5 トリック
金髪美女二人が同時に空中に手をかざした。
次の瞬間、ありえない現象が起こった。
部屋中の調度品がひとりでに浮かび上がったのだ。
瀟洒な円卓のテーブルが。
部屋の隅に設置されていた化粧台が。
大人が二人掛かりでも持ち上げられなそうな戸棚が。
そのすべてがまるで糸で引っ張り上げたように宙に浮かんでいた。
金髪美女の片割れ、ショートカットの方が右手を大きく振る。
それを合図にして戸棚がゆっくりと前進を始める。
糸のようなもので釣っている様子はない。
ウェーブヘアの方が左手を小刻みに揺らす。
化粧台が躍る様にぐるぐると回転をし始めた。
二人の美女が腕を振るたびに、空中の調度品がラジコンで操作されているように部屋中を縦横無尽に飛びまわる。
「テレキネシス……?」
美紗子は目の前の現象を見て呟いた。
不思議には思うが、過剰に驚くほどのことではない。
L.N.T.のJOY使いの中にはこのように手を触れず物体を動かす能力者もいる。
しかし、この金髪美女たちが使っているのはJOYではない。
具体的に言葉で説明はできないが、JOYならば感覚でわかるのだ。
つまり、これはL.N.T.の能力者とは全く別系統の力。
一般的に言われている超能力のようなものなのだろうか。
思案に暮れていた美紗子の目の前を真っ黒な球体が通り過ぎた。
「わっ、危なっ!」
大きな声で叫んだのは花子である。
横切ったのはボーリングの球くらいの大きさの黒い球体。
気がつけばそれと同じものが、いくつも部屋の中を飛び回っていた。
動きはかなり速い。
しかも、美紗子たちのすぐ側で動き回っている。
挑発するよう目の前を横切ったり、向かってきたかと思ったら直前で軌道を変えたり。
「おい、いい加減に――うおっ」
技原が文句を言おうとした瞬間、彼の腕が不自然に跳ねた。
手首に巻いた腕時計のベルトが外れ、他の物体と同じように宙に浮かぶ。
「きゃっ」
美紗子が胸元に違和感を覚えた直後、胸ポケットに差していたペンが勝手に浮かび上がった。
このペンは美紗子が家から持ってきた私物である。
事前に細工がされていた可能性はない。
やはり超能力なのか?
だが、問題はそこではない。
「ヤロウ……」
明らかな挑発を受けて、花子や技原は見るからに不機嫌になっていた。
いくら力を見せるためとは言え、明らかにやり過ぎだ。
美紗子も文句を言ってやりたい気分だった。
速海だけは目の前をボールが横切っても顔色ひとつ変えず、金髪美女たちを観察していたが……
「ヘレン、ミリア。その辺にしておきなさい。客人たちが怯え始めている」
ジョニー氏がこれ見よがしに日本語で金髪美女たちに命令した。
金髪美女たちはクスクスと笑いながら腕を振る。
まずは調度品が定位置に戻っていく。
最後にショートカットの方が指先でくるりと円を描くと、黒い球体が美紗子たち四人の周りをくるりと飛び廻って――
「うらあっ!」
寄り道をするように目の前に飛んでところで、技原がそれを思いっきり殴った。
黒い球体は空中で砕け散りていくつもの破片になって地面に落ちる。
「what!?」
金髪美女たちが驚きの声を上げる。
美紗子はしゃがみ込んで目の前に落ちた球体の破片を掴んだ。
三分の一ほどに砕けたにも関わらず、ずっしりと手に沈むように重い。
原型のままならおそらくは十キロ以上あるだろう、まさしく鉄の塊だ。
こんなものを拳で砕いた技原の力も凄まじいが、操っていた彼女たちも恐ろしい。
あの速度で頭に当たったら、普通の人間なら死んでもおかしくはない。
「なるほどね」
美紗子と同じく速海も鉄球の破片を手にとって眺めていた。
彼はニヤリと笑みを浮かべてヘルサードの隣に立つ。
「面白いものを見せてくれてありがとうございました。次はオレたちの番でいいんですよね?」
速海が確認を取った相手はヘルサードか、はたまたジョニー氏か。
彼は誰の返事も待つことなく金髪美女たちの方に向かってゆっくりと歩いていった。
技原の凄まじいパンチを見た後だからか、金髪美女たちは睨むような目で速海の動きを警戒している。
速海はそんな視線を気にもせず、両手をポケットに突っ込んだまま、一人一人の顔を覗き込みながら美女たちの間を歩いた。
「うわっ」
花子が嫌そうな声を上げた。
速海はそのまま何もせずに戻って来る。
一見……だが。
「不思議な力の正体は磁力。そして操っていたのは背の高いお二人じゃなく、一番後ろの女の子だね」
こちらに戻ってきた速海はくるりと反転し彼女たちの方を向いて言った。
彼はいつの間にか手に持っていた銅色のバトンのようなものを机の上に置く。
「ただの棒に見えるけど、こいつは強力な電磁石だ。電流の向きと力を調節することで磁力に指向性を持たせているのかな?」
一番後ろにいた金髪美女たちの中で最も年少っぽいストレートヘアの少女は、慌てた様子で自分のスーツの胸元をばしばしと叩く。
そこにあるはずのモノがない。
そう言いたげな驚愕の表情をしている。
「……なぜ、わかった?」
流暢な日本語で質問したのはジョニー氏である。
速海は恐れる風もなくハッキリと答えた。
「後ろであれだけ不自然に体を揺らしてりゃ嫌でも目につくさ。一人だけサイズの合わないスーツを着ているのも気になってたしね」
速海は簡単に言うが、無数の物体が飛び交う中、それを操っていると思われる二人以外の人物を観察する余裕なんか普通はない。
美紗子でさえ後ろの少女には全く注意を払っていなかった。
ましてやスーツのサイズなんて気にもしていなかった。
「ついでに言えば、彼女の本当の『能力』は電気操作だ。こんな道具に頼らなきゃ磁力を発生させられない程度の弱い力だけどね。っていうか、すごいのはこの磁力制御装置の方じゃないか? 能力を見せるって言っておきながら、このミスリードはルール違反だと思うけど」
「いきなり手の内すべてを曝け出せるわけがないよ。誇大広告くらいどこでもやっているだろう?」
「そっちの事情は知らないよ。でも、過剰な挑発はいただけないな。今回はこれで許してやるけど」
速海はポケットから布切れを取り出して地面に落とした。
それぞれ赤、黒、白、水玉ストライプの女性用下着である。
金髪美女たちは四人揃って一斉にスーツのスカートを押さえた。
そこにあるはずのモノがないことに気づき顔を真っ赤に染める。
速海の手から零れたのは金髪美女たちが穿いていた下着である。
彼が金髪美女たちの間を歩きながらとんでもないスピードでそれを奪うところを、美紗子はしっかりと目にしていた。
もちろんSHIP能力者の動体視力だからこそ気づけたことである。
普通の人間ならいつ盗られたかすらわからないだろう。
つまり金髪美女たちの感覚と身体能力は、普通の人間とたいして変わらないわけだ。
「今度あんなナメたマネしたら、その穴にナイフをぶち込んでやるよ。相手の力量も見定められない程度のザコが調子に乗んな」
さらりと恐ろしいことを言う。
金髪美女たちは羞恥と怒りに震えていた。
速海は技原の隣に戻って彼と拳をぶつけ合う。
「Stop Helen!」
ジョニー氏の声が響いた。
ショートカットの金髪美女が怒りの形相で彼の前に出た。
振り上げた腕に巻かれたリングが、バチバチと音を立てて光を放ち始める。
腕を振り下ろす。
激しい轟音と光が室内を白く塗りつぶした。
眩しさに目を腕で覆う。
焼け焦げた匂いが漂ってくる。
光が消えてしばらくしてから、美紗子はゆっくりと目を開く。
速海は変わらぬ表情でその場に突っ立っていた。
「そんなんで驚くと思った?」
彼の足元では技原が砕いた鉄球のかけらが煙を立てていた。
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