3 いたずら小僧の挑戦

「でねでねっ、彼ってばいつものコンビニでお弁当を買った後に乗ったバスでね、昨日は友達と一緒じゃなかったから一番後ろの席で居眠りしてたんだけど、曲がり角でバスが揺れた時に窓にごちって頭ぶつけて、一瞬だけ目を覚まして頭さすって、その仕草がとっても可愛かったんだよ!」


 足立美樹あだちみきは机に頬杖をつき、いつものように友人Aのストーカー談義を左から右へと流しながら、窓の外の変わりゆく季節を眺めていた。


「ストーカーじゃないよ! っていうか友人Aってなに!? ちゃんと名前で呼んでよ!」


 読心術者でもないくせにまるで心の中を読んだような反応をする友人A。

 その突っ込みを無視して散りゆく落ち葉の色に冬の訪れを思う。


「冬の訪れを思わないくていいから無視しないで! っていうか心の中を読むもなにも、美樹ちゃん思いっきり口に出してるから!」

「うるさいなあ……」


 この数か月、ずっとこんな調子で脳のわいたような話を聞かされ続ければ、いい加減にうっとしくもなるというものだ。

 下手に相槌を打つと際限なく話をふくらませるのは経験上わかりきっているので無視が一番いい。

 午後の授業を控えた昼休みの間くらいお願いだからゆっくりと過ごさせて欲しい。


 とはいえ、他に一緒に昼食をとるような友達のいない美樹にとっては、彼女のような存在でもいてくれるだけでありがたかったりするのだが。


 友人Aと出会ったのは夏前のことだった。

 とある事件に巻き込まれ、一緒に誘拐された縁で仲良くなったのだ。


「あっ、そうだ見てみてっ。これね、彼が使ってた定期入れだよ。前に男子更衣室に忍び込んだ時に拾ったんだ。お守り代わりなの」

「忍び込んだうんぬんは聞かなかったことにするけど、彼も今ごろ困ってると思うよ。拾ったことにしてそれを返すのを口実に話しかければいいじゃない」


 頬を赤く染め机の上に「の」の字を書く友人A。


「や、やだなっ。そんなの恥ずかしくって無理だよぉ……でもね、彼が定期をなくして困ってるってことは、常に私のことを想ってくれるのと同じことだと思うんだよね。それって素敵だと思わない?」


 こいつはやばい。

 ただの犯罪者ではない、もう頭の構造がやばい。

 夜の街で暴れる不良たちより先に生徒会はこの変態を即刻取り締まるべきだと思う。


 はやく別の友人を作って彼女との縁はすっぱり断ち切るべきだろうか?

 とは言っても、入学して半年以上も経てばクラスの中で築いたポジションは簡単に変えられない。


 引っ込み思案な性格が災いしてか、美樹は上手く周りの輪に溶け込むことができなかった。

 クラスでは一人でいるのが当たり前。

 彼女が別のクラスからやってこない時の休み時間は、ひたすら読書をして時間を潰している。


 たとえ友人Aが変態のストーカーだとしても長い昼休みを一人で過ごすよりはマシである。

 欲を言えば傍にいるだけで黙っていてくれればもっと助かるのだが。


 実際の所、友人Aの真の目的はこのクラスにいる意中の彼である。

 彼女は彼女で美樹をダシにして彼に会いに……もとい、観察しに来ているのだからおあいこだ。


 ちなみに、くだんの彼は現在この教室にいない。

 彼は昼休みになるといつも友だちと一緒にどこかに行ってしまう。

 だから友人Aが来てもしかたないのだが、彼のクラスにいるだけで嬉しいらしい。

 むしろ彼がいる時は恥ずかしがって絶対に来ないあたりが真正のストーカー気質丸出しである。


 恋する乙女の考えることはよくわからない。

 自分も恋をすれば変わるのだろうか……などと思いつつ、教室の左前の空いている席を眺める。


 恋だの愛だのは正直まだよくわからない。

 けれど、誰かに対して憧れを持つ気持ちはすごくよくわかる。


「生徒会、かぁ……」

「え? なにかいった?」

「別に」


 視線の先の席の主は現在、生徒会室に呼ばれている。

 水瀬学園の生徒会といえば学園が設立された頃から変わらない、第一期生の生徒だけで構成されている超エリート集団だ。


 そんな中に、特例で入学からわずか三か月で生徒会入りを果たしたあの子。

 クラスメートである彼女はクラス行事でもいつも一番目立っていた。

 少し前の美女学との合同イベントでは大勢の観客の視線をものともせずに大活躍をしていたっけ。


 美樹たちがさらわれた時、どこからともなく颯爽と現れて悪いやつをやっつけてくれた。

 彼女みたいになれたら、恋なんてしなくてもきっと毎日が楽しいんだろうなあ……


 ううん、別に彼女みたいにはなれなくてもいい。

 もし叶うなら、彼女と仲良くなりたい。


 そうは思っても、クラスで一番目立たない存在である自分がみんなのあこがれの彼女とお近づきになるなんて、ほとんど不可能に近いと思う。


 都合のいい妄想すらできない自分が情けなくて、思わずため息を漏らしたその時。

 美樹の思考を遮るようにブツッという音が教室に響いた。

 ノイズの後、慌てた様子の女生徒の声かスピーカーから聞こえてくる。


『ぜっ、全校生徒のみなさん! お願いがあります!』


 名乗りもせずに焦った口調で要件を告げる声には聞き覚えがある。

 たしか生徒会副会長の中野聡美さんだ。

 明らかにただ事ではなさそうな様子である。


『いま、学園内で外国人の男の子が行方不明になっています! ぜひ見つけ出して生徒会室に連れてきてください!』


 外国の男の子とかいきなり言われても……

 美樹だけでなく、クラス中が呆然となって放送を聞いていた。

 生徒たちの動揺などスピーカーの向こうに通じるはずもなく、副会長さんは「それじゃ、何かあったらぜひ生徒会にご一報を!」と言って放送を終えた。


 スピーカーからはまだドタバタと慌ただしい環境音が流れている。

 言葉の続きがあるのかと思ったが、いくら待っても何もない。

 どうやらスイッチを切る間も惜しんで立ち去ったようだ。


「いったい何が起こってるんだろ……?」

「さあ……」


 友人Aが首をひねるが、もちろん美樹にわかるわけがない。

 なにしろ情報が少ない上に言っていることが曖昧すぎる。

 いつも冷静な副会長さんとは思えない慌てぶりだった。


 協力をお願いすると言われても「よしわかった!」と行動を起こす生徒は一人もいない。

 ハッキリ言って、ただ彼女の混乱を学校中に伝播させただけである。


 それから数秒後。

 スピーカーから「あ、あ」という声が聞こえてきた。

 何かしらの追加情報が流れるのかと思ったが、その声は聡美さんのものではなかった。


『……あー、てすてす。えーっと、そういうわけで、鬼ごっこを開始します。僕を捕まえられたらお姉ちゃんたちが賞品出すそうなので、頑張って見つけ出してくださいねー』


 明らかに子供とわかる幼い声だった。

 どことなくイントネーションが変な気がするが、さっき聡美さんが言っていた外国の男の子というイメージにしっくり来る。


 スピーカーからは遠ざかっていく足音が聞こえた。

 少年もスイッチをそのままにどこかへ行ってしまったようだ。


 その数秒後、今度はまた中野聡美の声が聞こえてくる。


『あんのクソガキ、VIP扱いだからって調子に乗りやがって……! 聡美さん、マイクのスイッチ入ってますよ! 生徒たちに聞こえちゃいます! ああっ、んなことはどうでもいい。善良な水学生徒のみなさん、学校の平和と存続のため、是非ともご協力をお願いします。今すぐにあのクソガキを私たちの前に連れてきてください。聡美さん、そんな言い方って……。うるさい非常事態だ、えー、無事にガキを連れてこれた人には、生徒会役員の末席を用意する準備があります。我こそはと思う人は振るってご参加ください。また勝手にそんな約束してっ』


 スピーカーからは数名の生徒会役員たちの声が同時に聞こえてくる。

 その中心にいるらしい聡美さんは怒りに声を震わせていた。

 彼女たちの裏をかくように放送室に侵入して挑発的な放送をした少年に対して怒り心頭の様子である。


 情報不足なのは変わりない。

 だが、今度の放送に対してはクラス中が大いに反応した。

 美樹も机を蹴り飛ばさんほどの勢いで席を立った。


「ど、どうしたの美樹ちゃん」

「こうしちゃいられないわ。早くその男の子を探さないと」


 見ればすでに教室を飛び出している生徒もいる。

 教室内だけでなく廊下もにわかにざわつき始めていた。

 昼休み終了まであと五分を切っていたがそれどころじゃない。


 生徒たちを突き動かした理由。

 それはもちろん、聡美が勢いあまって口走った報酬だ。


 事情はよくわからないが、とにかくその男の子を捕まえれば生徒会役員になれるらしい。


 これはまたとないチャンスである。

 生徒会に入れば美樹の憧れの女性……赤坂綺さんと一緒に働けるかもしれない。

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