10 生徒会役員見習い

 その役員はかなり慌てた様子だった。

 かなり重要な知らせを持ってきたに違いない。


「どうしたの!?」

「マークくんが見つかったそうです、たった今、うちの生徒が連れてきて――」


 そこから先の言葉は耳に入らなかった。

 ついに避けられぬ決断の時が来た。




   ※


「どこ!? マークくんを連れて来てくれた人はどこ!?」


 金髪の少年を両手で抱き抱えながら美樹は中庭へとやってくる。

 そこには鬼のような形相の副会長中野聡美さんが待っていた。

 美樹は思わずその迫力に圧倒されてしまう。


「あ、あの……こっちです」


 恐る恐る手を挙げて返事をする。

 やはりこの子はすごく大変な子なんだろう。

 はたして自分なんかが連れてきてもよかったのだろうか?


 不安になっている美樹に中野聡美さんが大股で近づいてきた。

 彼女は腕の中の少年を一瞥すると、なぜか美樹の顔をまじまじと観察し始める。

 非常に居心地が悪い。


「あ、あの」

「……あなた、名前は?」

「えっと……足立、美樹です」

「一年生?」

「はい」

「失礼ですけど、夜の不良グループに属してたりする?」

「ぞ、属してません!」


 冗談じゃない、不良なんて関わるのも嫌だ。

 なぜ、自分がこんな質問をされなくちゃいけないんだろう……


 美樹が逃げ出したい気持ちになっていると、副会長は人が変わったように優しげな笑みを浮かべ、美樹の肩に手を置いて言った。


「生徒会にようこそ。あなたの入会を歓迎するわ」

「えぇーっ!?」


 あまりにも信じられない言葉に思わず大声を出してしまう。


「えっと、でも、あの放送って、嘘とか冗談とかじゃなかったんですか」

「ははは。なにいってるの。せいとかいやくいんがうそなんてつくわけないじゃない」


 なにやらぎこちない喋り方なのが気になるところではある。

 しかし他の役員さんたちや、その隣にいる怖い顔のおじさんと園児たちによる万雷の拍手が、美樹の疑問をかき消した。


「おめでとう」

「おめでとう」


 あちこちで祝福の言葉が飛び交う。

 皆が美樹の功績を認めてくれているのだ。


「え、じゃあ、本当に……」


 冗談なんかじゃなく、生徒会に入れるの……?

 美樹は夢のような状況に顔を綻ばせ――

 すぐに気持ちを引っ込めた。


「せっかくですけど、やっぱり受けられません」

「え?」


 こちらの答えが意外だったのか、聡美は不思議そうに首を捻る。


「私がこの子を連れて来られたのは、ほとんど偶然みたいなものです。それに、私なんかが生徒会に入っても、皆さんのお役には立てないと思います。J授業もまだ二段階に進んだばかりですし。生徒を導いていくようなリーダーシップも、人から尊敬されるような魅力も私にはありませんから……」


 生徒会に入れるかもしれないと聞いた時は後先も考えずに喜んだ。

 憧れの赤坂さんと一緒に働けるかもしれないと。

 ただ、それだけを考えて。


 でもよく考えてみれば、自分なんかが赤坂さんの力になれるとは思ない。

 側で働いた所でつまらないミスをして彼女に迷惑をかけててしまうのが関の山だ。

 自分で言っていて悔しくなるが、冷静になって考えれば、おそらくそうなるに違いない。


「だから折角ですけど、このお話はなかったことに」

「うーん」


 頭を下げて謝罪する美樹。

 聡美は口元に手を当てて唸っていた。

 彼女はさっきまでとは違う、静かな声でこう言った。


「だったらさ、来年まで保留ってことにしてみない?」

「え?」

「あなたが二年生になって、生徒会役員にチャレンジする準備ができたと自分で納得できたら、その時に改めて私たちを訪ねてよ。もちろん嫌なら辞退してくれてかまわない。やる気があるなら優先的に推薦すると約束するわ」

「え、えっと……」

「あなたのこと気にいったわ。今どきそんな風に謙虚に自分を分析できる人って貴重だし、本当のことを言えば会長の許可はとってなかったんだけど、私から説得しておく。それでいいわよね? みんな」


 聡美が他の役員たちに話を確認すると、みな口々に了承の意を示す。

 これは美樹もまいった。

 今の自信はなくても、先の事を今から断るのは難しい。


 それに……もしかしたら。


 きちんと目標を持って努力すれば、自分で納得のいく人間にもなれるかもしれない。

 今からちょっと頑張ってみてもいいんじゃないかな、なんて思ってしまう。


「あ、ちょうどいい所に赤坂さん!」

「えっ」


 聡美が美樹の肩越しに手を振る。

 振り向くと、疲れた顔の赤坂綺が歩いていた。


「聡美さん、マークくんは見つかったんですか?」

「この子が連れて来てくれたよ」

「そっかぁ。今回私、全然役に立たなかったなぁ」


 そんなことない。

 赤坂さんは誰よりも頑張ってたよ。

 と、美樹は心の中で呟いた。


「でさ、マークくんなんだけど、このまま園長先生に面倒みてもらおうと思うの。私たちが預かるよりもその方がずっと安全でしょ」

「それがいいと思います。またこんな事件を起こされちゃろくに授業もできませんし……」

「そんなことよりあなたに重大任務よ。この子を生徒会役員見習いとして扱うから、しばらく面倒見てあげて」

「ええっ!?」


 驚きの声を上げる美樹。

 綺は落ち着いて聡美に質問をした。


「そっちはよく意味がわからないので、詳しく聞かせてください」


 聡美が先ほどのやりとりをざっと説明する。

 綺は納得したように頷き、それから美樹に向き合ってニッコリと微笑んだ。


「そういうことなら、よろしくね」

「あ、はっ」


 目の前に綺の白い手が差し出される。

 美樹は綺の顔と手の間で何度も視線をさまよわせ、意を決して彼女の手を握った。


「よっ、よろしくお願いします!」

「私も同学年の生徒が一人だけじゃ寂しかったの。あなたが生徒会に入ってくれるなら本当に嬉しいわ。もしよければJOYの訓練にも付き合うから」


 本当に、夢なんじゃないだろうか。

 あの憧れの赤坂さんから、こんな優しい言葉をかけてもらえるなんて。


 美樹は完全に舞いあがっていた。

 小声で囁くような喋り方に切り替えた綺がほとんど何を言っているのかもわからないまま、素直に頷いてしまうほどに。


「あなた、毎週水曜日はあいてるかしら?」


 こくこく。


「そう、よかった。私ね、水曜日はいつも私塾みたいなところで能力の授業を受けているんだけど、そこのが同学年の女の子ならって条件で友だちを連れて来ていいって言っているの。今まで一緒に行けるような人がいなかったんだけど、よかったら一緒にどうかな?」


 こくこく。


「よかった。一人じゃちょっと大変でね。あ、これは生徒会の人たちには内緒ね」


 こくこく。

 憧れの人と一緒に居られるなら、何にだって付き合うよ。

 夢のような状況に舞い上がりながらも、美樹は「もう友人Aのことをバカにはできないなぁ」なんて考えていた。


 人を好きになるって、こんなに素晴らしいことなんだ。


 憧れも恋も一緒だ。

 この人とずっと一緒にいたいと思える。

 こんな気持ちを美樹はずっと大切にしていきたいと思った。


「改めまして、よろしくね。美樹さん」

「こちらこそよろしく、あかさ――綺ちゃん」


 つい調子に乗って下の名前で呼んでみた。

 言ってしまった後で照れる美樹に、綺は素敵な笑顔を返してくれた。

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