4 学園鬼ごっこ、開始!

「これは千載一遇のチャンスだっ!」


 中庭で放送を聞いていた星野空人ほしのそらとは、すでに目的を達成したかのように見事なガッツポーズをした。

 勢い良く立ち上がるとその衝撃に食べ終わってカラになった弁当箱が芝生の上を転がった。


「行くぞみんな!」

「おお、行ってこい」

「頑張ってくださいね」

「ファイトだよ空人くん」


 気合い入りまくりの空人とは対照的に、やる気のない様子の三人……

 内藤清次ないとうきよつぐ本郷蜜ほんごうみつ小石川香織こいしかわかおりは、とってつけたような応援の言葉を返してきた。


「いや、お前らも手伝えよ」

「なんでだ?」


 清次が弁当をがっ突きながら不思議そうに聞き返す。


「だって生徒会役員だぞ。水学最高の名所職じゃないか。せっかくチャンスが目の前に転がってるっていうのに、掴んでみようってって気にならなくて、何が水学生徒だよ!」


 熱く語る空人だったが、清次が返してきたのは「お前は赤坂さんとお近づきになりたいだけだろ」と言いたげな冷たい視線だった。


 ああそうだ、悪いか。

 これを機に綺に近づきたいと思って何が悪い。


 それに建前だって嘘じゃないぞ。

 生徒会役員といえば教員たちよりも強い権限を持つ水学生徒の憧れだ。

 夜の街の平和を守るという役割も担っている正義の組織なんだから、やりがいもあるだろう。


 しかも万が一にも選ばれたら、初の男子生徒会役員の誕生だ。

 これで燃えない男がいるものか。


「どっちにせよオレはパス。生徒会役員なんてめんどいだけだし」

「やる気のないやつめ……よし、香織」

「あ、ごめん。私もちょっと生徒会とか興味ないから」

「蜜師匠ほどの人なら」

「すみませんが部活が忙しいので」


 ええい、どいつもこいつも向上心のないやつらめ。

 これがどれほどのチャンスだかわかっていないのか。


 正当な手段で生徒会に入るのは、まず不可能と言っていい。

 なぜなら現役の生徒会役員は綺を除けばみな第一期生。

 つまり水学でも極一部の超絶エリートなのである。


 唯一の例外の綺にしても、大事件を解決した功績あって、例外的に勧誘されただけだ。

 ハッキリ言ってあんな事件はめったに起きない。

 そもそも実際に巻き込まれた空人としては、あんな恐ろしい目にあうのが生徒会入りの条件だと言われたら全力で逃亡を図る。


 それが今回は子供一人を捕まえるだけでいい。

 こんな破格の条件は他にないだろう。

 特別な能力も才能も必要ない、ただの鬼ごっこなのだ。


「でも、その子の顔もわからないんだよね。どうやって探せばいいのかなあ」


 香織が無意味な疑問を口にする。

 それくらいちょっと考えればわかるだろうに。

 同じ第一期生のくせに、このメガネ少女は生徒会役員たちとは明らかにオーラが違う。

 もちろん悪い意味で。


 たった一人の子どもが高校生の中に紛れ込んでいるのだ。

 顔なんて知らなくても、すぐわかるに決まってるじゃないか……


「わーっ!」


 空人の目の前を明らかに高校生には見えない少年が駆け抜けていく。

 身長は空人の腰より少し高いくらい。

 片手にロボットのおもちゃを持って楽しそうに叫びながら走り回っていた。


 ただし、外見は黒髪の五分刈りである。

 どう見ても放送で言っていたような金髪碧眼の外国人ではない。


「逃げろーっ」

「こっちこっちー」


 周囲に見えるのはその少年だけではなかった。

 あちこちから子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。


「な、なんだ……?」


 まるで先日の運動会を彷彿とさせるような光景である。

 そんな少年たちの姿を空人は呆然としながら眺めていた。




   ※


 中野聡美は頭を抱えていた。


「私は悪くないですっ、不可抗力なんですってばぁ!」


 そんな彼女の前で子供のような言い訳をするのは、水瀬学園教師の古河芳子ふるかわよしこである。


「すみませんが、もう一度詳しく説明してもらえますか……?」

「だから、今日は地域の保育園で、学園見学がありましてねっ」


 L.N.T.に住む中学生以下の子は将来的には必ず三校いずれかの学校に所属することになる。

 なので保育園の授業の一環として、学校見学なども行っているのだ。


 だから園児たちが水瀬学園を見学しに来るということは理解できる。

 これ以上ないくらい最悪な日を選んでくれやがってと思うが、まだ理解できる。


 問題は、なぜ教師に連れられてやってきたはずの未就学児童たちが引率の手を離れ、好き放題に学園中を駆け回っているのかということだ。


「みんな園長先生の言うことなら聞くんですよ。けどあいつら、私がかわいいからってナメくさってくれやがりましてねっ。せめて見学中は大人しくしていてもらえるようにこう言ってやったんですよ」


 あとで学園全体を使った鬼ごっこ大会をやります。

 遊ぶ時間はその時に取りますから、今は大人しくしてください。


「……ってね!」

「で、その鬼ごっこ大会が、こうして開催されていると……」

「だって、タイミング悪くあんな放送が入るなんて誰も思わないでしょっ。もちろん鬼ごっこなんてその場しのぎのつもりだったんですよっ。園長先生が来ればおとなしくなるから時間稼ぎのつもりでっ!」


 聡美は大きなため息を吐いた。

 握り締めた拳にその息を吐きかける。


「わかった。わかりました。だから先生、大人しく私の怒りをぶつけさせてください」

「あっなんですかなんで拳を握りしめて私の胸倉を掴もうとしてるんですかやめてくださいっ」

「ただでさえ大変な時に余計な手間をかけさせやがってこのクソアマが……!」


 精神の安定を保つため停学覚悟で迷惑教師を殴り飛ばそうとする聡美。

 そんな彼女を冷静に止めようとする人物がいた。


「副会長、気持ちはすごくわかりますけど、それよりも早くマークくんを探しましょう」

「赤坂さん」


 一年生の新入り生徒会役員、赤坂綺が聡美の肩に手を置いて言った。

 皆がパニックに陥っている中でも彼女は一人だけ落ち着いて対処方を考えている


「みんなで力を合わせればこの苦難もきっと乗り越えられるはずです。美紗子さんがいない間に私たちの学園を潰させはしません。生徒たちを守るのは生徒会役員の使命じゃないですか」


 そんなことを熱く語る赤坂綺。

 見た目も性格も全然違うが、その姿勢は美紗子を彷彿とさせる。

 聡美は振り上げた拳を下ろして軽い自嘲の笑みを浮かべ、ようやく落ち着きを取り戻した。


「そうね、赤坂さんの言う通り。こんな時こそ力を合わせなくっちゃね」


 まったく後輩に諭されていては世話もない。

 聡美は狼狽えていた役員を集めてスクラムを組む。

 そして大声で号令をかけた。


「絶対に、あのクソガキを捕まえるわよ!」

「おーっ!」


 そして、生徒会役員たちは行動を開始する。

 各々の力を発揮し、あの迷惑少年を捕まえるために。

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