4 ジョニーとの会談

「はぁ……」


 更衣室に入るなり、花子は切なげなため息を吐いてその場にへたり込んだ。

 美紗子も同じようにしたい気分だったが、それよりも早く着替えたい。


「やっぱヤバいよね、あの人は……」

「そうね……」

「ちょっと前にちらっと会った時も焦ったけど、今日みたく素顔で現れるのはマジでキツイよ。あたしがあたしじゃなくなっちゃう」


 まるで乙女のようなセリフだが、冗談で言っているわけではない。


 ヘルサードのSHIP能力は『テンプテーション』という。

 彼に近づいた女性を強制的に恋に落ちさせてしまうというものである。


 そう聞けばロマンチックだが、言ってみれば洗脳や精神操作に近い。

 心の柔らかい部分を刺激されて彼に対して妄信的な愛情を抱いてしまう。

 たとえそれが能力のせいだとわかっていても、抵抗する気すら起きなくなる。

 体と心が支配されてしまうのだ。


 彼がいつも着けている仮面越しであれば、ここまで酷くはならない。

 しかし、あんなふうに素顔を見てしまっては……


「き、気持ちを切り替えて、はやく着替えましょう! 仕事に打ち込めば忘れられますよ!」

「そだね……」


 護衛が仕事である以上、またヘルサードに近づくことになる。

 だが今は無理にでも動かないと思考が恋する乙女モードのスパイラルに落ち込んでしまう。

 そうなるともう本気で何も手につかなくなってしまうので、いろんな意味でそれだけは避けたいと思った。


 とりあえず、先ほどヘルサードから渡された包みを空けてみる。

 これもプレゼントの一種? 

 ……そんな考えが浮かびそうになり、頭を振って思考をかき消した。


 中から出てきたのは真っ黒なスーツ。

 そう言えば今日は護衛として呼ばれたのだった。

 誰かと会うと言っていたから、それなりに見られる服装をしなければいけないようだ。


 とりあえず持ってきたカバンの中から下着を取り出し、一度全部脱いでから改めて着替えた。

 袖を通したところで美紗子はスーツの胸ポケットに何かが入っていることに気づく。


「何かしら……?」


 やたら重みのある硬質の物体だ。

 ポケットに手を突っ込み、それを取り出した美紗子は絶句する。


 掌にすっぽりと収まるサイズの黒光りするL字型の銃身。

 やや小ぶりな六連装のリボルバー。

 どうみても拳銃だ。


「なにこれ、チャチぃ」


 花子は拳銃を手にとって両手で構えてみせる。

 普段から能力で銃を使っているため、あまり抵抗がないらしい。


「ダメよ花子さん。いくらオモチャだからって、むやみに振り回しちゃ」

「いや、本物だよこれ。みさっちだってわかるでしょ」


 手に持った時に感じた重みはエアガンとは比べ物にならない。

 これは間違いなく人を殺すため作られた道具である。


「いざって時はこれで身を守れってこと? んな面倒なことするくらいなら、最初からジョイストーンを持たせてくれりゃいいのにさ」


 ジョイストーンのL.N.T.外への持ち出しは街のルールで固く禁じられている。

 今回の外出に当たっては絶対にもって来ないよう厳しく注意を受けた。

 中央職員室まで呼ばれて誓約書を書かされたくらいである。


 外の世界には存在しない技術を使った最重要企業機密なのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 街の出入り自体が半ば禁止されているためほとんど忘れられているルールだが、今回はそのケースがあてはまる特殊な状況なのだ。


 ただし美紗子たちSHIP能力者に限っては、ジョイストーンに頼らずとも非凡な力を使えるのだが。


「ま、平和な日本でこんなもんを使うことなんてないよね」


 とは言え万が一の可能性もある。

 花子は黙って拳銃を胸ポケットに戻した。


 美紗子はどうしても持ち歩く気にはなれず、こっそりとロッカーの中に置いておくことにした。

 花子の言う通り、こんなものを使うような状況にならないよう祈るだけだ。




   ※


 着替えが終わった。

 お互いに変な部分がないかチェックし合って更衣室を出る。

 廊下には美紗子たちと同じように黒服に着替えた技原と速海が待っていた。


「遅っせーよお前ら。これだから女は……」

「レディーはいろいろ大変なんだよ。それより技原、似合ってんじゃん。そのカッコしてると少しはマシに見えるよ」

「お、そうか?」

「うん。ギャングの下っぱって感じ」

「このやろ」


 相変わらず花子と技原は仲が良い。

 二人をほほ笑ましく眺めていると、廊下の向こうからヘルサードがやってきた。


「……っん」


 思わず直立の姿勢で固まってしまう。

 ヘルサードが「行くぞ」と声をかけた。


 技原と速海は美紗子たちとヘルサードの間に入って歩いた。

 彼の能力による女性への影響を知った上でフォローしてくれているのだろうか。

 二人がヘルサードの後姿を隠してくれているおかげで、美紗子たちも何とか後を追うことができた。


 気を抜けば足元から自分という存在がすべて崩れそうになる。

 彼らの気遣いを理解しながらも、邪魔だからそこをどいてと言いたくなる。

 揺らぎそうな気持ちを必死で堪えつつ、美紗子たちは一定の距離を保ちながら歩いた。


 やがて廊下が行き止まりになった。

 突き当りには大きなドアがある。


「この中に今日の会談相手がいる。君たちはとりあえず後ろで立っていてくれればいいよ」

「んだよ、見てるだけかよ」


 不服そうに文句を言う技原に対し、ヘルサードは幼子をあやすようににこりと微笑んだ。

 その表情を見た瞬間、息が止まりそうになる。

 本当にこの人は心臓に悪い。


 扉の向こうに何が待っているかはわからない。

 だが美紗子にとっては目の前の誘惑を堪える方がずっと大変だ。

 ちらりと横を見ると、花子は既にうつろな目で熱に浮かされたようになっていた。


 これはマズイ兆候だ。

 美紗子は彼女の手を思いっきりつねった。


「痛っ!」


 花子は短く叫んで手を引っ込めた。

 ものすごい顔で睨まれる。


 美紗子は顔の前で両手を合わせ、謝罪の代わりに自分の右手を差し出した。

 お返しとばかりに花子も美紗子の手の甲を思いっきりつねる。

 痛い。


「わるい、みさっち。助かった」

「こちらこそ」


 けど、お陰で少しだけ頭がスッキリした。


 二人揃って深呼吸。

 互いの目を見て頷き合い、暗黙の了解を交わす。

 またヤバくなったらお願いね。




   ※


 ヘルサードを先頭に五人は部屋の中に入る。

 そこは異様なまでに豪奢な部屋だった。


 窓は一面のガラス張り。

 中央には大きな円卓のテーブル。

 それ以外にも赤と金の派手な調度品が並んでいる。

 ベッドこそないが、まるで高級ホテルの一室のようである。


 円卓のテーブルを挟んだ反対側の椅子に腰掛ける人物がいた。

 一目で白人とわかる精悍な顔立ちの男である。


 見たところ三、四十代くらいだろうか。

 高級そうな白いスーツを着込み、すべての指にごつい指輪をはめている。


 後ろには四人の女性が立っていた。

 全員が目の覚めるような綺麗な金髪美女。

 美紗子たちと同じく黒いスーツを身に纏っている。


 パッと見の年齢はまちまち。

 下は中学生から、上は大学生くらいだろか。

 ただし、四人とも顔立ちは写したようにそっくりだ。


 姉妹だろうか。

 背丈が違わなければ、あるいは全員が異なるヘアスタイルをしていなければ見分けがつかなそうだ。

 どことなく中央の男にも似ている気がする。


「hey Mii! It's long time!」


 男の口から発せられたのは、やはり流暢な英語だった。


「I’m sorry to be late Johnny」

「I have also just arrived in Japan a while ago. It is because the talk with the President was prolonged」


 ヘルサードが流暢な英語で答えたのも驚いたが、それよりも相手側の男性の言葉が気になった。

 大統領と会談していたと言ったような気がしたが聞き間違いだろうか?


 いや、ラバース関係者ならばあり得るかもしれない。

 もちろん単なるジョークという可能性もある。

 あ、なんかいきなり笑い出した。


「A propos,parlons bientot du principal sujet」


 かと思ったら、ジョニーは急に真面目な顔になった。

 それと同時に口から出る言語も変わった。


 どうやらフランス語のようだ。

 美紗子には内容まではわからない。


 ヘルサードとジョニーの会談が始まった。

 驚くべきことに、彼らは数回のやり取りごとに別々の言語を使い分けて会話を続けていた。

 美紗子たちに内容を知られたくないためか、はたまた単なる趣味なのかはわからない。


 最初の英語以外は全く何を言っているのかわからない。

 ちらりと隣を見ると、花子と技原はすでに退屈そうにあくびをかみ殺していた。


 速海だけは直立の姿勢のまま前を……

 男の背後に並ぶ四人の少女たちを見ている。


 金髪美女に見とれているわけではない。

 彼女たちが何者なのか観察しているのだ。


 当の少女たちは先ほどからピクリとも動かない。

 たまに見せる瞬きがなければ人形かとも思うくらいだ。


 美紗子たち即興の学生ボディーガードとは纏う空気がまるで違う。

 本物のプロの護衛の雰囲気を纏っている。


「さて、そろそろ互いにお披露目と行きましょうか」


 急に日本語が耳に飛び込んできた。

 野太い声を発したのはジョニーである。


「いいですよ。まずはそっちからお願いします」


 ヘルサードがやはり日本語で答える。

 やはり、特に意味もなく言語を使い分けていただけなのだろうか?


 ジョニーが軽く手を上げた。

 その合図を受けた金髪美女たちが動き出す。


 反応したのは背丈の高い二人。

 彼女たちは無言で前に出て一礼をした。

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