2 目覚めたら新宿
「ん……」
バスの窓から差し込む日差しが瞼をくすぐる。
美紗子がゆっくりと目を開くと、目の前に運転席と黒服の背中があった。
ボーっとする頭を振って窓の外を眺め、そこにある景色を見ると、一気に意識が覚醒した。
ビルがあった。
それも一本や二本ではない。
L.N.T.で一番高いラバース支社ビルよりずっと高いビルが。
見上げるような高層建築が天を衝くようにいくつも聳え立っている。
道路には車が溢れ、歩道には慌ただしげに人が行き交っていた。
この場所を美紗子は知っていた。
あのツインタワーはテレビで良く見た有名な建物だ。
L.N.T.に来る数年前、一度だけ家族と一緒に訪れたこともある。
「新宿……?」
日本の首都、東京でも有数の大都市。
新宿副都心である。
「そうみたいだな。さっき新宿出口って所で降りたから」
後ろの座席の速海が声をかけてきた。
彼は窓に片ひじをついた姿勢のまま外の景色を眺めている。
まさか寝顔を覗かれたりはしていないと思うが、すぐ傍に男がいる状況で眠りこけてしまったことを、美紗子は不覚に思った。
「ずっと起きてたんですか?」
「いや、オレもすぐに眠らされたよ」
眠らされた、ね。
「出発してからどれくらい時間が経ったかわかります?」
「とりあえず今は午後三時。日を跨いだかどうかはわからないな」
不穏な状況に気付いている割には随分と落ち着いている。
その事について話を広げていいものかと悩んでいると、どうやら目を覚ましたらしい花子の騒ぎ声が聞こえてきた。
「うっおーっ! なにこれ、なにここ! すっげービル! すげー人っ!」
どうやら花子は新宿に来るのが初めてのようである。
都会ぶりに感動(?)しているようだ。
「なんだようるせえな、もうちょっと寝かせろ……って、なんだここ!?」
「ヤバいよ! あれ見てほら技原、あれって都庁じゃね!?」
「ふ、ふん。この程度の都会で騒ぐなって。駅前だけならうちの地元だって……」
技原も起きたようだ。
眠る前に感じた遠足にはしゃぐ小学生という感想を思い出し、美紗子は思わず口元を手で隠した。
「あいつらは気楽でいいよな」
「ですね」
美紗子と同じような感想を持ったらしい速海もおかしそうに笑う。
人の良さそうなその笑顔を見て美紗子は少しだけ彼の印象が柔らげた。
と、バスの中が暗くなった。
オレンジ色の光がチカチカと車内を照らす。
地下に入ったらしい。
「やべーよ技原、地下街だよ! なんかモンスターとかでそうじゃんよ!」
「落ち着けよお前! これってただの地下駐車場だろ!」
花子の取り乱しっぷりはフェアリーキャッツのメンバーが見たら失望しそうである。
撮影して保存しておきたいと美紗子は思ったが、それよりも自分たちがどこに向かっているのかを気にしなければ。
バスは地下駐車場の一角に向かう。
白い光が照らす透明なドアの近くで停止した。
「到着しました。長旅お疲れ様です」
運転手が立ち上がり慇懃に礼をする。
どうやらここが目的地のようだ。
美紗子は座席から立ち上がる。
ふと、足元がふらついた。
慌てて手すりを掴む。
足にうまく力が入らない。
そんなに長い間、座りっぱなしだったのだろうか?
もしかしたら本当に丸一日以上も眠らされていたのかもしれない。
「大丈夫ですか、お姫様」
「へ、平気です!」
速海が肩に手を回してきた。
軽薄なプレイボーイのエスコートはお断りである。
美紗子は赤くなってしまった顔を隠そうと、そっぽを向いて速海の手を振り払った。
何とか足を動かしてバスから降りる。
その直前、ちらりと運転席を見た。
予想通りである。
バスの外にはスーツ姿の女性が待っていた。
「ようこそお越しくださいました。ご案内いたします」
彼女に従って地下入り口から建物の中に入っていく。
とんでもなく速いエレベーターに乗り、上階へと向かう四人。
途中から外側の壁がガラス張りになって東京の街並みが見渡せるようになった。
「すげー! すげー!」
花子は人目を憚ることなくはしゃいでいる。
やがて一行の乗ったエレベーターは五十階で停止した。
降りた先は赤い絨毯が敷き詰められた高級ホテルのようなフロアだ。
「うっおー、すげーっ! 見てよみさっち、あんな遠くまで街が続いてるよ! あ、あれってもしかして伝説に語られる富士山じゃね!?」
やはりここでも窓際に張り付いて大声を出す花子。
技原は呆れたように肩をすくめがら「富士山ならうちの地元だし」などと言いつつ、花子と一緒に眼下の景色を堪能していた。
「一緒に見てきたらどうだ? せっかく久しぶりにL.N.T.の外に出られたんだしさ」
「別に。うちの実家の近くには日本一高いビルもありましたから」
「おっと、会長さんは関西っ子でしたか」
「え、違いますけど?」
そう言えば、大阪に建設中だったなんとかってビルが完成すれば、美紗子の地元にあるビルは日本一の座を明け渡すことになると言われてた事を思い出す。
数年間更新されることのなかった外の現実。
嫌でも時間の流れを感じてしまう。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも彼と話すべきことがある。
花子と技原が向こうに行っている今がチャンスだ。
悔しいが三人の中では彼が一番真面目に話ができそうだ。
「あなたはさっきのをどう思ってるの?」
「肩を抱いたこと? 女性をエスコートするのは自然なことだと思ってるけど」
「そうじゃなくて! ……あなたも気づいてるんでしょ、バスの運転手がL.N.T.を出発した時とは別人になってたこと」
「ついでに言うならバスのナンバーも違ってたな」
そこまでは気づいていなかった。
運転手が違うだけなら、途中で交代しただけの可能性もある。
しかし、バスが代わったのなら乗っていた美紗子たちが気づかないのはおかしい。
この男はそっけないフリをして周りをよく観察している。
しかし、予想に反して彼はこんなふうに続けた。
「気にしないのが一番だぜ。どうせオレたちに選択肢なんて無いに等しいんだからな」
「ずいぶんと達観してるんですね」
彼が何を考えているのかよくわからない。
観察はしても深入りはしないスタンスなのか。
速海という男は美紗子が知っている他の爆高生とはずいぶんと毛色が違うように思う。
日々抗争に明け暮れているスラム街のギャングのような爆撃高校の生徒。
それは技原のように血の気の多い男ばかりのイメージだ。
技原と一緒に今回の旅に同行したということは、彼もSHIP能力者なのだろう。
もしもの時に背中を預ける前に、この男のことをもっとよく知っておきたいと美紗子は思った。
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