8 本当の友だち

 千尋はハッと目を覚ました。


 視界に映るのは骨組みのようなパイプ。

 眩く光る無数のライトがつるされた高い天井。

 倒れた千尋を心配そうに見下ろす美女学の制服を着た女生徒たち。


 千尋は競技場の床に背をついて倒れていた。

 呆然としていたのも一瞬、すぐに気絶する直前の記憶が呼び戻される。


 ……負けた。

 リングから弾き飛ばされ、強かに背中を撃ちつけたのだ。

 Dリングの守りと≪无覇振動刀ブイブレード≫の特性のおかげで痛みはほとんどない。


 だが、対抗試合のルールに場外負けは明確に記されていた。

 それにほんの一瞬とは言え意識を失っていたのは間違いない。


 しかしスッキリした気分だった。

 不思議と負けて悔しいとは思わない。


 和代さん、やっぱり強いな。


 中学の時の対校試合で千尋は和代に勝った。

 その後、千尋は突然襲い掛かってきた荏原恋歌には手も足も出ず敗北した。


 それ以来千尋は打倒・荏原恋歌だけを目標に体と技を鍛えてきた。

 部活でも、町の県道道場でも、毎晩の自主練習でも。


 頑張っていたのは自分だけじゃなかった。

 千尋がそうであったように、和代もまた自らのJOYを鍛えていたのだ。


 防御力を伸ばした千尋に対し、ひたすら攻撃力を強化した≪楼燐回天鞭アールウィップ

 その威力はおそらく同じバイブレーションタイプの中でも頭一つ飛びぬけたものとなっている。


 そして『いつか来るかもしれないチャンス』を夢見ていた千尋と和代では決定的に違う点がある。

 和代はどん底から這い上がって美女学の生徒会長の座を手に入れ、こうして自らリベンジマッチの舞台を作り上げた。


 まったく、敵わないなぁと思う。

 事を荒立てないために手を抜こうなんて考えていた自分を恥じ入るばかりだ。


「ほら、いつまで寝ていますの。たいした怪我がないことくらいわかってますのよ」


 前方の人垣が割れてリングから降りた和代が近づいて来る。

 彼女は千尋の側で片膝を立ててそっと手を差し伸べた。


「試合は私の勝ちですけどね」


 和代は笑っていた。

 敗者を見下す笑みではない。

 互いの健闘を称える競技者の笑顔である。

 町の道場でよく見られるような、さわやかな表情だ。


「そうだね、完敗だよ」


 千尋は和代の手を握り返した。

 強く引っ張ってもらって立ち上がる。

 そのまま二人は手を繋ぎながらリングに戻った。


 左右の観客が拍手をし、それはすぐに競技場中に伝播した。


「これで以前の借りは返しましたわよ」


 リングの中央に立つと和代は振り返ってそう言った。


「もう私たちの間に貸し借りはなしです。今日からは本当の意味で対等な関係ですわ」

「え?」


 千尋は彼女が言っている意味がわからない。

 和代は頬をわずかに赤らめて視線を逸らした。


「千尋さん、いつも私になんとなく遠慮していたでしょう? だから、今日からはそういうのは無しにして欲しいんですの。せっかく、と、と、友だちになったんですから」


 その言葉を聞いて千尋は自分がひどい勘違いをしていたことを知る。

 和代は決してリベンジのためにこの試合を組んだわけではない。


 そもそも少し前に夜の見回りを開始した時点で仲違いは終わっていたのだ。

 言われてみれば、千尋は無意識のうちにも和代に対して一歩引いていたところがあった。

 前の対校試合の時に全校生徒の前で惨めな敗北をさせてしまったことを、ずっと気にしていたからだ。


 かつて水学を裏切って美女学側についた和代。

 対抗試合で負けた後に学内でどれほど辛酸を舐めたかは想像に難くない。

 それを自分のせいと思う気持ちもあって、どこか彼女に遠慮していたのは間違いない。

 そんな千尋の内心に和代は気付いていたのだ。


「も、もしかして、それだけのためにこんな大会を?」

「それだけとはなんですか、私にとっては重要なことなんですわよ」


 すべては千尋の中のわだかまりをなくすため。

 対等な友だち関係になるためだけに、こんな大会まで開いてしまったのだ。


「もし、もしだよ? 和代さんが負けてたら、どうするつもりだったの?」


 和代が負ければ関係はより気まずくなる。

 さらに美女学内での彼女の権威も揺らぐだろう。

 得られるものに対して、リスクがあまりにも多すぎる。


 失礼な質問かとも思ったが千尋は尋ねてみた。

 和代は迷わず即答する。


「その時はまた一から出直して、次こそ勝てるよう努力するだけです」

「うわあ……」


 本当に、本当にこの人には敵わない。

 四年半前にL.N.T.にやって来た時からのライバル。

 ある時は背中を追い、ある時は肩を並べ、ある時は追われる立場になった。

 そんな得難い友人と出会えたことを千尋は嬉しく思う。


「和代さん」


 今度は千尋から彼女に向けて手を差し伸べる。


「これからも、よろしくね」

「……ふふっ」


 和代は可愛らしく微笑んで千尋の手を強く握り返した。

 今日一番大きな歓声が二人を包み込む。


「こちらこそよろしくお願いしますわ。ちーちゃん」


 もうすぐ冬が近づいているというのに、競技場の中は真夏のような熱気に包まれていた。

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