3 その男、ヘルサード

「少し質問していいかしら?」

「どうぞ」


 美紗子が尋ねると、速海は人の良さそうな笑顔を浮かべて頷いた。


「あなたはどうしてL.N.T.にやって来たの?」


 同じL.N.T.の学校でも水学や美女学と爆撃高校は決定的に違う。

 入学するにはそれなりに高い学力が必要な両校と違い、爆高の生徒は外の世界でどうしようもない不良たちが連れて来られ、半強制的に押し込められているのである。


 だから季節の変わり目を待たずとも絶え間なく人員が補充される。

 そのため『転校』という名で誤魔化されている死者数も他二校と比べて圧倒的に多い。


 もともと世間に見放された者ばかりなので大きな問題にもならない。

 悪く言えば能力実験の被検体としてはこれ以上なく都合がいい人材なのだ。


 速海がそういった不良たちと同じタイプの人間とは思えなかいのだが……


「他の爆高生と一緒さ。外で好き勝手にやりすぎて、更生の余地もないってことで連れてこられた。ま、オレたちの場合は中学時代にヘルサードから直々にスカウトをされたんだけどね」

「ミイさんから直接? あなたたち、一体何をやったの……」

「学校をメチャクチャにした」


 あまりにさりげなく口にしたため、言っている意味がよくわからなかった。


「それはどういうことですか?」

「言葉通りだよ。俺と技原ともう一人で、とある學校をメチャクチャにした。手当たり次第にぶん殴って、壊して、犯した。とにかく目についたやつは片っ端から全員ね」

「な……」


 美紗子は絶句した。

 それが本当ならとんでもない大事件だ。


「それは、不良同士の抗争とか……そういう?」

「いいや違う。全然普通の学校だった。むしろ育ちの良さそう生徒が集まる私立高だったかな。あ、安心していいよ。殺しはやってないから。色んな意味で後遺症が残った人間は多いみたいだけど」

「なぜそんなことを!?」


 犠牲になった人たちの姿を想像して美紗子は思わず激昂する。


「今となってはよくわからないけど……多分、試したかったんじゃないかな」

「試したかった、ですって?」

「自分に何ができるかを。それからこの手に宿った力を。言い忘れたけどオレも技原も天然のSHIP能力者なんだよね。こっちに来る前からうっすらと能力に目覚めてたんだ。爆高入学前は四中に預けられてたんだけど、能力の使用禁止を言い渡されてたのは結構辛かったな」

「そんなことはどうでもいいです。話の続きを聞かせなさい」

「そ。でね、当然ながらすぐに捕まって警察の世話になって、一生をムショで過ごすか自殺するかを選ぶだけって感じになって、そのタイミングで会いに来たヘルサードに連れられてL.N.T.にやって来たってわけ。外の生活にはもう興味がなかったし。面白そうだから来てやってもいいかなって思ってさ」


 美紗子は寒気のようなものを感じた。

 淡々と過去の大犯罪を語る目の前の男の異常さにではない。

 そんなとんでもない事件を起こしたこの男を、法や社会に裁かせることなく飲み込んでしまった、ラバース社という企業。

 そいてL.N.T.という街に対して。


「……もうひとつ聞かせてください」

「なんでもどうぞ」

「あなたは反省しているんですか? 傷つけてしまった人々に対して自責の念は……?」

「全くないって言ったらウソになるかもしれないけど、そんなに気にしてないね」

「なぜ?」

「だって、同罪だろ。オレだけじゃなく、ヘルサードやあんたたちも含めたL.N.T.の人間たち全員さ。あの街じゃオレたちが外でやったよりも遥かに酷いことが日常的に起こってるんだぜ」

「それとこれとは――」


 速海の言葉が納得できずになおも抗議しようとする。

 しかし。


「違うとは言わせないぜ。あんただって、あの街で人を殺したことがあるんだろ?」

「――っ!」


 彼の唐突な言葉に忌まわしい記憶が呼び起こされる。

 美紗子は痛いほど強く拳を握りしめた。

 掌から血が滲む。


「……あんたって、ものっすごい性格悪いのね。仕事中じゃなかったらぶん殴ってやりたかったわ」

「嬉しいね。やっと感情の籠った言葉をくれた」


 さわやかな笑顔を崩さない速海。

 その顔を見ているとさらに怒りがわいてくる。

 理性を総動員させ長年堪えた欝憤の爆発はなんとか避けた。


 そして。


 彼女たちが乗ってきた隣のエレベーターが開く。

 そこからとある人物が姿を現した。


「やあ、遅れてすまない」

「あっ……」


 瞬間、美紗子は一瞬前までの怒りを忘れてしまった。

 魔法にかかったように全身の力が抜ける感覚を味わう。


 この男の名ははミイ=ヘルサード。

 現在の爆撃高校校長で、L.N.T.の創設に関わった立役者の一人だ。

 今日はトレードマークの仮面をつけておらず、ありのままの素顔を晒している。


 すでに三十代も半ばのはずだが、年齢を感じさせないほどに若々しい。

 彼の顔を見た途端、美紗子は思わず見惚れてしまった。


「あ……ミイ、さん」

「おい、おっせーよヘルサード!」


 窓にへばり付いて興奮していた花子と技原もこちらに気付く。

 花子も美紗子と同じく数秒前の興奮を忘れていた。

 借りてきた猫のようにおとなしくなる。


 女性二人と違い、技原と速海は普段通りの遠慮ない口調で彼に話しかける。


「いきなり説明もなくこんなところまで連れてきやがって。オレたちに何をさせる気だ?」

「今はグループの躍進で忙しい時期なんだよ。戻ったら仲間が全滅してたとかなったら、テメーはぶん殴るくらいじゃ許さねーからな」

「ははは。豪龍に口利きしてあるからその心配はないよ、技原」


 美紗子は彼らの会話を黙って聞いていた。

 自分も何か話さなくてはと思うが口が開かない。

 花子もまた、美紗子の服の裾を掴んでモジモジしている。


 二人は魔法にかかっている。

 ヘルサードが常時展開している魔法に。


 美紗子は知っている。

 これがミイ=ヘルサードの『能力』であると。


 わかっていても、どうにもならない。

 どうにかしたいとも思わなくなってしまう。


「豪龍から説明は聞いていると思うが、今日は君たちに俺の護衛をしてもらいたい」

「護衛ぃ? お前が誰かに守られる必要なんかあるのかよ。並の人間じゃ手も足もでないくらい強ぇ上に≪白命剣アメノツルギ≫とかいう反則同然のJOYまで持ってるくせによ」

「まあ、それもポーズだよ」


 ヘルサードは少年のように無邪気な笑みを浮かべた。

 彼は四人を先導して廊下を歩く。

 技原と速海もその後に続く。


 美紗子と花子は一言も発することなく、少し離れた位置を歩いて付き従った。

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