要以上に仲良くするつもりはない。


 ついでにロビーまで飲み物を買いに行くことにした。

 美紗子は歩きながら話を切り出した。


「なぜ、あの人たちが電気使いの能力者だとわかったんですか?」


 先ほどの会談中に速海が行った推測は明らかに不自然であった。

 たとえ目を欺く仕掛けがあったにしても、金髪美女たちのフェイクは完璧だった。

 美紗子でさえ前に出た二人がテレキネシス念力のような力を使っているとしか考えられなかったのだ。


 後ろの少女が怪しいと当たりをつけたことまではいい。

 割れた鉄球を見て、磁力による操作だと考えたのもまあいい。


 しかし、その磁力が道具によって発生させられたもので、本人の能力はあくまで電気使いだと推測するのは、流石にかなり思考が飛びすぎではないか?


「ハッキリ聞きます。あなたは読心術者なんですか?」


 美紗子は彼が真相を見抜いた理由を読心術のようなJOYを使ったためだと考えた。

 禁止されているジョイストーンをこっそり持ち出して、相手の考えを読む能力を使ったのだ。


 この推測が当たっていれば、この男の前では一切の隠しごとができないことになる。

 そんな人間の側にいるのは嫌だし、今後の治安維持活動の障害にもなりうる。

 はっきり言って第一級の危険人物と認定せざるを得ない。


 正直に答えるかどうかはわからないが、美紗子は探りを入れるつもりで質問してみた……のだが。


「違うよ。そんな便利な能力は持ってないし、読心術のJOY使いがいるなんて聞いたこともない」


 速海は笑って肩をすくめた。


「オレがあいつらの能力を知ってたのは、ヘルサードから聞いてたからさ」

「は?」


 その答えは拍子抜けするようなものだった。

 最初から知っていたですって?


「電気使いって良いよね。道具頼りになるけど汎用性は高いし、外国の能力研究も侮れない」

「今回の会談って、互いの力を見せ合うために設けられたんじゃないんですか?」

「情報収集能力はラバースの方が圧倒的に高いってことさ」


 ヘルサードは相手のお披露目を待たずに向こう側の能力を知っていた。

 その上でこちら側はSHIP能力者だけを集めている。

 だとすると、この会談の目的は……


「ミイさんは、こちら側の情報のミスリードを狙ってしてる?」

「そうだろう。あっちが機械による磁力操作をテレキネシスに見せかけたように、ヘルサードは本命のJOYを隠すためオレたちSHIP能力者を連れてきた。嘘は言っていないし、勘違いしされてもそれは向こうが勝手に解釈しただけさ」


 ジョイストーンを介して異能の力を行使するJOYジュエルオブユース

 対してSHIP能力は、人間の持つ身体能力を大幅に強化する力である。


 SHIP能力者はJOY研究の途中で偶然産まれた副産物であるとされる。

 だが、それだけを見た相手はL.N.T.で研究されているのが人間の超人化計画と誤認するだろう。


 情報を開示したように見せかけJOYに関しては完全に秘匿する。

 理屈はわかるが、SHIPである美紗子としてはフェイクに使われたようで面白くなかった




   ※


 ロビーに到着すると、二人は自販機でそれぞれ同じ銘柄のコーヒーを買った。


 美紗子はソファに腰かけて缶の蓋を開ける。

 速海は立ったまま近くの柱に背中を預けていた。


「でも、実際あいつらは凄いと思うよ。最後の電撃なんて当たってたら間違いなく黒焦げだし」

「じゃあなんで必要以上に挑発したんですか。別にあんなものまで盗む必要はなかったでしょう」


 あんなものというのはもちろん金髪美女たちの下着のことである。


「だって技原やそっちのツレがキレそうだったし。あんたも内心は腹立ってたんだろ?」


 まあ、速海の悪戯によって溜飲が下がったのも確かである。

 認めるわけにはいかないが、美紗子も実はかなりスッとしていた。


「ほかの国の能力者とガチでり合うようなことはないよ。そのために人質交換までしてるんだし」

「やっぱりマーク君は人質として預けられたんですね」


 ここに来る前、生徒会に預けてきたマーク少年。

 彼はおそらくジョニー氏の息子か、または近しい親戚なのだろう。

 相手の情報を知るためとはいえ肉親を人質に差し出すなんて、戦国時代でもあるまいに……


「……って、互いに交換?」

「知らないのか? 今頃、あんたのところの学園長はクリスタ合酋国で軟禁中のはずだぜ」

「エイミーさんが!?」


 相手が人質を預けてきた以上、ヘルサードも信用の対価としてそれなりの人物を差し出すのはわかる。

 しかし、事実上の妻にも等しいエイミーを人質に差し出すなんて……

 今回の会談にはそこまで重要な意味があるというのか。


「ま、ヘルサードが暗殺される可能性なんて万に一つも考えてないし。自分たちさえ無事にL.N.T.に戻れればそれで問題ないさ。少なくともオレたちはね」


 速海は飲み終わった空き缶を無造作に床に置くと、降りてきたエレベーターと逆方向に歩き出した。


「技原が待ってるからもう行くよ」

「部屋はそっちじゃないですよ」

「こんなホテルは性に合わないんでね。明け方まで外で遊んでくるよ」


 さすが爆高生だけあって協調性のかけらもない。

 まあ肝心なことは聞けたし、美紗子がうるさく言う義理もないだろう。

 ヘルサードだって彼らの性格は知っているし、問題があるなら自分で注意するはずだ。


「それじゃ、おやすみ。会長さん」

「ええ、また明日。問題を起こすんじゃないわよ」


 美紗子が注意すると、速海は苦笑いしながらホテルを出て夜の街へと消えていった。

 そんな彼を見送った後、自分も残った缶コーヒーを一気に飲み干した。


 二人分の空き缶をゴミ箱に捨て自室に戻る。

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