9 事態収拾

 足立美樹はキョロキョロしながら歩いている。

 こんな時でも廊下を走ったりしないのが彼女の生真面目さである。

 また、鬼ごっこが始まってからも園児を捕まえるどころか、友人Aすらも取り逃がしてしまった不器用さの現れでもあった。


 美樹は金髪碧眼の少年を探していた。

 自分が見つけたところで何ができるとも思っていない。

 だがさっきのお礼として、最後まで赤坂綺の手伝いをしていたいと思った。


 偶然の発見に期待しつつ一つ一つの教室の中を確かめていく。

 すると、廊下の前方から少年が歩いてくるのが見えた。


 黒いジーンズに白いシャツ姿。

 やや長めの後ろ髪を垂らしたその少年は後ろ手に何かを引きずっていた。

 近づいてよく見てみると、引きずられているのは気絶した別の少年であることがわかった。


「ひゃっ!? だ、大丈夫……?」


 思わず美樹は悲鳴を上げたが、少年は無表情のままこちらを見上げるばかり。


「あげる」

「えっ……?」

「こいつ、たぶん皆が探してたやつだと思うから」


 少年が手を離すと、引きずられていた少年がだらりと床に倒れた。


 美樹は慌てて駆け寄った。

 気を失っているが怪我などはしていないようだ。

 いったいどうしたのと聞こうとした時には、すでに少年は走り去っていた。


 男の子にしては長めの髪がふわりと揺れる。

 その後ろ姿は誰かに似ているような気がした。




   ※


「俺は今朝、お前たちにこう言った。『古河先生の言うことを聞いて、水瀬学園の生徒たちに迷惑をかけず、謙虚な気持ちで学園を見学をしてこい』と。覚えているか?」

「はい、えんちょうせんせい」

「しかしながらお前たちは俺との約束を破った。自分勝手にはしゃぎまわって、水瀬学園の生徒さんたちに多大な迷惑をかけたのだ。これは非常に嘆かわしいことである」

「すみませんでした、えんちょうせんせい」

「いつも俺は口を厳しくして言っているだろう。なあ、省吾しょうご。園則第六十七条を言ってみろ」

「はい。『やくそくを守れないにんげんはしゃかいのくず』です」

「その通り。お前たちは将来そんなクズみたいな大人になりたいか?」

「なりたくないです」

「ならば目先の欲望に捉われるな。誰からも愛される良い子であれ。いいな」

「はい」


 聡美を含む生徒会役員たちは軍隊のような園長と園児たちのやり取りを直立不動で聞いていた。

 あの生意気な園児たちが園長の前では嘘のように従順になってしまう。

 だが、決して恐怖だけで従わせているわけではないようだ。


 子どもたちは本心から園長を尊敬し従っているのが傍で見ていてよくわかる。

 正直、本当に保育園児なのかと疑いたくなるレベルの教育っぷりだ。


「はい、えんちょうせんせい。いけんぐしんをさせてください」

「なんだ雅彦まさひこ、言ってみろ」

「水学のおにいさんおねえさんにめいわくをかけたのは、ごめんなさい。でも、ふるかわせんせいはたしかに言いました。ほうそうの後で鬼ごっこをやってくれるって」

「うむ。だが、それは本当に今だったのか? 見学の最中に学生さんたちを巻き込んでまでやるべきだったと思うか?」

「おもいません」

「まずは自分の頭で常識について考えてみよ。放送があったと言ったが、それは何かの間違いではなかったのか。はたして自分たちに向かって告げていたのか。不確かなことがある場合はまず近くの大人に相談してみなさい。何事も自分に都合よく考えてはいけない」

「はい。ごめんなさい」

「心配せずとも、古河先生は後日改めてみんなと遊んでくれるさ」

「え!?」


 一緒に話を聞いていた古河芳子が素っ頓狂な声を上げる。


「ほんとうですか、せんせい?」

「立派な大人は嘘をつかない。お忙しいでしょうが、よろしくお願いしますよ。古河先生」


 強面の園長に満面の笑みでそう言われてしまえば、芳子も今さら「あれはウソでした」とは言えない。

 泣きそうな顔になりながら「どこかで休みを潰さなきゃ……」なんて呟いている。

 しかし聡美にとっても他人事ではない。


「よおし、ご迷惑をかけた詫び代わりに、皆で生徒会のみなさんのお手伝いをしてあげよう。行方不明になっているという外国人の男の子を皆で探し出すぞ!」

「はい、えんちょうせんせい!」


 元気のよい園児たちの返事が中庭に響く。

 さっきまでの強敵が味方についたのは心強いが……


「い、いえ。そこまでしてもらわなくても結構です。お気持ちだけで十分ですから」

「なあに遠慮しないでください。心配せずともうちの子たちがマークくんを発見したからって、生徒会役員に推薦してやってくれなんて言いませんよ。それは学生さんたちだけの特権でしょうからね」


 どういうわけか聡美が苦し紛れに言った言葉はすでに園長の知る所になっているようだ。

 マークくんを見つけた人は生徒会役員に推薦する――

 今更になって「あれはウソでした」なんて言えるわけがない。


 美紗子のいないうちに、エイミーさんの許可も得ずに、勝手なことをしたと知られたら……

 後でどんな説教を食らうかと考えるだけでも恐ろしい。


 生徒会役員は赤坂綺が入るまでは第一期生の純粋組だけ。

 もっと厳密に言えば、初期クラスの『三組』の生徒だけで構成されていた。

 綺のような将来有望な生徒を推薦するならともかく、誰でも簡単に入会させるわけにはいかない。


 夜のグループに属する人間などの入会をを許せば治安維持活動にも大きな影響が出る。

 ましてや男子生徒が入ってきたら、働き通しの美紗子のストレス解消もできなくなってしまう。


 この際、新しい役員が入るのは構わない。

 それくらいは責任を持って美紗子を説得してみせよう。

 だからせめて教育が可能な第二期生のおとなしめの女子であってくれ。


 聡美がろくに信じてもいない神に祈っていると。


「副会長、大変です!」


 慌てた様子の役員が息を切らして走ってきた。

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